絶滅寸前の「夜行列車」に復活の兆し、インバウンドの追い風で加速か?

8

2024年10月27日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

「夜行列車」に復活の兆し、なぜ?

 減便が続いた「夜行列車」が息を吹き返すかもしれない。


【その他の画像】


 この夏、臨時列車として運行した夜行特急「アルプス」に注目が集まった。かつて“山男御用達”として人気だった夜行急行列車「アルプス」の復活だと話題になったためだ。寝台車はなく座席のみ。特急電車を使うから、ちゃんとリクライニングシートだ。現代風にいえば、高速夜行バスの電車版である。


 新宿駅23時56分発、白馬駅翌朝6時22分着。途中で立川駅、八王子駅、松本駅、信濃大町駅に停車する。下り列車のみで上り新宿行きは設定されない。臨時列車だから運行日数は少なく、新宿発基準で7月12日、8月9日、9月13日、9月20日(いずれも金曜日)の4本のみ。全車指定席の特急列車に格上げされ、実質的な値上げにもなったけれども、ほぼ満席の仕上がりだったという。


 成功の証として特急「アルプス」は、秋の臨時列車としても追加された。またも金曜日の10月11日、11月1日が設定され、本稿執筆時の10月24日現在、11月1日出発便はグリーン車が満席、普通車も残席わずかの△マークが付いていた。出発日までには満席になるだろう。


 ただし、冬の臨時列車(12〜2月)のリストにはない。これが特急「アルプス」の性格を表している。設定された日は全て三連休前日の金曜日だ。つまり、年末年始の多客期に走らせる臨時便ではなく、明らかにレジャー目的の旅行客を対象としている。12月には月曜休日の三連休がないから設定されないとしても、1月10日、2月21日は追加されそうな気がする。


 この特急「アルプス」は、夜行列車復活のきっかけになるかもしれない。その根拠を披露する前に、なぜ急行アルプスが消えてしまったか、その理由を登山ブームの変遷と合わせて推察してみよう。


●山岳ブームと「アルプス」の歴史


 戦後間もない1948年(昭和23年)7月、新宿〜松本間に臨時夜行準急列車が設定された。この列車が翌年に定期列車の準急「アルプス」となった。当時は鉄道需要が多く、日中の移動を補完する役割だったと思われる。


 ところが1950年代に世界で8000メートル級の初登頂が続くと、日本でも登山ブームが起きた。山小屋やテントで宿泊する登山家も多い。そんな登山家にとって、夜行列車は1泊の宿泊費を浮かせられる上に、早朝から登山に挑める便利な交通手段だ。1957年には「アルプス」に加えて臨時夜行準急も設定された。


 その後「アルプス」は客車からディーゼルカーとなり、急行に格上げされ、日中も走るようになった。1964年に登山家の深田久弥氏が自らの基準でまとめた随筆集『日本百名山』(新潮社)が話題となった。ここから始まる登山ブームも、「アルプス」をはじめ全国で走っていた夜行列車が支えた。


 1980年代になると、若年層の登山者は減り、若い頃に登山を愛した50代、60代のリターン登山家が増えていく。1986年には昼間の急行「アルプス」が特急「あずさ」に組み入れられて、「アルプス」は再び“夜行列車専門”になる。車両は特急形電車となり、古いけれどもリクライニングシートで快適になった。


 こうして「アルプス」を含めた夜行急行列車、夜行快速列車は登山家御用達となった。しかし、登山者の高齢化によって夜行列車は敬遠されていく。1999年には高尾山薬王院有喜寺で「健康登山」が提唱された。高齢者の登山者は増えたけれども、夜行急行で出かける人は減る。2002年に夜行急行「アルプス」は廃止となり、代わって臨時快速「ムーンライト信州」が走り始めた。


 夜行列車需要を支えた乗客は「青春18きっぷ」のユーザーたちだった。ムーンライト信州は私も何度か利用し、人気は高かったと思う。しかし2018年に車両の引退を理由として運行を終了する。筆者の見立てでは営業面に問題があったように感じた。普通列車のため青春18きっぷで乗れる。座席指定券が530円と安かったので、収入が少ない。そして、車掌が「満席」と放送しても空席が目立った。私の隣の席も終着駅まで空席だった。


