田中佑美がパリオリンピック準決勝のレーンで考えていたこと「ラッキーで決勝に行けたとしても、それはそれでよくない」

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2024年10月22日 10:01  webスポルティーバ

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陸上・女子100mハードル
田中佑美インタビュー中編

◆田中佑美・前編>>「『怖い』よりも『楽しい』。パリは『自分の大会』だった」

 ブービー(下から2番目)からの挑戦ながら、パリオリンピックの陸上・女子100mハードルに出場した田中佑美(富士通)は、その舞台で堂々としたパフォーマンスを披露し、準決勝まで駒を進めた。

 印象的だったのは、敗者復活ラウンドでのひとコマだ。2着に入り、準決勝進出を決めた田中は、1着のロッタ・ハララ(フィンランド)と抱き合って、健闘を称え合った。

 そればかりか、敗れた選手たちも彼女たちのもとに駆け寄り、ふたりを祝福していた。その場面は、田中が積極的に海外遠征を行なってきた"副産物"とも言えた。

 田中がパリでの戦いを経て、得られたものとはどんなものだったのか──。

◆田中佑美・パリオリンピックを終えて〜「私服」スタジオ撮影オフショット集>>

   ※   ※   ※   ※   ※

── パリオリンピックを経て、自分のなかで目線や目標意識は変わりましたか?

「そうですね。それがオリンピックだったからかはわからないんですけど、もっと海外の試合に行って、トップレベルの選手と競る経験がしたいなって思いました」

── 海外の選手と競る経験というと、今回から設けられた敗者復活ラウンドでは、顔見知りの選手が多かったと言っていました。それで力を出せた部分もあったのでしょうか?

「敗者復活戦で同じ組を走った選手も、ほかの組にいた選手も、ワールドランキングをたくさんチェックしてきたのもあって、『あの選手ね』って知っていた選手も多かったですし、実際に一緒に走ったことのある選手ばかりでした。そういう意味では、オリンピックの雰囲気に変に飲み込まれることなく走れたかなと思います。

 力を出せたのも、海外遠征をして彼女たちとつながりがあったからこそ、だったと思います。フィンランドのロッタ・ハララ選手はタンペレ(フィンランド南西部の都市)の出身だったと思うのですが、2年前にタンペレで開催されたインドアの大会で一緒になったことがありました。

 彼女は大きなケガを乗り越えて復帰し、ベストを更新して今のポジションにいる選手で、タンペレではヒーローのような扱いをされていました。実は、彼女と一緒に走った時に、私はハードルに激しくぶつけて彼女の走路を妨害してしまったことがありました。その試合が終わってから謝りにいったことがあって、彼女も私のことを覚えていてくれました。

 敗者復活戦のあと、ウォーミングアップをしている時にまた会ったんですけど、『チーム・タンペレ、がんばろうね』と声を掛け合いました」

【準決勝に行けたら最高にかっこいい】

── 今回から設けられた敗者復活ラウンドに関しては、どのように受け止めたのでしょうか。

「ネガティブなことを言うと、レース前は『この緊張を2回もするの?』って思っていました。でも、実際に予選を走り終わった直後は『敗者復活戦でもう1回チャレンジできる』ってポジティブに捉えられました。

 ただ、あとでコーチと合流した時に『敗者復活戦がなかったら、直通で準決勝だったよ(※従来のルールだったとしても予選の着順では準決勝を逃したが、タイムで拾われて進出できていた)』と言われて、『(敗者復活ラウンドが)なかったらよかった』って思いました。でも、夜には『これで準決勝に行けたら最高にかっこいいやん!』って思いながら寝ました(笑)。

 今、考えると、敗者復活戦ではこれまでにはなかった感情がありました。レースを走る前って『失敗したらどうしよう』『フライングしたらどうしよう』『ハードルにぶつけちゃったらどうしよう』など、いろんなことを考えてしまいます。いつもだったら『こんなに注目してもらっているのに、準決勝に行かれへんかったらどうしよう』と考えてしまったと思うのですが、あの敗者復活戦の時はそんな感情があまりなかったんです。

 自分がやりたいことをやる。自分のレースをする。その結果、準決勝に行けなくても、それはそれで受け入れられる......と、腹が決まっていました。ネガティブな気持ちに引きずられることなくレースに参加できたのは、すごくいい経験になりました」

── 以前に話を聞いた時には、レースに臨む際にネガティブな感情になることが多いと言っていました。今回はそれをポジティブに変換できた、ということでしょうか。

「そうですね。人生って言ったら大きすぎるんですけど、『持ちすぎない』ことが私のポリシーにあります。『人の期待を背負いすぎない』『自分に期待しすぎない』、そして『結果にもしがみつきすぎない』。

