箱根出場をわずか1秒差で決めた順天堂大 シード権獲得へエース浅井は「本戦で借りを返す」

0

2024年10月24日 07:41  webスポルティーバ

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

webスポルティーバ

写真

 箱根駅伝予選会、最終的な結果発表の前から順天堂大の服部壮馬主将(4年)の目は真っ赤だった。
 
 17.4キロの最終観測地点での順大の順位は10位。11位の神奈川大との差は、わずか3秒差だった。その差はあってないようなもの。予選会は、ラスト1.0975キロが勝負と言われているだけに、逆転されてもまったくおかしくはない。

「ギリギリか、ダメか......」

 不安な気持ちと責任の重さに、感情が揺らいだ。

 待機場所のテントの裏には順大の大勢のチームメイトが待っていた。みな、重苦しい空気が流れるなか、その瞬間を待っていた。

 結果発表が始まった。

 1位立教大......次々と予選を突破した大学名が呼ばれる。

 9位神奈川大と呼ばれても、まだ順大の名前は呼ばれていなかった。17.4キロ地点で前にいた東海大も呼ばれていない。諦めかけた瞬間、10位で順大の名前が読み上げられると、「おぉー」「やった」と歓喜の声が上がり、感涙に濡れた。

「ギリギリでしたね(苦笑)。自分自身もみんなも暑さの影響で納得できる走りができなかったので、正直みんな不安だったと思うんです。でも、まぁ最終的に10番になって、いや、もうすごくホッとしました」

 服部主将はまつげを濡らして、そう言った。

 その安堵の涙は、主将の両肩にかかったプレッシャーがいかに大きいものだったのかを表わしていた。

 レース前、長門俊介監督は、選手にこう言い渡した。

「公園に入ってからの15キロすぎからががんばるところだから」

 スタート前から気温が上がり、暑さの影響が出るのは必至だった。それでもレースの展開的は大きく変わらず、「15キロから」を選手たちは頭に入れていた。

 日差しが強く、汗が出ていたので、長門監督は「8キロの給水地点では必ず給水を摂りなさい」という指示もした。
 
 10キロの地点での順位は10位と通過ギリギリだった。15キロではエースの浅井皓貴(4年)がいい走りを見せていたが、12位に落ちていた。残りの距離を考えると、ここから巻き返していかないと10位内に入るのは難しい。出走していた選手は、タイムを叫ぶ部員の声や掲示板で、その情報を逐一、入れていた。

「順大、今、10位だぞ」

 吉岡大翔(2年)が走っていると、そんな声が聞こえてきた。

「走っている時、通過順位が10位とか聞こえてきた時、本当にこれは自分のせいでこんな順位なんだと思いながら走っていました」

 吉岡は暑さの影響もあり、後半、伸びを欠いてしまった。

 最終的に総合98位、チーム内4位で走り終えたが、ゴール直後から「不甲斐ない走りをしてしまった」と、悔し涙が止まらなかった。長門監督にキーマンのひとりと言われ、チームの浮沈を背負ってレースに臨んだが、自分の役割を果たせなかった。

 そのため、ギリギリの10位で突破した時、安堵の涙がこぼれた。

「突破できなかったら自分のせいだと思っていました。個人としては安心10割、悔しさ10割ですが、とにかく突破できてホッとしました」

 吉岡はそう言って、ようやく笑みを見せた。

 長門監督は、汗まみれになり、ホッとした様子だった。

「前半から順位が悪くて、タイムを稼いでほしい選手がちょっと稼ぐことができなくて......。なかなかしんどいなというところで、15キロ地点ではどうなるかなと思いました。でも、この夏やってきたことを活かして粘り強く走ってくれて、なんとか崩れずに最後まで来てくれたので、みんなよく頑張ってくれたと思います」

 レースを振り返ると、全体的にまとめた感があるが、やはりエースの浅井の走りが大きなポイントになった。63分49秒で総合14位、日本人2位の好走を見せた。

 長門監督も笑みを見せて、エースを称賛した。

「もう、さすがですね。怪我をしていて8月中旬から走り出して、よくここまで戻って来てくれたなと思います。昨年の箱根2区で遅れを取って、流れを作れなかったという悔しさを常にもってやってくれていた。精神力が強いですし、やはりエースの存在は大きいなと思いました」

