トヨタがF1最少規模のハースと手を組んだ理由 互いにとってプライスレスな価値とは

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2024年10月25日 16:51  webスポルティーバ

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『トヨタがハースF1チームと提携し、F1に復帰!』

 そんな見出しがメディアに躍ることは、ほとんどなかった。豊田章男トヨタ会長自身が「F1復帰とは書かないでください」と明言したからだ。

「『トヨタついにF1復帰』ではなく、『世界一速いクルマに自分も乗れるかもしれない』と、日本の子どたちが夢を見られるような見出しと記事をお願いします」

 今回のトヨタガズーレーシング(TGR)とハースの"業務提携"は、まさにこの「若い人たちの夢」が軸にある。

 TGRとハースが共同で2023年型F1マシンを使ったプライベートテスト(TPC)を行ない、ここに日本のドライバーやエンジニア、メカニックたちが参加する機会を提供する。それによって、極めて狭き門となってしまっている日本から世界、そしてモータースポーツの世界の頂点であるF1への道筋を作り出そうというわけだ。

「F1が世界最高峰のモータースポーツだというのは、みなさんもご存じのとおりですし、我々も認めているところです。その一番速いマシンに乗りたいというドライバー、そんな仕事に関わりたいというエンジニアやメカニックがたくさんいると思います。

 トヨタはかつてF1チーム(参戦期間2002年〜2009年)を自社で持っていましたけど、私が社長の時に撤退を決定しました。その後10数年の間に、その道を閉ざしてしまったなと思っていたのは私自身もそうですし、周りのドライバーたちもそうだったと思います。

 そんな時にハースの小松(礼雄)さんとの出会いからこういうきっかけをいただいて、そういう人たちに夢と希望を与えられる道筋ができるんじゃないかなという第一歩が、今日の発表だと私は思っています」

 若い人に夢を与えるだけでなく、具体的な道筋も与える。それがトヨタ全体にいい人材を呼び集めるという波及効果も、当然期待しているはずだ。

 一方でハースの小松礼雄代表も今年1月のチーム代表就任直後から、「自分がこうして活躍することで若い人たちに世界に出て仕事をしたいと思ってもらい、勇気づけられれば」と語っていた。若くして渡英し、自力でF1エンジニアへの道を切り拓いてきた小松代表だからこそ、そういった思いは常に持っていたのだ。

【ハースは常に人手不足】

 開幕前テストが行なわれていた2月のバーレーンで、豊田会長の意を受けた加地雅哉モータースポーツ担当部長が小松代表と会ってお互いの思いをぶつけ合い、話し合いを進めていったという。そして6月のカナダGP直前には、小松代表が日本に立ち寄って豊田会長と直接話し合い、この業務提携への思いはさらに強くなったという。

「F1はハイテクの世界ですが、やっぱり大切なのは『人』で、ウチはお互いにF1という世界で人材を育成したいという狙いがあったことが大きかったと言えます。お互いの組織にとって、その点が明確だったんです。そこがこの業務提携を決定づけたキーポイントでした」

 トヨタにとっては、「人をF1の現場で育てる」というプライスレスな価値が得られる。ドライバー育成についても、今年からFIA F2に参戦した宮田莉朋が苦しんだことを教訓に、もっと若い世代からヨーロッパに挑戦し、本場で経験を積むというプログラムに移行していく。そこもハースとの提携によって、より強力なドライバー育成プログラムが展開されていくことになりそうだ。

 そして、F1界で最も小さな300人ほどという規模のため常に人手不足で、レース現場も全員が24戦すべてをカバーしなければならないほど逼迫(ひっぱく)した状態のハースにとって、人材を育成するためにTPCは貴重な機会になる。

 TPCを実施するためには、2023年型パワーユニットをフェラーリから追加購入し、テスト用の設備も購入し、マシンを運用するためのエンジニアやメカニックを雇用しなければならない。自力ではできなかったTPCが、TGRとの提携で可能になるのだ。

 メリットはそれだけではない。

「ウチはF1界で一番小さなチームですし、さまざまなことを理解するためのリソースもハードウェアも足りていません。中団グループでもっとコンペティティブになるために、そういったリソースやパワーを提供してくれる相手を探していました。