 たとえば、今まで何度か髪をロングからショートにばっさり切ったことがあるんですけど、大抵の場合、試合前に願掛けで切るじゃないですか。でも、私はいい結果が出たあとに切るんです。『その結果は過去のことだよね』ってことに自分でしたいんです。インターハイ連覇とかインカレ優勝とか、そういうものをできるだけ背負わずに、私は次に進みたい」

【私はその差を埋める作業をがんばる】

── 今回のパリオリンピックも、次に向けてすでに切り替えている。

「やっぱり大きな出来事でしたし、それに関係してご依頼いただくイベント等もあるので、完全に切り離せているわけではないんですけど、自分のなかでは過去のこととして切り分けようとしています」

── 準決勝は、予選や敗者復活ラウンドとはまた違った感情がありましたか。

「準決勝はもう、振りきれていましたね。3本目ということもあって若干疲れてもいましたし、自分の実力も相手の実力もわかっていたので、何かのラッキーがあって私が決勝に行けたとしても、それはそれでよくないなとも思っていました。そういうことがあるのも勝負の面白さであり、残酷さでもあるよなって客観的に思っていました。

 もちろん、ワンチャンを狙っていないことはないので自分のベストは尽くしますが、自分にとっては『ここがファイナル』くらいの気持ちでしっかり走ろうって思っていました。その先のことは考えていなかったです」

── 40人中39番目での出場で、準決勝進出(結果1組7着)は、健闘に映ります。

「『ほんま、それよな』って、私も思います(笑)。でも、ある意味、肩書きが増えたってことじゃないですか。『オリンピアン』とか『セミファイナリスト』とかって呼ばれますが、他人が勝手にそう呼んでいるだけ。肩書きが増えたってことを客観的に理解しながら、それも背負わないようにしています。

 準決勝でとなりのポーランド人(ピア・スクジショフスカ/準決勝3着)についていけなかったから、私はその差を埋める作業をがんばる。ただ、それだけですね。

 こう言うと『その差を埋めたらファイナルですか?』って言われるんですけど、それはわかりません。『落ち着け、39番やぞ! 落ち着け、落ち着け!』って思っています。だって、セミファイナリストになったからといって、私の足が速くなったわけでも、実力がついたわけでもありませんから。

 自分で『できること』と『できないこと』は何も変わっていなくて、あの場でたまたま力を発揮できただけ。それはそれとして、いいこととして認めるし、自分はよくやったと思うけど、それとこれとは別って思っています」

【中長距離用のスパイクが気に入っている】

── 話は変わりますが、オリンピック後にシューズに関してSNSに投稿されていました。短距離用ではなく、中長距離用のスパイクでレースに臨まれているそうですね。

「そうです。大学4回生の冬ぐらいからアキレス腱に痛みが出ていて、筑波大学を拠点にするようになって谷川(聡)コーチに相談したところ、アップシューズやスパイクを変えることを提案していただきました。

 いろいろ試していくなかで、ナイジェリアのトビ・アムサン選手が中長距離用のスパイクを履いて世界記録を出したと知って、私もトレーニングで導入してみました。ニューバランスと契約していろいろ試させてもらったなかで、今履いている中長距離用のスパイクが気に入っています」

── パリオリンピックに向けたレース戦略も、シューズも、田中選手は「選択」を大事にされているような印象があります。

「アップシューズとかスパイクとかレース戦略とか、まるで私が思いついたかのように話していますけど(笑)、そうではなく、いろんな人の助言を受けて『たしかにそれが正しいな。そういうこともあるのね』と腑に落ちたものが自分の意見になっているという感じです。私は本当に、周りの人に助けられています」

(後編につづく)

◆田中佑美・後編>>「次は『一発』がほしい。一発屋でもいいので」

◆田中佑美・パリオリンピックを終えて〜「私服」スタジオ撮影オフショット集>>


【profile】
田中佑美(たなか・ゆみ)
1998年12月15日生まれ、大阪府出身。中学から100mハードルを始め、関西大学第一高ではインターハイを連覇し、第9回世界ユース選手権に日本代表として出場する。立命館大学では関西インカレ4連覇、2019年には日本インカレ優勝。2021年4月より富士通に所属し、2022年の日本選手権で3位、2023年世界選手権(ブダペスト)日本代表、2023年のアジア大会で銅メダルを獲得する。パリオリンピックでは準決勝に進出。Instagram→Tanaka Yumi(@yu____den)

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