コストコとイケアはなぜ時給が高いのか? 日本企業の「人手不足」はただの言い訳に過ぎない

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2024年10月19日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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外資の「高時給」に迫る

 コストコの時給は1500円、イケアは1300円と、外資系のチェーンは日系企業と比較して賃金が高いことで知られている。もちろん働く側にとってメリットは大きいが、最低賃金の低い地方では、周辺の小規模業者が採用難に悩む現象も起きているという。国内小売り大手のイオンでも、時給は最低賃金プラスアルファ程度であり、コストコには程遠い。


【画像】こんなことになってるの!? コストコのフルタイムの給与、パートタイムの給与、昇給制度、イケアの求人情報の例(計4枚)


 外資系チェーンはなぜ、高時給を出すのだろうか。その理由と、高時給でも運営できる背景を探る。


●正社員とパートで大きな「時給差」がない


 コストコの求人によると、フルタイムの正社員とパートタイマーで両者ともに時給制であり、最低時給はいずれも1500円である。全店舗一律であるため、店舗ごとの初期時給に差はない。


 その他、1000時間ごとに時給が20〜64円アップする自動昇給制度を採っており、フルタイム・パートタイム問わず時給は最高で1850円または2000円まで上昇する仕組みだ。コストコ本体ではないが、店舗内で試食や商品PRなどの業務を担うクラブ・デモンストレーション・サービシズ社の採用情報を見ても時給1300〜1400円以上の募集が多く、一般的に見て高い水準となっている。


 一方のイケアは、コストコのように明確な時給基準を公開していないものの、ほとんどの求人は時給1300円以上であり、一定の基準になっているとみられる。なお、イケアではパートタイマーを含めた全従業員を正社員としている。同一労働同一賃金の考え方が確立しているスウェーデンにならってのことだという。


●日系チェーンは都内と地方で格差が目立つ


 こうした高い時給は、働き手にとってメリットが大きい。一方で、最低賃金の低い地方では、周辺の採用に影響を与えており、これまで1000円前後の時給で採用してきた企業が採用難になる例もあるという。特に個人経営の飲食店が影響を被っているようだ。


 厚生労働省が公表している最低賃金(2024年度)は、東京で1163円。その他を見ると、宮城・群馬・沖縄の3県はそれぞれ973円・985円・952円である。大手企業は初期の時給を最低賃金プラスアルファ程度で設定しているところが多く、都内のイオンは1200円台が多い。しかし、地方となると最低賃金すれすれで募集をかけるところも多い。例えば、同じイオングループでも、沖縄では900円台後半の時給で募集しているケースも見られる。


 同様に、牛丼大手のすき家も都内では1200〜1300円程度で募集する一方、沖縄は1000円未満のスタートで募集している店舗もある。こうして比較すると、平均して1300円や1500円の時給を出す外資系チェーンがかなり特徴的であると分かる。都内の差はそこまで大きくなくとも、外資の時給は全国一律であるため、地方ほど差が顕著になるのだ。


●なぜ、わざわざ高い時給を払うのか


 コストコが高時給を提示する理由は明確だ。離職率を下げ、長く働いてもらうためである。高いところでは1年の離職率が5割にも及ぶ小売業において、働き手に長期的キャリアを築いてもらうには、何より時給を高くするのが有効なのは間違いない。離職率の高い職場では従業員のスキルが向上しにくく、新人を一から教育するにも手間がかかる。1000時間ごとの自動昇給制度を採っていることからも、コストコが高い時給を払う狙いの一つに、人材の定着があることがうかがえる。


 その他、可能な限り優秀な人材を確保したい狙いもあるだろう。時給が完全に個人のスキルを表すわけではないが、ある程度の指標となることは否定できない。当たり前のことだが、高時給で設定すればより多くの応募を受けられ、高スキルの人材を確保できる確率が高まる。筆者の主観だが、コストコの店舗を訪問すると、大きな塊から手際よく肉を切り分けるスタッフや、積極的に商品PRをする試食コーナーのスタッフ、素早く調理するフードコードのスタッフなど、働いている人材は比較的スキルが高いと感じた。


●「人手不足」を言い訳にしていないか


 コストコでは、収益性の高さが高時給を可能にしていると考えられる。過去の記事『全てが安いわけではないのに、「コストコ」はなぜお客の心をつかむのか 商品以外の魅力に迫る』でも述べたように、1平方当たりの売上高は通常のスーパーが130万円弱であるのに対し、コストコは180万円でかなり高い。年間の1店舗売り上げは180億円以上とされ、コストコ1店舗の従業員数は300〜400人、少なく見積もって400人で割ると、従業員1人当たりの年間売上高は約4500万円だ。この数値も一般的なスーパーと比較して高い。効率的な経営ができている分、高時給が負担にならないのだろう。


 イケアに関しては競合のニトリが好調なのと比較し、規模・利益の両面で苦戦している。そのため、イケアが高時給を維持しているのは業績よりも同一労働同一賃金の理念にあるといえるだろう。イケア・ジャパンの2023年8月期業績は売上高が944億円、営業利益が17億円であり、営業利益率は1.8%ほど。10%をゆうに超えるニトリホールディングスと比較し、かなり低い。


 イケアは店舗拡大も滞っており、これ以上の時給アップは難しいのではないかとみられる。対するコストコは以前、時給1200円スタートだったが現在では前述の通り、1500円である。2030年までに60店舗(10月現在で35店舗)の目標を掲げて拡大路線を歩んでいることからも、イケアよりは財務的に余裕がありそうだ。さらなる時給アップが実施される可能性は十分にある。


 昨今、長時間労働や成長の鈍化に関して、人手不足を言い訳とする企業幹部の発言をよく耳にする。しかしそれは「安い賃金で働く人が不足している」ということではないだろうか。高い給料を提示すれば人は集まるはずで、人件費を捻出できないほど収益性が低ければ、その事業は撤退すべきである。起きているのは「人手不足」ではなく「経営努力不足」ではないか。


●著者プロフィール:山口伸


経済・テクノロジー・不動産分野のライター。企業分析や都市開発の記事を執筆する。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー。趣味は経済関係の本や決算書を読むこと。



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