 その理由も客単価の低さが関係している。実際には1人しか乗らないのに、2人分の指定席を買ってゆったり過ごす人がいる。当然ながら乗車券は1人分だけなので収入は少ない。もちろんこれは規則違反だ。安い指定席はキャンセルしても手数料を引くと戻ってくるお金が少ない。そうなると手続きの手間を嫌ってキャンセルしない人がいる。指定席が安いということは、オークションで転売する者たちにとってもリスクが少ないことになる。売れなかったとしても、損失が少ないからである。


 車両が老朽化しているなら、稼働していない特急車両を使ってもよかったはずだ。「ムーンライト信州」が消えた本当の理由は、採算の悪化だと私は思った。


●「アルプス」特急化は実証実験的だ


 特急「アルプス」を運行するきっかけは、2024年の「夏の信州観光キャンペーン」だ。JR東日本長野支社と長野県観光スポーツ部が連携した観光キャンペーンで「Go Nature. Go Nagano」をスローガンとし、長野県全体の観光施設を総動員して、「アクティビティ」「食体験」「自然と文化」をテーマに集客イベントを用意した。開催期間は7月1日〜9月30日だった。


 JR東日本長野支社も管内の観光列車「おいこっと」「HIGH RAIL 1375」「リゾートビューふるさと」と連携するプランを用意した。そこで設定した臨時列車が特急「アルプス」、特急「はくば」、特急「諏訪湖花火大会号」、「ぐるっと信州号」、新宿発「国鉄型185系南小谷行き」だった。特急「アルプス」は東京から長野へ送客する目玉列車といえる。


 終着駅のある白馬村の躍進も交通需要を増やしている。白馬エリアは「世界水準のオールシーズンマウンテンリゾート」を目指して、2018年に絶景テラス&カフェ「HAKUBA MOUNTAIN HARBOR(白馬マウンテンハーバー)」を開業するなど、10年間にグリーンシーズン向けの施設を展開した。現在はスキーシーズンを上回る集客数だ。訪日客も多いという。白馬村、大町市、小谷村の2023年の夏季観光客数は約266万人。コロナ禍前の2019年に比べて162%の集客となった。


 その結果、白馬はホテルが取りにくい場所になっている。そこに特急「アルプス」がはまった。夜行日帰り、あるいは夜行+1泊で楽しもうという需要があった。そこにかつての過酷な登山ブームはない。「山ガール」ブームで女性層が増えて、漫画からアニメにもなった『ゆるキャン△』のような「手軽な山遊び」の流行もあるようだ。


 特急「アルプス」には多くの示唆がある。まずは特急化だ。実質的な値上げに成功した。「ムーンライト信州」の指定席券は530円。特急「アルプス」の特急券は3150円だ。キャンセルした場合、払い戻し手数料340円を引いても、2810円が戻ってくる。出発日前日から発車時刻までは手数料を3割も取られるけれど、それでも2200円が戻ってくる。これは見過ごせない金額だ。予定が変わっても積極的に払い戻す動機になるし、転売屋の売れ残りリスクも高まる。


 「値上げしても満席」で、しかも「グリーン車から先に満席になっている」点も注目だ。単価の高い席が売れている。つまり、有効時間帯の夜行列車にはそれだけの価値があることは明らかになった。乗車券と特急券の総額で見ると、特急「アルプス」の新宿〜白馬間は普通席で8650円。グリーン席で1万2310円だ。


 特急ではなく、夜行急行「アルプス」として復活させた場合、普通席で6820円。急行料金は自由席だから、指定席に乗る場合は指定席料金530円を加算して7350円になったはず。ちなみに、新宿〜白馬町間の夜行バス・アルピコ交通「5551便」はバスタ新宿23時05分発、白馬町停留所5時39分着、運賃は7500円だ。11月1日出発分は満席だ。つまり急行アルプスの料金でも、夜行バスとじゅうぶんに競争できた。そこにワンランク上の特急を設定した。


 かつて夜行急行「アルプス」の乗客が減った理由は、金額ではなかった。登山のスタイルが変わったのだ。快速に格下げした理由は、青春18きっぷユーザーを意識したからかもしれない。登山客以外の乗客を取り込むという意味では正しかったけれども、単価が安すぎた。低価格化のために快速に格下げしたら、今度は採算割れするほどの結果になってしまった。


