「おにぎり屋は少額で簡単に始められる」は甘い 行列のできる老舗「ぼんご」代表が語った“素手”の哲学

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2024年10月24日 12:31  ITmedia ビジネスオンライン

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行列が絶えない老舗「ぼんご」

 おにぎり専門店が増えている。


【画像】こんなこだわりがあるとは! 行列のできる「ぼんご」のおにぎりと、独自のつくり方(計10枚)


 おにぎりブームをけん引している、東京・大塚にある1960年創業の老舗「ぼんご」は連日、店の前に大行列ができる。もうこのような状態が、4〜5年は続いており、6時間待ちの日もあるという。1日に売れるおにぎりの数はなんと約1500個になるというから、驚かされる。


 おにぎり1個の価格は350〜700円、平均すれば400〜450円で決して安くはない。しかし、大きさは通常のおにぎりの2倍ほど。米は新潟県関川村の岩船コシヒカリを使っている。驚くほどの具だくさんだから食べ応えがあり、人気を博している。コロナ禍でも、テークアウト需要があってほとんど影響がなかった。


 近年はぼんごで修業した人が、独立して成功する例も増えている。「ぼんご流」のふんわりした食感で、サイズの大きな具だくさんのおにぎりを、すし店のようなカウンターで握り、出来たてを提供する店が目立つようになった。


 主要な店には、東京だけでも板橋「ぼんご」、亀戸「豆蔵」、雑司ヶ谷「山太郎」など数多くある。ぼんごに類似した、いうなれば「インスパイア系」も増えている。大阪の「ごりちゃん」、福島県郡山市には大手外食クリエイト・レストランツが出店した「青田屋」などがある。


 ドイツで起業した猛者もいて、日本のおにぎり文化を伝えているようだ。ドイツのみならず、フランスに英国、米国などでもおにぎりが流行の兆しを見せている。グルテンフリーであり、具材次第でビーガンも食べられるファストフードとして、欧米の健康志向のトレンドに刺さっているようだ。その意味で、ラーメンやすしに続く、世界的な日本食として広がる可能性がある、有望な食べ物の一つである。


 コンビニでも、ぼんごにインスパイヤされた大きなおにぎりが目立つようになった。特にファミリーマートの商品にその傾向が強く感じられる。また、首都圏の駅前でテークアウトを主軸に展開する「おむすび権米衛」も店舗数を拡大しており、50店を超え好調だ。米国・フランスにも進出している。全国はおろか、世界へとおにぎり専門店が急速に広がっている。


 10月の平日朝に大塚のぼんごを取材した。午前9時にオープンする1時間も前から、仕込み中でシャッターが半開きになった店の前に、熱心なファンがパラパラと集まっている。取材を終えた午前10時ごろには、40人くらいの長い列になっていた。平日の午前中でこのにぎわいなのだから、土日祝の行列の程は推して知るべしだ。


 ぼんごの代表、右近由美子氏はおにぎりを通じて「食の心」を世界に広げる「たんぽぽプロジェクト」を提唱している。そのビジョンの通り、現在はたんぽぽの綿毛のように、多くのぼんごで修業した人が各地で独立して、おにぎりの魅力を伝えている。近年は海外にまで伝道され、ドイツ、ポーランド、カナダ、オーストラリア、さらにはアフリカのタンザニアで、おにぎりを広めようと奮闘する人がいる。


 最近では希望者が多すぎて、最低でも1年以上待ってもらっている状況にあるとか。どのくらい修業すれば免許皆伝という決まりはないが「少なくとも1カ月は必要」と右近氏は話す。2〜3年はみっちりと修業する人が多いようで、長い人は20年ほど働いているという。休業日の月曜には、従業員を対象におにぎり教室を開いて、つくり方を教えている。ぼんごの具材は57種類もある。握るだけでなく、具材の仕込みも、ともなれば簡単でないだろう。


●ぼんご代表が語った「おにぎりビジネス」の厳しさ


 おにぎりブームについてどう思っているのか。右近氏に聞くと「私が『おにぎり店の主人と結婚した』と新潟の両親に話すと、最初は信じなかった。昔はおにぎりといえば、家でお母さんが握るもので、おにぎり店という商売があるとは、新潟の人は皆、夢にも思わなかったようだ」と振り返り、次のように続ける。


