錦織圭は少年時代に「忍び込みました」 全仏「赤土コート」の思い出を振り返り、バツが悪そうに苦笑い

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2024年10月19日 10:01  webスポルティーバ

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 上下濃紺のシックなスーツに、胸にはオレンジ色のバラのコサージュ。

 スタイリッシュな出で立ちで、錦織圭がプルマン東京田町のイベントホールに現れた訳は、10月16日〜20日に行なわれる『ローラン・ギャロス ジュニアシリーズ by Renault』のアンバサダーだからである。

 この大会は、毎年初夏のパリで開催される全仏オープン・ジュニア部門のアジア予選大会。日本をはじめ、中国やカザフスタン、スリランカにイランなど、アジア広域のトップジュニアが東京に集い、男女各ひとつの枠を巡ってしのぎを削る。

 全仏オープンを主催するフランステニス連盟(FFT)が、この大会の開催地として日本に白羽の矢を立てたのは、ひとつにはレッドクレー(赤土)コートがあるからだ。都内の第一生命相娯園テニスコートが、その会場。同施設は2年前にFFTと提携し、全仏オープンと同様のコートに生まれ変わった。

 そしてもうひとつの理由が、錦織圭の存在である。同大会トーナメントディレクターのアメリック・ラバステ氏は「圭がアンバサダーであることが、参戦者たちにとってどれほど意義深いことか!」と声を弾ませた。

「圭はジュニア選手たちに、メディア対応はどうすべきか、どうやってキャリアを形成していくべきかを話してくれました。それに彼は、すばらしいクレーコートプレーヤー。赤土でポイントを取る方法......たとえば、ドロップショットの有効性なども選手たちに伝えてくれました。彼と過ごす数日間はジュニアたちにとって、キャリアを変えるほどのインパクトがあるはずです」

 このラバステ氏の言葉が心からあふれる本音なのは、錦織がジュニア選手たちと触れ合う光景を見ても明らかだ。みんなが錦織に憧れと敬意を抱きながらも、短時間をともに過ごしただけで、友人のような親近感すら覚えている様子。そんな、いい意味で身近に感じられる佇まいもまた、錦織の稀有なキャラクターにして人徳だろう。

【目先の勝利を追うことの危険性】

 当の錦織にしても、全仏オープンの赤土は、キャリアのひとつの転換点である。錦織は16歳の時に、全仏ジュニア・ダブルスで優勝。さらにプロ転向した当初は、夢や目標として「全仏オープン優勝」を掲げていた。

 その原点にあったのは、少年時代の無邪気な思い出。日本のトップジュニアとして、ヨーロッパ遠征に行った時の出来事であるという。

「12歳か13歳の頃、ほかの選手数人と一緒にローラン・ギャロスのセンターコートに入って。上からコートを見て、赤土も踏ませてもらったので......」

 そう言うと錦織は、いたずらを見つけられた子どものような表情を浮かべ、「もらったというか、踏んでしまったというか......」と、ややバツが悪そうに笑う。

「完全に忍び込みました。なんか、ゲートとかも開いていたので」

 そんな"冒険"の末に見た景色は、一層の憧憬を伴って、少年の目に焼きついたのだろう。

「たぶん、あの子どもの頃の記憶があって、それが『好きだ』っていう感覚になったんだと思います」

 34歳になった今、錦織が20年以上前の日を振り返った。

 今回、錦織が全仏ジュニア・アジア予選のアンバサダーを務めたのは、自身のそれらの体験からも、10代前半の経験の重要性を知るからだ。

「もちろん理想を言えば、どんどん若い頃、できれば12歳くらいから海外の試合に出て、経験を積んでもらいたいなって思います。ただ、みんなが海外に行ける訳ではないなかで、有名なテニスクラブに練習しに行くとか、そういう経験を少しずつでも作っていかないと、強くなる近道にはならない」

 そう語る彼は同時に、参戦選手や保護者たちには「目先の勝利を追うことの危険性」も説いたという。

「これはプロになっても若干同じではあるんですが、常にみんなに言いたいですね。ジュニアの頃って(ラリーを)つなぐだけで勝てちゃったりする。ミスをしないだけで勝てることも多いんですが、それをしていると、急にプロで勝てなくなる。そこは特に、日本人に起こりやすいところなのかなと」

 プロへの移行期で苦しむ後輩も数多く見てきた錦織は、「そこらへんを、もうちょっと誰かがサポートできたら」との願いも口にした。

【パワーで押し勝てない日本人の課題】

 ジュニアの育成方針にさらに一歩踏み込んだ時、世界における昨今の男子テニスの趨勢(すうせい)も深く関わってくるだろう。それは錦織自身が今現在、直面している葛藤とも重なるからだ。

 この2年間、ケガでツアーを離れる時間の長かった錦織は今季、ホルガー・ルネ(デンマーク/21歳)やステファノス・チチパス(ギリシャ/26歳)らトップ10経験者の若手とプレーするなかで、身をもって実感したことがあると言う。

「若い選手......たとえば、上海マスターズで対戦した中国のシャン・ジュンチェン(19歳)や、ルネだったりチチパスもそうですが、基本みんな、球が速いんですよね。力があって、それでいて正確。

 特に(ヤニック・)シナー(イタリア/23歳)や(カルロス・)アルカラス(スペイン/21歳)はまた一段と速いと思うので、それに対してどうしようかなというのは、日々ちょっと考えています。僕もスピードで勝負したほうがいいのか、それとも、かわす方法があるのかどうか。それはまだ、自分でもわかってないです」

 そう現状を把握したうえで、未来については、こう続ける。

「これからは子どもたちも、体を強くしていくべきなのか。特に一般的な日本人の体型だと、パワーで押し勝てることは少ないと思う。そこをどう工夫していくかは、たぶんみんなの......特に日本人やアジア人の課題になっていくのかなと、最近特に思っています」

 目の前の勝敗のみに固執するのではなく、物事の本質をとらえ、長期的視野を持って未来に進む──。それは錦織自身が、ローラン・ギャロスに忍び込み、スタンドの上段からセンターコートを眺めたその日から、今も変わらぬ信条だろう。

 そのような青写真を描きながらも、「常に小さなゴールを自分のなかに据え、それに向かって一日一日、積み重ねていくことを心掛けている」とも彼は言った。

 そんな錦織が今現在、掲げる「小さなゴール」は、まずはトップ100への復帰。

「一回トップ100に入ったら、落ち着くでしょうね。今のテニスができていれば、たぶん、もうちょっと上には行けると思うので、トップ50だったり、あともう一回、大会で優勝するとか......そんな感じですね、次と、その次の次の目標は」

 穏やかにそう語る表情には、静かな自信もにじんでいた。

 視線は遠く、足は地に着けながら、錦織は再び頂を目指して歩みを進める。次の世代がその背を追い、残した足跡に続いてくれることを、願いながら──。

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