入場料2530円の本屋が話題 「本を買う」だけでない、一風変わった本屋の「納得の体験価値」

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2024年10月21日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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賑(にぎ)わいをみせる蔦屋書店。従来の本屋と異なる、一風変わった本屋が出てきているようだ

 本屋さんが減っている──これは今の日本においては紛れもない事実で、この20年で半減しました。今やネットで本を買うのは一般的になり、紙ではなくタブレットやスマートフォンで書籍を読むという方もいるでしょう。


【画像】入場料2530円の本屋、店内のようす


 では、書店が衰退するばかりかというと、そうとも言えません。相変わらずターミナル駅の近くやショッピングセンターには必ずと言っていいほど本屋がありますし、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が運営する「蔦屋書店」「TSUTAYA BOOKSTORE」、無印良品の店舗内に展開されている「MUJI BOOKS」をはじめ、大手の事業者が新たに戦略的に展開しているケースも見受けられます。


 また、YouTubeで人気を博す「有隣堂」も、文具・雑貨売場やイベントスペースも兼ねたカフェを併設した書店を展開するなど、「進化」した書店も広がり始めています。


 さて、今回ご紹介するのは「進化系」とも言える一風変わった本屋について。皆さんは「入場料を取る本屋」「深夜にしか空いていない本屋」「ほぼ毎日イベントが開かれている本屋」、そして「本を読むためだけのブックカフェ」をご存じでしょうか。


 従来の本屋「らしくない」とはいえ、本が好きな人たちを引き付けてやまない魅力を備えるこうした業態は、苦戦が続く書店の光明になるのか。いくつかの事例を紹介しながら、ペルソナと体験という側面で、進化系書店の人気の理由を考えてみたいと思います。


●一風変わった本屋の成功理由は「何か」を絞り込んだこと


 まずは「入場料を取る本屋」を紹介しながら、一風変わった本屋の魅力を考えることから始めましょう。「本と出会うための本屋」をコンセプトとした、六本木をはじめ全国に3店舗を構える「文喫」(ぶんきつ)です。


 入店してまず目に入るのは、まるでホテルのロビーかのような総合受付です。入場料は平日で1650円、土日祝で2530円(2024年9月時点)と、特定の本を買い求めるためだけに来店するには適しません。しかし、オープン以来本好きからの話題が絶えない本屋です。


 なぜ人気なのか。これはサービスデザインの基本である「どんな人の、どんなニーズに応えるか」の視点で整理すると分かりやすいです。


 文喫は「本が好きで、本屋に行くこと自体が目的になる人」の「本を買うだけでなく、選ぶところから楽しみたい」というニーズに応えています。「欲しい本がある人」の「すぐに読みたいから店で買いたい」を主な対象にはしていないのです。


 では、選ぶところから楽しみたい人にとって、価値を感じる対象は何でしょうか。それは「本屋で過ごす時間そのもの」だと考えられます。


 本屋の中をゆっくりと動きながら本棚を眺め、気になった本を試し読みする時間そのものに楽しさを見いだす。時間に対する価値なので、量的にも、質的にも「ゆっくり過ごせるか」が大切なポイントになります。


 このように整理すると、文喫店内のさまざまな特徴は、すべてひとつの線でつながります。


 こだわり抜かれた本棚も、おいしいコーヒーや煎茶が飲み放題というサービスも、十分すぎるほどに確保されている席数も。全ては「選ぶところから楽しむ」という体験を守り、その体験の価値を最大化するための施策です。


 もちろんこれはこの本屋に限った話ではないでしょう。都内には「ビールが飲める本屋」がありますが、それもビールを味わいながら「本を選ぶところから楽しむ」ための施策といえますし、「複数人で本棚を間借りして運営している本屋」という新しいかたちの本屋は、棚を借りる「棚主」のセレクトを楽しみながら選ぶ体験につながっているのでしょう。


 ペルソナの範囲を絞ったからこそ、一風変わった特徴の本屋が生まれている──。「どんな人の、どんなニーズに応えるか」というサービスを考える上での基本中の基本がいかに大事であるかを再認識させられます。


●余計な心配や気遣いをなくすために「一風変わった」仕組みがある


 さて、次は本屋から少し業態を変えて「一風変わった」ブックカフェを紹介します。下北沢など都内に3店舗を構え「本の読める店」をコンセプトに掲げるブックカフェ「フヅクエ」です。


 店内にも本はありますが、それは店主やスタッフの私物。基本的には自分で持参した本を読むためだけにフヅクエに向かいます。


 「本の読める場所」とはどういうことか。それは「勉強」「仕事」「パソコンの使用」「一緒に訪れた人との会話」、これらが全て「ご遠慮」の対象です。オーダーもコソコソ話のように行いますし、徹底して「静かな店内で思いっきり本を読む」環境が整えられています。


 店内のお客さん全員が黙々と本を読んでいる、静かな空間。これは本好きの私から見てもなかなかに「一風変わった」風景です。


 このようなコンセプトや空間が面白いのは言わずもがなですが、この店を「本の読める場所」たらしめているのは「飲み物や食事をオーダーするごとに席料が安くなる」という料金プランだと私は考えています。