 そういったハードウェアを持ち、それをどう使うかを知っている相手です。それがまさしくTGRでした。彼らはケルンに巨大な設備があり、ウチはそれを使うことができるようになるんです」

【忘れなかったフェラーリへの配慮】

 小松代表はチーム代表就任直後から、ハースがさらに一歩成長するためには何が必要なのかを考えていた。

 それがシミュレーター技術であり、パーツ製造能力であり、豊富な人材であり、それを持っていたのがTGRだった。かつてはF1の参戦開発拠点であり、現在はWEC(世界耐久選手権)でハイパーカーを走らせるTGR-E(TGR-ヨーロッパ/旧TMG)だ。

 ハースはTGRの持っていないF1技術を、TGRはハースの持っていない人材と設備を──。それぞれが長所をつなぎ合わせて短所を補い、お互いに成長することができるWin-Winの関係が、まさに今回の技術提携だったのだ。

「まずはシミュレーターやTPCといった共同作業から開始します。もちろん、この業務提携にはお互いにメリットがなければなりませんし、彼らにとってはウチの持つ最新のF1ノウハウを得ることがメリットになります。ウチにとっては、彼らのような施設や人員、リソースはありませんし、それがメリットになります。

 つまり、お互いの専門分野でお互いに学ぶことがあり、お互いに自分たちの弱みを強化することができるというわけです。お互いにメリットのある完璧なコンビネーションだと言えると思います」

 今後はカーボンコンポジット部品の製造をケルンのTGR-Eに委託するといった提携も進めていく。TGRにとってはF1の最新パーツ製造・設計を学ぶことができ、ハースにとっては現在の外注先であるダラーラよりも品質のいい製品が手に入る可能性がある。

 その一方で、小松代表はハースがF1に参戦した時から技術提携を結んできたフェラーリへの配慮も忘れなかった。

 パワーユニット、ギアボックス、サスペンションといったカスタマーパーツ供給はもとより、マラネロに置く開発設計拠点、そこに出向という形で参画しているフェラーリのエンジニア、空力開発に使用するマラネロの風洞。これらは技術面においてハースF1チームの中核をなすもので、どれひとつとして欠くことはできない。

 こうした要素には一切変更は加えず、フェラーリとの技術提携はこれまでどおり継続して、フェラーリの利益は毀損しない。もちろん、知的財産権をTGRに漏らすようなこともしない。そういったフェラーリの立場に立った情報開示を、TGRとの技術提携話が始まってすぐにフェラーリに対してオープンにしていた。だからこそ、フェラーリもこの提携実現に向けて協力的だった。

【トヨタとハースが新時代を切り拓いた】

 まだ業務提携はスタートしたばかりで、具体的に何をいつ、どのように進めていくかを検討している段階でしかない。

 すでにTGRのノウハウを使って、イギリスにあるハースのファクトリーへシミュレーターを設置するプロジェクトはスタートしているようだ。だが、TPCの実施は早くても2025年の第2四半期になる見込みで、パーツ製造についてもさまざまなトライ&エラーが必要になるだろう。

 この業務提携の効果が実際に表われてくるのは2026年になるだろうと、小松代表は見ている。

「すでにいくつかのプロジェクトはスタートし始めていますが、たとえばシミュレーターなどは設置するのにも時間がかかりますし、コラレーション(相互関係)を取ったりして稼働できるようになるのは来年のかなり遅い時期になるのではないかと思っています。すぐに効果が出るとは思っていませんし、本当の効果が表われるのは2026年になるでしょうね」

 ハースがF1界において躍進していくと同時に、TGRもF1の知見を得てさらに進化し、「人」が育っていく。そういった道があるということが、これから世界を目指す若い人たちに夢を与える。いや、夢だけでなく、夢に向かって進む道も創り出した。

 トヨタとハースが、新しい時代を切り拓いたのだ。

「今回の提携は、人の育成というのが一番の目標としてありますし、そういう『人』が戦っている姿って一番共感を呼ぶと思うんです。日本から出てきたそういう人が世界で戦っているという姿を見せることが、これからの日本の若い人たちの将来につながっていくと思いますし、そこに貢献できることを楽しみにしています」(小松代表)

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