なぜ「金の卵」を守れなかったのか 東芝と日立、明暗を分けた企業統治のあり方

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2024年10月29日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

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「金の卵」を失ったその理由、東芝の苦境を振り返る

 半導体大手のキオクシアホールディングス(以下キオクシア、東京都港区)が、早ければ2024年10月を目指していた東京証券取引所への上場を遅らせる方針を固めました。キオクシアの旧社名は「東芝メモリ」。債務超過に陥った東芝が、2018年に米投資ファンドのベインキャピタル率いる日米韓連合に売却したものです。


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 東芝の半導体事業は、不正会計が発覚した当時、日本で唯一トップクラスの技術力を誇り、その後の日本経済の成長にも大きく寄与しうる「金の卵」でした。私は、それを売却することは理解に苦しみましたし、世間的にも「なぜ売ったのか」という声が上がっていました。


 東芝はどこで道を間違え、そのような重要産業を手放すという決断をしてしまったのか。今回は当時の東芝の財務状況やガバナンスを振り返りつつ、今後日本の企業に求められる経営は何なのか探りたいと思います。


●「ガバナンス優等生」といわれた東芝の経営体制


 東芝はかつて「ガバナンス優等生」と言われていました。なぜなら大手製造業のなかで2003年にいち早く、経営陣の企業運営のチェック強化を目的とした「委員会設置会社(現在の指名委員会等設置会社)」となったためです。


 ただ、監査委員会のトップは元最高財務責任者が務めており、指摘する側も生え抜き。実態としては身内で固められたガバナンス体制であり、日本企業の典型例でした。これは経営者のインタビュー記事でよく見られる「会議室に突然呼ばれ、『次の社長を務めてもらう』と言われた」という、委員会や取締役会ではなく、密室で次期社長が決められていることを意味しています。


 当時、東芝の指名委員会の構成は、会長と社外取締役2名の計3名。そのため、「過半数は社外の人であり、客観的な判断ができる」という状態に見えていました。ただ、2017年に東芝が公表した内部管理体制の改善報告によると、事実上の人事権は会長にあり、指名委員会は機能していなかったと記載されています。


 社長が人事の原案を作成・説明することに加え、後継者計画が明確に規定されていないことや、社外取締役に情報提供もされていなかったことから、人事に関して社外の人が意見できない状態でした。


 本来であれば社内で後継者計画があり、それをきちんと株主に説明したうえで、最終的に株主の投票で決定されるべきですが、それがなされていませんでした。社長が会長になり、会長が名誉顧問になる。日本企業にはそうした習慣が残っていますが、「ガバナンス優等生」と呼ばれていた東芝ですら、そうした状態から脱却できていませんでした。


 こうしたずさんなガバナンスが、後々の経営に大きな影響を与えたのです。


●ずさんなガバナンスが招いた不正会計


 優等生と言われながらも、実態としてはぼろぼろだったガバナンス体制のもと、2008年にリーマンショックが起きました。多くの企業が大打撃を受けましたが、東芝も例外ではありませんでした。


 東芝は2008年のリーマンショックを受け、2009年3月に約3500億円(決算訂正前)の赤字を計上。リーマンショックの影響で、東芝は約5000億円の増資を行いましたが、この時期は競合の日立も増資を行っており、状況としては仕方がなかったといえるでしょう。


 ただ、その後の東芝の経営にはあきらかな問題がありました。上述のようなずさんなガバナンス体制により、業績不振を隠すために不正会計を行い、利益を無理やりかさ上げしていたのです。それが発覚したのが2015年でした。


 不正会計の発覚を受け、2015年7月に第三者委員会が設置されました。これにより当時の社長が引責辞任するなどの動きがありましたが、実はこの第三者委員会もまた、名ばかりのものでした。


 なぜなら、本来利害関係を持たない人たちで構成されるべき第三者委員会が、身内で固められていたからです。この第三者委員会の委員の一人は、東芝が財務アドバイザー契約を結んでいたデロイトの人でした。


 また、調査主体もデロイトトーマツの関連会社が選ばれており、ここにもガバナンスのずさんさが現れていました。その結果、この第三者委員会は東芝に委嘱された調査を実施したものの、PC事業などの調査にとどまり、原発事業には触れていませんでした。


 東芝は原子力事業も行っており、2006年に米国で原子力発電を行っているウエスチングハウス(以下WH)を買収していました。しかし、ずさんなガバナンス体制が災いし、このWHのモニタリングも適切に行えていませんでした。


 2011年の東日本大震災により、原発建設のためのリスク管理が非常に厳しくなり、原発建設の費用が激増したという不可抗力もありますが、2015年10月にWHが0円で買収した原発建設を行う米国のS&Wが大規模な損失を計上しました。


 そしてその影響からWHも連邦破産法11条(チャプターイレブン)の適用申請に追い込まれることとなったため、東芝は2期連続の債務超過に陥るという最悪の事態となったのです。


●上場維持への固執が招いた「金の卵」の売却


 2期連続の債務超過。これは上場廃止となることを意味します。インフラ事業を多く受注する東芝は、上場維持にこだわりました。大変おかしな話ではありますが、日本国内でインフラ案件を受注する際、上場企業であるかどうかが重要視されるためです。