 例えばオーダーなしの場合は席料が1500円ですが、700円のコーヒー1杯をオーダーすると席料は900円に下がってトータルで1600円。コーヒー2杯を注文すると席料は300円にまで下がってトータルで1700円となります(2024年9月時点)。


 何もオーダーせずに読書だけをしても、飲み食いしながら読書をしても、お会計金額はそんなに変わりません。


 これはフヅクエ公式サイトの言葉を借りるならば「飲み食いの多い少ないにかかわらず、全ての方がいかなる気兼ねも不安も感じることなく、存分にゆっくり過ごしていただけるように設けている」という仕組みです。


 ゆっくり本を読みたいけど、何か頼まないと申し訳ない。ゆっくり本を読みたいけれど、次の人が待っているのではないか……。このような心配や気遣いを排除してくれる、すばらしい「一風変わった仕組み」と言えるでしょう。だからこそ本が好きな人たちを引き付けてやまないのです。


 「入場料を取る本屋」として紹介した文喫では入場料が「長居するためのチケット」のような役割を果たしていますし、「本屋の中に泊まれるホテル」は宿泊料がその役割と言えそうです。


●ユーザーをノイズから守ることが、提供価値の最大化につながる


 このような「一風変わった店」に共通するのは、本好きたちのニーズに対して愚直なまでに向き合っていること。「ユーザーにとってのノイズや障壁を取り除くことに振り切った」と言うこともできそうです。


 入場料を取ることで、あえて人を選んで混雑を発生させない。オーダーするたびに席料が安くなる料金プランにすることで、長く居座ることの申し訳なさを防ぐ──。


 ユーザー体験を最大化するために、あの手この手の「一風変わった」仕組みによって、ノイズから守っているのです。


 ビジネスを考える上で、新規事業のアイデアを具体化しようとすると、「こんな機能も欲しい!」「こんなこともしてみたい!」という目新しい発想に行き着いて、本当に届けたい価値を届けきるための工夫を見落としがちになることもあります。


 いつでもどこでも本が手に入るようになったからこそ、本屋は本のラインアップを充実させるなどの基本的な営みはもちろん、ユーザー体験を最大化する工夫を施すのも大切な観点になるでしょう。余計なノイズを取り除いてあげることは分かりやすい手段だと考えます。


 逆にユーザーにとっても、サービスのコンセプトが明示され、コンセプトを実現するための環境をしっかりと整えれば、通常よりも高い料金でも使いたくなる。つまり、ユーザー体験に価値を感じてくれるでしょう。


●「お客のため」は「本屋のため」に、それは結局「お客のため」に


 ここまで、本好きな人(ユーザー)に向けて、その本屋体験の価値を最大化する上で、一風変わったユーザーを守るための仕組みがあることをお話ししてきました。しかし、それらの仕組みは決して本好きなお客だけのためにあるものではありません。


 入場料制やオーダーするたびに席料が安くなる仕組みは「本が好きな人たちの体験価値を最大化させながら、書店側のビジネスにも寄与する」というWin-Winの構図を生んでいます。


 付加価値を高めて、提供する価格も上げる。ビジネスとしては理想的な姿ですが、価格上昇がユーザーに受け入れられずにとん挫するケースは少なくないでしょう。今回ご紹介した仕組みは「本が大好きな人」にユーザーを絞り、彼らの体験を第一にサービスを構築したからこそ成立したものです。


 「サービスデザイン」をする上で大切になるのは、お客の体験だけでなく、サービス提供側、今回では書店側の体験も描くこと、そしてそれらが相反しないよう、うまく循環するような全体像を設計することです。


 ユーザーにとってうれしい仕組みが、店側の商売にも影響する。店側の商売が安定しているからこそ、ユーザーは遠慮することなく長居したり楽しめたりする。提供側の価値を最大限に享受できているというわけです。これはまさにサービスデザインのお手本のような仕組みですし、し好性の強い領域だからこそ、その想いを邪魔させないためにもビジネスモデルは重要といえるでしょう。


 ペルソナをしっかりと決め、商品そのものではなく、商品にまつわる体験もセットで考え、それがうまく回るようなビジネスモデルを検討する。「一風変わった本屋」と言いつつ、その仕組みは至って真っ当。今後の書店の一つのトレンドになりそうです。


●著者紹介:高階有人


株式会社グッドパッチ デザインストラテジスト/サービスデザイナー。大手SIerにてシステム開発やデジタルビジネス企画を経験。その後コンサルティングファームにて、官公庁向けのITコンサルティングや調査研究に従事。2021年にグッドパッチに入社し、現在はクライアント企業の事業変革やイノベーション創出を支援。暮らしや仕事になじんでいくサービスを生み出すことを信条としている。趣味は音楽とアイスランド。



このニュースに関するつぶやき

  • これは、席で休憩だけする人が来ないように入場料を取るようにした「有料の図書館」ですね。全席にタブレットを付けて、電子書籍読み放題にすると人気が出るかも。紙の本を置かない書店でも良い。
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