 「ある経営コンサルタントが、テレビで『おにぎり店は少額で簡単に始められるから増えている』と話していて、びっくりした。店舗を借りて改装し、厨房機器をそろえ、人を雇い、お米や海苔やいろんな具材を仕入れないとできないのが、おにぎり店。100万円やそこらで始められると思うなら、甘い」


 ぼんごのおにぎりはまず型に入れてつくっていくが、最後には素手で軽く握って仕上げる。そのとき、ビニールの手袋をしていると、米と具材の状態が手に伝わらないという。素手で握ったおにぎりを食べてもらえるのは、信頼の証。赤の他人が素手で握ったおにぎりを食べてもらえるのは、顧客との信頼が結ばれているからこそ。ブームに乗ってもうけたいだけの店は簡単に潰れるだろう。


●チェーン化も進む、おにぎりビジネス


 右近氏は、ぼんごの卒業生に対して、地道に修行や経験を重ねて、店と顧客との信頼を結んでいってほしいとも話す。その意味では、地道に長く続けている、親類が営む板橋「ぼんご」と、一度失敗したが不屈の想いで再起した亀戸「豆蔵」の姿勢は、「おにぎりの心を伝えてくれている」と、右近氏は語った。


 ぼんごの顧客といえば、かつては地元の常連ばかりだったが、今は全国から、特に若いZ世代が来るようになった。インバウンドの人気も高く、英語と中国語、韓国語でメニューを用意している。今ではよく目にする、2種類の具材を入れたおにぎりを流行させたのはぼんごの功績。「すじこ+さけ」という親子の組み合わせや、「卵黄+肉そぼろ」のすき焼き風になる組み合わせなどは秀逸だが、多くは顧客からのリクエストで販売を始めたという。その意味でぼんごは、顧客とつくってきた店である。


 しかし、最近はぼんごと他店で“二股”をかけて修行し、開業をする人もいると嘆く。また、百貨店のイベントのために休業する店もあるが、感心しないと、右近氏は顔を曇らせる。


 チェーン化に否定的な右近氏だが、チェーン化を目指す人は多い。


 「こんが」を展開するFBIホールディングス(横浜市)は、おにぎりを世界に普及する目的でFC(フランチャイズ)を募って多店舗化を目指している。こんがは2021年、蒲田に1号店をオープン。その後は赤坂や羽田空港、鎌倉に拡大している。


 ティーエッセンス(東京都文京区)の「ぼんたぼんた」は、うどんなど他業種とのコラボ店を含めて関東や関西、東北に18店と手広く展開している。2008年の1号店である護国寺店オープン当初は「ぼんご弐」と称していたが「ぼんたぼんた」に改名した。


 近年では「スニーカー王」として知られる本明秀文氏と右近氏が資本提携して、こぼんごという会社を設立。2023年1月に「ぼんこ」という店を新宿に出店したが、5月に「まんま」に店名を変更。人気アニメとのコラボなど、方向性が異なるので1年で資本提携を解消し、現在は系列店でなくなっている。本明氏はスニーカー販売事業である「アトモス」を米国フットロッカーに約400億円で売却し、新たにおにぎり事業でニューヨークなど世界を目指すとしている。


 ちなみに東京都内で最古のおにぎり店といわれるのが、浅草の言問通りにある「宿六」だ。店内はカウンター中心で、すし店の風情がある。おにぎりで初めて『ミシュランガイド東京』のビブグルマンに選出され、インバウンド客が多い。


 単一産地の米を毎年厳選して、大釜で炊いているのが大きな特徴。木の型を使って米を成型し、ふんわりと握って仕上げている。東京湾で採れた江戸前の海苔で包み、具材は厳選した素材を使用。サイズはコンビニおにぎりよりも小ぶりで、海苔の片面を立てる独特なおにぎりのスタイルだ。ザルに乗せて、2切れのたくあんとともに提供する。価格は、300円台が基本で、みそ汁も数種類提供する。


●好調なおにぎりチェーンの特徴とは


 ぼんごや宿六のような老舗が、おにぎりのブームを牽引している感もあるが、おにぎりのチェーンとして頑張っているのが先にも触れた権米衛だ。国内51店、海外にも米国が2店、フランスに2店を展開する。