 浅井は待機所のテントのなかで「突破できてよかった」と小さな笑みを見せた。

「右足首を捻挫して、夏合宿も十分に練習ができなくて、予選会に間に合うかどうかギリギリの状態だったんです。出ても集団走でと思っていたのですが、やはり4年生として悔いを残したくないと思い、前で走りました。スタート前から暑さを感じていたので、想定よりもスローペースになると思っていましたし、そういうなかで後半、どれだけ粘って、タイムを稼げるのか、というのを意識して走りました」

 浅井のスピードはまったく落ちず、留学生集団につづく日本人の先頭集団で走った。エースの走りが、順大を予選突破に導いたと言えよう。

「これで、本戦で借りを返すことができるのかなと思います。やっぱり前回の箱根で自分の走りで終わらせてしまったというか、チームの流れを崩してしまったので、今回はそのリベンジをしてシード権をとって、みんなで笑って終われるようにしたいと思っています」

 浅井はキリッとした表情で、そう言った。

 今回、ギリギリでの予選突破を実現したが、今シーズン、順大は苦難の連続だった。

 第100回の箱根駅伝は総合17位に終わり、惨敗を喫した。チーム再建のため、今井正人と田中秀幸がコーチとして加入し、今シーズンは17位から這い上がるという意味で「下剋上」をチームスローガンに掲げ、スタートをきった。

 関東インカレでは10000mでルーキーの玉目陸(1年)が28分13秒67の自己ベスト、順大歴代3位のタイムをマークするなど、チームはまずまずのスタートがきれた。だが、全日本大学駅伝の予選会は1組目で岩島共汰(4年)が22位、村尾雄己(3年)が40位と振るわず、予選突破が絶望になり、最終的に17位に終わった。「順大、大丈夫か」と、他大学に心配されるほどの内容だった。
 
 このレース後の全体ミーティングがターニングポイントになった。

 服部主将が言う。

「この時、今のチームの不満とか、もっとこうするべきだとか、本音を語り合うミーティングをしたんです。そこで、あいつはこんなことを思っていたんだとか、いろんなことが見えてきた。そこから全員がひとつの方向に向いていけるようになりました」

 浅井も変化を感じたという。

「このミーティングのあと、チームの一体感というのを感じました。また、自分が怪我からチームに復帰した時は、以前と違うなというのを改めて感じました。チームとして戦う意識が芽生えていて、それを強く感じました。あとは自分が復帰してきた時、どれだけチームを盛り上げるかというのを考えていました」

 主軸が8月中旬に復帰し、チームとしてまとまっていくなか、パワハラ問題なども起こったが、長門監督を中心に今井、田中のコーチ陣がチームを支えた。

 服部主将は、コーチのふたりの存在が大きいという。

「たとえば、声掛けも監督だけの1回ではなく、コーチからも掛けてもらえますし、田中コーチは一緒に走ってくださって、走り終わったあと、もっとこうしたほうがいいというアドバイスをしてくださいます。それはすごくプラスになりました」

 全日本の予選会後、言い合える環境を作り、エースの帰還、コーチの支えなどでチームを再建し、箱根の予選会を突破した。

 長門監督は、「ようやく光が見えてきた」と言う。

「全日本予選の時は自信が崩れ、積み重ねてきたものが崩れた感じになりました。でも、入って来たふたりのコーチがいろんな声をかけて支えてくれましたし、夏合宿が苦しかったなか、走って乗り越えてきたものが少しずつ形になり始めているのかなと思います」

 今回の予選会にあたって、長門監督は「1秒の大切さ、1歩の大切さ」を説いてきた。この暑さになって、より1秒が重要になる。「最後は僅差になるから諦めずに1秒を大切に走ってほしい」と伝えた。

 その言葉が活きた。

 11位の東京農大との差は、わずか1秒だった。

 選手たちは泣き、笑い、箱根出場を喜んだ。だが、本戦を考えると喜んでばかりもいられない。10位通過ということはシード校を含めて20番目ということになる。ここから10位内に入り、シード権を獲得するのは容易ではない。

 長門監督も「本戦はより厳しい戦いになります」と表情を引き締めた。

「選手にも言いましたけど、今の順天堂はまだ発展途上の状況です。ただ、彼らのいい状態を披露できるのは箱根駅伝だと思うので、それまでに戦う準備をしていきたいと思います」

 1秒差で勝って得た箱根で順大は、どんな走りを見せるのだろうか――。

    ニュース設定