なぜ、松のやは「290円朝食」にこだわる? ターゲティングとポジショニング戦略から見えた“必然”

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2024年10月26日 05:21  ITmedia ビジネスオンライン

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とんかつチェーン「松のや」

 近年の物価高騰は、外食産業にとって大きな試練となっている。原材料価格の上昇、人件費の高騰、エネルギーコストの増加など、企業が直面する課題は多岐にわたる。


【画像】290円なのにガッツリ系で嬉しい、松のや「玉子丼」(290円)、ほか競合の朝食メニュー


 しかし、その中で「松のや」は朝食メニュー「玉子丼」を290円という低価格で提供し続けているのだ。この価格設定は、同業他社と比較しても際立つ安さだ。


 本稿では、すき家、松屋、吉野家、かつやといった競合各社の朝食メニューと比較し、「松のや」がどのような戦略的意図を持ち、どのようにしてこの価格を実現しているのかを探る。また、3C分析とバリューチェーン分析を用いて、各社の戦略の違いや成功要因(Key Success Factor:KSF)を明らかにし、最終的にターゲティングとポジショニングまで踏み込んで考察する。


●競合各社の朝食メニューと価格の比較


 まずは、主要な競合他社であるすき家、松屋、吉野家、かつやの朝食メニューと価格を確認してみよう。


 すき家が提供しているリーズナブルな価格の朝食としては、「たまかけ朝食」(ご飯並盛290円)、「まぜのっけ朝食」(同290円)が挙げられる。牛丼チェーンとしての強みを生かし、シンプルな朝食メニューを提供していることが分かる。


 松屋は「Wで選べる玉子かけごはん」(330円)、「得朝牛皿定食」(390円)の安さが目立つ。松屋は定食メニューが充実していることが特徴で、朝食も同様だ。


 吉野家は「納豆定食」(430円)、「納豆牛小鉢定食」(468円)あたりが安い。伝統的な和朝食をラインアップに加え、健康志向の顧客にも対応している。


 松のやと同じくとんかつ専門店である「かつや」はどうか。朝食メニューの展開は一部店舗に限定しており、価格帯は400円以上が中心だ。ボリューム感のあるメニューでランチタイム以降のニーズに訴求するようだ。


 こうして並べてみると、松のやの玉子丼は「業界最安水準」であることがよく分かる。


●3C分析から見る各社の戦略の違い


 各社の戦略の違いを、3C分析を使って掘り下げていこう。


1. Customer(顧客)


・松のや:気軽にとんかつを食べたい顧客はもちろん、価格に敏感な学生やビジネスパーソンを主なターゲットとしている。手軽で安価、かつ満足感のある朝食を求める層に訴求している。


・競合各社:すき家は女性や子ども向けのメニューを強化し、ファミリー層へのアプローチを積極的に行っている。松屋や吉野家も幅広い年齢層に対応し、健康志向や多様な嗜好に応えるメニューを展開している。


2. Competitor(競合)


・松のや:低価格戦略と専門性で市場シェアを拡大しようとしている。物価高騰の中でも価格を抑え、新規顧客の獲得とリピーターの増加を狙っている。


・競合各社:価格競争だけでなく、メニューの多様性やサービス品質、ブランドロイヤリティーで競争している。すき家はファミリー層や女性客へのアピールを強化し、松屋や吉野家も健康志向の商品で差別化を図っている。


3. Company(自社)


・松のや:とんかつ専門店としての調理技術と食材調達力を活かし、低価格でも高品質な商品を提供している。シンプルなメニュー構成によりオペレーションを効率化し、コスト削減を実現している。


・競合各社:牛丼チェーンとしてのブランド力と全国的な店舗網を持ち、多彩なメニュー展開で顧客満足度を高めている。すき家は特にファミリー層へのプロモーションを強化している。


●松のやの成功要因(KSF)と戦略的意図


 松のやが実現している重要成功要因(KSF)は以下の通りである。


●松のやの成功要因(KSF)


・コストリーダーシップの確立:主要食材である豚肉や卵を大量一括仕入れすることで、スケールメリットを生かし、原価を抑制している。シンプルなメニューにより調理工程を標準化し、人件費や時間コストを削減している。


・ブランドイメージの強化:物価高騰の中でも低価格を維持することで、「安くて美味しい」というブランドイメージを強固にしている。とんかつ専門店としての信頼性も高く、品質に対する顧客の安心感を得ている。


・顧客ロイヤリティーの向上:朝食メニューで新規顧客を獲得し、昼食や夕食でも来店してもらうことで、顧客のライフタイムバリュー(LTV)を最大化する戦略を取っている。


 これらの成功要因を通じて、松のやは新規顧客の獲得、リピーターの増加、そして市場シェアの拡大を狙っている。特に「290円」というインパクトのある価格かつ、「朝食」という毎朝のリピート性の高いメニューで顧客を囲い込み、「昼も松のやでいいか」「仕事終わりもサクッと松のやに行くか」といった具合に、顧客のライフタイムバリュー(LTV)を最大化するのが松のやの戦略的意図だと考えられる。


