全盲になり「音」に気づき、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で気づいた粋なBGM演出 『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』

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2024年10月22日 06:00  ORICON NEWS

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全盲の医師・福場将太さん
 視力を失った全盲の状態でも精神科医として患者の心の中に潜む悩みや苦しみに寄り添う福場将太さん。目が見えなくなった彼が意識するようになったのは、これまでは気づくことのなかった「音」。著書『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成して紹介する。

【画像】鉄拳がイラスト、福場将太さんの似顔絵

■PC起動音、500円玉と10円玉が落ちる違い

 目が見える人でも、音楽に浸りたい時は目をつぶります。これはきっと、目を閉じないと聴こえない音があるからでしょう。私はその気持ちが実によく分かります。目が見えなくなってからというもの、何度も言うように明らかにこれまででは気づくことのなかった「音」に気づくようになったからです。

 無音な場所を探すほうが難しい。それくらい、この世界には「音」が溢れています。そして、顔や性格がみんな違うように、それぞれの音も非常に個性豊かです。

 例えば、同じ機種のパソコンでも、起動する時に鳴る起動音の違いによってパソコンの判別がつきます。CDやDVDも、回る時の「キュルキュル」という音がディスクによって違います。ですから、ラベルが見えなくてもその音の違いで判別ができます。床に物を落とした時、財布、携帯電話、ボールペン、五百円玉、十円玉、立てる音はみんな違います。だからある程度は、何が落ちたのか、それで見当をつけることができるのです。

 相手の顔が見えない私にとって、「声音の違い」が相手を知るネームプレートなのは言わずもがな、場所を知る手掛かりもやっぱり音です。

 BGMもそう。お店によって店内で流れている曲が異なるので、それが私にとってのランドマークになります。たとえ同じチェーン店で同じ曲でもスピーカーが違うから音質が異なり、広さが違うから響き方が異なる。自分がどのスーパーマーケットにいるのか、その判断も大抵の場合、「音」によってできるわけです。

 「今日はポイント10倍の音楽が流れているな」とか、「この喫茶店の選曲はやけにしっとり系だなあ」といった具合に、店内で奏でられる音はバラエティに富んでおり、私は自然にそれを意識しています。

 逆に店を出た後で「さっきのお店のBGMはサザン縛りでしたね」と友人に尋ねても、目が見えている彼は全く意識していなかったりして、人によって目印が異なるのは興味深いです。スーパーマーケットの「BGMクイズ」をやらせたら、視覚障がい者は強いかもしれませんね。

 ちなみにタイムトラベル映画の金字塔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、同じ時代に戻って来た時は同じBGMを流すという小粋な演出をしてくれています。おかげで年号表記や街並みの映像が見えない私でも、今旅している時代を自然に認識することができます。

 さらに、音に集中するから楽しめるようになった世界があります。例えば、イヤホンで聞いている音楽と、街で聞こえる音の不思議なセッション。「ここで車のクラクションが入るか、最高!」「隣の人の足音とドラムのリズムのシンクロがバッチリ!」そんなふうに散歩を楽しむことがよくあります。

 生活音同士のセッションもまた素敵で、工事現場の「コツン、コツン」と杭を打ち込むような音と、自分の鼓動がぴたっと一致した時には、なんだか良いことが起こりそうな予感がします。

 踏切の「カーンカーン」という音は、空白のほうを先に捉えて「ンカー、ンカー」と頭の中で裏打ちに変換すると、同じ場所でも楽曲の別バージョンのような味わいがあります。

 隣の犬の吠える声。
 雨粒が屋根に跳ねる音。
 遠くのクラクション。
 誰かの足音。
 自分の鼓動。
 そして地球が回る音。
 なんとも華やかな交響楽団です。

 前にもお話ししたように、視覚障がい者は真っ暗な視界で暮らしているわけではありません。私がいる場所に、色々な音が入ってきて世界が彩られていく。見えていた時には聞こえなかった音や、気づけなかった共鳴は、想像していたよりもずっと豊かなハーモニーでした。

 「音」が見せてくれる素晴らしき世界。深まる人生。日を立てると書いて「音」という文字ですが、視覚障がい者にとって、音は本当に光なのかもしれませんね。

■福場将太(ふくば・しょうた)
1980年広島県呉市生まれ。医療法人風のすずらん会 美唄すずらんクリニック副院長。広島大学附属高等学校卒業後、東京医科大学に進学。在学中に、難病指定疾患「網膜色素変性症」を診断され、視力が低下する葛藤の中で医師免許を取得。2006年、現在の「江別すずらん病院」(北海道江別市)の前身である「美唄希望ヶ丘病院」に精神科医として着任。32歳で完全に失明するが、それから10年以上経過した現在も、患者の顔が見えない状態で精神科医として従事。支援する側と支援される側、両方の視点から得た知見を元に、心病む人たちと向き合っている。また2018年からは自らの視覚障がいを開示し、「視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる」の幹事、「公益社団法人 NEXTVISION」の理事として、目を病んだ人たちのメンタルケアについても活動中。ライフワークは音楽と文芸の創作。

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