 そこで決定したのが、当時日本で唯一世界と戦える技術を持っていた、半導体事業を行う東芝メモリの売却です。2期連続の債務超過により、上場廃止となることを免れることしか考えていないような決断でした。


 しかし、その売却手続きに時間を要したことから、次なる手段としてアクティビストからの資金調達を決断しました。複数のアクティビストから約6000億円の資金を調達。その後東芝メモリの売却も進み、最終的に1兆5000億円ほどの資金を手元に確保しました。


 今後大きな稼ぎを生み出す、いわば「金の卵」である半導体事業を売却してまで得た資金。にもかかわらず、その資金は即座に追加の株主還元に充てられてしまいました。本来であれば、事業を好転させることに対して資金を使うべきであるはずでした。


 しかし東芝は、アクティビストが投資リターンのために経営に対して厳しい要求をしてくるということを理解せず、増資相手として選んでしまっていました。結果、株価が戻らない以上配当などの株主還元で対応するしかなかったのです。


 東芝のこうした動きを一言でまとめるなら、「うそを重ねてドツボにはまり、良い事業を売らざるを得なくなり苦境に陥った」状態でしょう。世間的には、東芝が苦境に陥ったのはアクティビストを入れたことが原因だと言われていますが、そもそも「見せかけのガバナンス優等生」で、実態は嘘を重ねていたこと、不都合なことは先送りにしたこと、監査法人が不正を見抜けなかったことが根本的な問題だと感じます。


●東芝と日立の違い


 2008年のリーマンショックの際、東芝の競合である日立も増資を行っていました。しかし東芝と決定的に違ったのは、当時、日立の川村隆会長自ら株主との対話を重ね、資本市場と向き合ったことです。


 もちろん、会長自ら将来のビジョンを説明したところで、当然のことながらそれは将来の可能性でしかありません。したがって、株主からは非常にシビアな目が向けられ、厳しい質問をされます。経営者からすると、「なぜそんなことを言われなければならないのか」と感じるはずです。


 川村会長のコメントで、自社を客観視することは非常に難しく、どうしてもひいき目に見てしまうため、なぜ自社の評価が悪く、株価が低いのかと感じてしまう。結局は外から見た人の意見のほうが正しく、企業にとって外の人は機関投資家だと言っています。


 川村会長自身が日立のグループ会社に出ていた際、外から親会社のことを見て、客観的に分析できた経験があったからこそ、社外の意見を聞く重要性を認識できたともいいます。そういった素地があったため、株主との対話を行うという道を選択することができたと考えられます。


 日立はそうした考えのもと、事業の売却など適切な改革を行ってきました。一方で東芝は、経営陣がそうした判断ができず、それを第三者がモニタリングするという適切なガバナンスも効かせられていませんでした。


 そのため、資本市場と向き合わず、不正会計を行い、その監査も不適切で、債務超過への対処法として「金の卵を売る」という安易な判断を下し、その手続きが難航するとアクティビストという都合の良い外部の力に頼ることしかできませんでした。


●「強い事業を残す」という選択ができていれば


 半導体は当時日本で唯一世界の最先端を走っていた産業であり、それを担っていたのが東芝でした。それをみすみす手放すことになったのは、うそを重ねてきた東芝の経営やそのガバナンス体制が問題であったことは事実です。


 しかし、東芝が「金の卵」である半導体事業を売却するという状況を目の当たりにしても、産業の保護や、資金援助ができなかった日本政府や金融機関にも反省すべき点があったのではと感じています。


 もちろん、不正会計が問題視されていた東芝に対して、そうした資金援助の決断をするのは難しかったでしょう。しかし、日本経済全体のことを考え、政府や金融機関が行動を起こすことができていれば……と考えてしまいます。この時点で半導体事業を適切に国家戦略に組み込んでいれば、東芝という会社も変わっていた可能性があります。


 また、東芝は原子力にも強みがありました。東日本大震災の原発事故により、原子力に対する風当たりは非常に強くなっていました。しかし、原発はいつか必ず「廃炉」しなければいけません。原発を「建設」できなくとも、「廃炉」にする際には、核廃棄物をどう処理するべきか考える必要があります。


 結果論ではありますが、原発の「廃炉」という点に商機を見出し、原発関連の技術者の流出を食い止め、「グローバルでトップの廃炉技術を持っているのは日本の会社」という形に持って行けても、良かったのではないかと思ってしまいます。


 きちんと株主と対話を行い、適切なガバナンスを行い、企業価値向上を目指すべしという東証からの働きかけもあり、日本企業におけるガバナンス体制も変わり始めています。


 日本でありがちなのは、「現状維持」を重視してしまうこと。「今うまくいっているから良い」「今何とか持ちこたえれば良い」というその場しのぎの考え方ではなく、今後の10年をきちんと考え、ロードマップを作成していく必要があります。


 金の卵を失うのを防ぐためにも、資本市場と向き合い、規律を持った経営で良いところを伸ばし、より強くなる為に事業再編をどんどん進めていくべきです。資本市場も労働市場も流動性が増し、日本全体の活性化につながっていくはずです。


 政府としては、国家戦略をしっかりと示し、民間企業を活性化させ、セーフティーネットとしていざという時に頼れる存在であってほしいと考えています。


(草刈 貴弘、カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長/ポートフォリオ・マネージャー)



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