●バリューチェーン分析による価格実現の理由


 松のやはなぜ290円という価格で朝食を提供できるのだろうか。バリューチェーン分析から以下のことがいえる。


1. 調達


 大量一括仕入れによるコスト削減:主要食材である豚肉や卵を大量に仕入れることで、スケールメリットを最大限に生かしている。特に玉子丼は高価な食材を必要としないため、原材料費を大幅に抑えられる。


2. 製造(調理)


 調理プロセスの標準化と効率化:メニューを絞り込むことで、調理手順を標準化し、スタッフのトレーニングコストや調理時間を削減している。


3. 流通


 自社物流システムの最適化:効率的な物流網を構築し、店舗への迅速かつ低コストな食材供給を実現している。


4. マーケティングと販売


 低コストプロモーション戦略:高額な広告費をかけずに、SNSや口コミを活用して認知度を高めている。


5. サービス


 セルフサービスの導入とオペレーション効率化:必要最低限のサービスに絞り込み、人件費を削減している。


 これらのバリューチェーン上の効率化により、松のやは競合他社が模倣しにくい低価格設定を可能にしていると考えられる。


●競合各社が同価格帯を実現できない理由


 しかし、競合各社も顧客の囲い込みとLTV向上を図るという戦略は実現したいはずだ。それができない事情を考えてみよう。


食材コストの違い


 牛丼チェーンは主力商品である牛肉を使用しており、牛肉は豚肉に比べて原材料費が高い。国際的な価格変動の影響も受けやすく、コストコントロールが難しい。


メニュー構成の違い


 競合他社は多様なメニューを展開しているが、牛丼に乗せるトッピングやサイドメニューの種類が多い。これにより、調理工程や在庫管理が複雑化し、人件費や時間コストが増加する可能性がある。


ブランド戦略の違い


 牛丼チェーンは「早い・安い・うまい」が魅力であるが、極端な低価格戦略は品質やサービスに影響を及ぼすリスクがある。彼らは価格だけでなく、総合的な顧客体験で差別化を図っている。


●ターゲティングとポジショニングによる戦略の違い


 前項でターゲットの話を軽く出したが、それと、そのターゲットに対する魅力の打ち出し方=ポジショニングについて深掘りしてみよう。


ターゲティング


・松のや:価格に敏感な顧客層(学生、低価格志向のビジネスパーソン)、肉好きの顧客に焦点を当てている。


・競合各社:幅広い年齢層、ファミリー層、健康志向の顧客など、多様なニーズに応える戦略を取っている。


ポジショニング


・松のや:「低価格で高品質なとんかつ・丼物を提供する専門店」として市場に位置付けられている。物価高騰時代において、価格競争力と専門性を最大の武器としている。


・競合各社:「多彩なメニューと高品質なサービスで満足度を提供する総合的な外食チェーン」としてのポジションを確立している。価格だけでなく、顧客体験全体での価値提供を重視している。


●松のやの戦略が示すもの


 「松のや」が物価高騰の中で290円の玉子丼朝食セットを提供できる背景には、徹底したコスト効率化と明確な戦略的ターゲティングがある。一方、競合他社が同価格帯での提供を実現できないのは、バリューチェーン上の構造的な違いや、ブランド戦略、ターゲット顧客層の広さによるものである。


 松のやの戦略は、物価高騰という市場環境を逆手に取り、低価格を武器に新規顧客を獲得し、ブランド力を高め、顧客を囲い込む巧みなものである。この戦略が長期的にどのような成果をもたらすのか、今後の動向に注目が集まる。


●金森努(かなもり・つとむ)


有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師


金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。


2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。大学でマーケティングを学び、コールセンターに入社。数万件の「本当の顧客の生の声」に触れ、「この人はナゼこんなコトを聞いてくるんだろう」と消費者行動に興味を覚え、深くマーケティングに踏み込む。(日本消費者行動研究学会学術会員)。


コンサルティング会社・広告会社(電通ワンダーマン)を経て、2005年に独立。30年以上、マーケティングの“現場”で活動している「マーケティング職人」。マーケティングコンサルタントとして、B to B・Cを問わず、IT・通信、自動車・電機・食品・家庭用品メーカー、金融会社、生損保、自動車販売、EC等、幅広い業種に対応し、新規事業・新商品開発・販売計画・販売のテコ入れ案・コミュニケーションプランの策定等、幅広くマーケティング業務の支援を行っている。講師としても業種を問わず、年間100コマ以上の企業研修に登壇。コンサルティング経験を元に企業課題に合わせた研修のオリジナルのコンテンツやカリキュラムを提供。研修によってマーケティングを「知っている」だけではなく、「業務に生かせるようになること」にこだわっている。執筆は、「初めてでもマーケティングが楽しく体系的に学べる本」をテーマに10数冊刊行。「3訂版 図解よくわかるこれからのマーケティング」(同文舘出版)など。



このニュースに関するつぶやき

  • 松の屋と松屋は同じグループなんだが。だが近々値上がりしそうな気がする。米も卵も高いし。
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