 指定席券はもっと高額でも良かったと、特急「アルプス」は示している。特急「アルプス」の料金体系は昼間の特急列車と同じだ。夜行列車で昼間の特急列車と同じ収入が得られることが分かった。これだけでも夜行列車を復活させる動機になる。


●夜行列車が復活できない理由を覆した


 便利な手段はもっと便利な手段に置き換えられる。夜行列車の需要が低下した理由は、便利ではなくなったからだ。戦前戦後は主な移動手段が鉄道だけだったし、列車の速度も遅いから、夜通し走る必要があった。つまり“しかたなく夜間運行する列車”だった。


 夜行列車を存続させるために、国鉄は2つの方法を採った。低価格化と高付加価値化だ。夜行快速列車を増やす一方で、寝台列車の居住性を向上した。「星の寝台特急」というキャッチフレーズのもと、三段寝台を二段寝台に、個室も増やし、食堂車も備えた。


 ところが、もっと便利な移動手段が現れた。新幹線網の拡大と、2000年の航空自由化だ。新規参入航空会社と既存航空会社が競争し、国内線航空券の運賃が下がった。ほぼ同時期にビジネスホテルが増えた。1泊当たり5000円もあれば、清潔で、ユニットバス付きのホテルに泊まれる。2004年にアパホテルは合計室数が1万室を超え、2005年に東横インは100店舗を超えた。その後の大規模展開はご存じの通りだ。


 寝台特急の寝台料金は最も安いB寝台で6500円だった。座席列車に比べると定員が少ないから、このくらいの追加料金を取らないと採算が合わない。それでもホテルに比べて設備は見劣りする。夜行列車で行くくらいなら、前日に移動して一泊したほうがいい。


 一方で、夜行快速列車のライバルは高速夜行路線バスだ。居住性は列車に劣るけれども、格安で「夜行便の有効時間帯」にピッタリはまる。


 夜行列車が廃れた理由は、「もうからない」「寝台料金は高くて不評」「車両が老朽化しても、もうからないから新車をつくれない」、そして「夜間の保守作業に支障する」だった。


 しかし、特急「アルプス」がそれらを覆す。「座席列車の特急化で日中の特急と同じ収入になる」「三連休前日という日を選べば、夜間も運行可能」と実証して見せた。


●外的要因の後押しもある


 夜間に保守作業のできる時間が減る問題は解決に向かっている。保守係員の不足や負担軽減に向けて、保守用機械の自動化が急速に進んでいる。東海道新幹線は営業車両で軌道と電気、信号の検査を実施し、夜間の検査作業を減らしている。


 在来線においても省力化が進む。例えば、トンネルは夜間に徒歩で壁の点検をしている。これをいったん高精細の動画で撮影し、日中に事務所で解析して異常箇所を発見する。その座標を記録して、再度トンネル内で点検車両を走らせたときに、異常箇所を光ポインターで示す。あらかじめ日中に対処方法が決められるため、トンネル補修のスピードが上がる。目視に頼らず機械の目を使うため、保守員の人数も減らせたという。


 夜行列車を運行し収入を増やせるとなれば、保守の自動化とスピードアップは、単なるコストと人員の削減ではなく、利益に直結する案件になる。


 訪日観光客の急増で、ビジネスホテルも含めて宿泊価格が急騰している。飛行機や新幹線で前日入りしてホテル泊というパターンが使いづらい。夜行バスはじめ長距離路線バスは、運転手不足で減便傾向にある。JRにとっては、コロナ禍の損失を取り戻すための施策が必要で、夜間に車庫で眠る電車を走らせれば、昼間の特急と同じ収入が得られそうだ。


 寝台列車など高付加価値列車は、クルーズトレインとなった。特急「アルプス」の成功は、座席夜行列車が再評価されるきっかけになったはずだ。まずは三連休前の金曜日。大型キャンペーン開催地。この辺りから座席夜行列車が復活しそうだ。


(杉山淳一)



このニュースに関するつぶやき

  • 「急行アルプス!是非お立ち寄りください」←辰野。
    • イイネ!1
    • コメント 3件

つぶやき一覧へ(6件)

ランキングトレンド

前日のランキングへ

ニュース設定