 権米衛では「冷めてから米の本領が発揮される」という考えで、契約農家から米を仕入れ、炊飯に工夫を凝らしている。テークアウト中心の業態であり、外食として握りたての魅力を伝えるぼんごや宿六とは方向性が異なる。


 権米衛には全部で30種類ほどのおにぎりがあり、季節・店舗限定商品もある。価格は1個100円からあり、高くなったコンビニのおにぎりとそんなに変わらなくなった。鶏の唐揚げ、切干大根といった総菜やみそ汁、茶や水も販売している。


 権米衛は、1999年に1号店を東京の大崎ニューシティにオープン。2012年には、手作り総菜も豊富にそろえる新業態の「おむすび権兵衛 ファーマーズキッチン」1号店をアトレ四谷に出店した。その後、海外1号店を2013年に、米国ニュージャージー州でオープンしている。


 運営するイワイ(東京都品川区)の岩井健次社長は、大手商社に勤務していたとき、日本の食糧自給率の低さに危機感を覚えたという。本来の主食でありながらも、消費量が激減している米の消費拡大、米食文化の普及を目的に、おにぎりビジネスに取り組んでいる。同社の売上高は、2022年3月期が約30億円だったのが、直近の2024年3月期には約42億円と、2年間で4割ほども伸びており好調だ。


 その他のチェーンとしては「ごちそう焼むすび おにまる」が挙げられる。ピザ店などを展開してきたマリノ(名古屋市)が、事業のポートフォリオを考慮して2年前に開発したチェーンだ。現在は中京エリアのみならず首都圏に関西、海外の台湾にも進出している。「焼むすび」という新ジャンルを開拓したチェーンであり、顧客はザルに買いたいおにぎりを取って、レジで実演調理してもらう独特なスタイルが人気を博している。


 おにまるの米は、握っても焼いても米の旨味と粒感がしっかりと味わえる広島産や北海道産のものを使用している。おにぎり向きの米を大釜で炊き上げ、ご飯や具材を備長炭で焼いて提供する。


 おにぎりは硬くならないよう焦げ目までは付けず、しょうゆダレの香ばしさを出すために炙っており、種類は常時20以上ある。看板メニューは、3尾の海老天が乗ったぜいたくな「香味だれ海老天むす」や、スパムおにぎりを独自にアレンジしたような「炙りポーク玉子」だ。


●鉄道会社も注目する一方で、懸念も


 鉄道の関連会社も、エキナカのファストフードとしておにぎり専門店に着目しているようだ。JR東日本クロスステーション(東京都渋谷区)では2002年に東京駅で「ほんのり屋」を開業。現在は22店にまで増えた。小田急レストランシステム(東京都渋谷区)では「おだむすび」を3店、小田急沿線に出店している。


 変わり種として「スシロー」を展開するFOOD & LIFE COMPANIES(大阪府吹田市)が新規事業として、おにぎり型のすし「むすび寿司」を開発。2020年9月、大阪の難波に1号店を出店。同年10月、さいたま市に出店した店は閉店したが、この5月に東京都中央区・人形町に出店し、現在は計2店である。しょうゆも箸も不要な、ワンハンドで食べられる酢飯を使った新感覚のすしとして、すしとおにぎりの良いところ取りを目指したという。具材は人気のすしネタを中心に、20種類以上を展開している。


 このように盛り上がりを見せるおにぎり専門店だが、悩みの種は米の価格高騰だ。業務用は、1年前に比べて1.5倍ほどになったという。かといって、1個400円のおにぎりを、600円に値上げして顧客はどこまでついてこられるかは未知数だ。


 ぼんごの右近氏は「もともと、そんなにもうかる商売でない。私は昔、倒れるほど働いたが、今は労働の基準が厳しくなったから店員に無理もさせられない。続けていく条件は厳しくなっている」と懸念を話す。


 ただ、おにぎり人気が高まっているのは事実。タイムパフォーマンスを重視するZ世代や、グルテンフリーな点から海外でも支持を拡大しており、ビジネスチャンスは大いにある。おにぎり専門店が、どのようにコスト高を克服してさらなる成長を見せるのか、今後の動向をウォッチしていきたい。


(長浜淳之介)



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