『Vogue (ヴォーグ)』、『Harper’s BAZAAR(ハーパーズバザー)』などでスタイリストだったリース・クラークと写真家のデーモン・ヒースが創刊した、イギリス・ロンドン発の女性ファッションマガジン「Lula Magazine」。
情報重視の女性ファッション誌とは一線を画すクリエイティブティに溢れるビジュアル作りは、話題となっており、日本市場だけでも、UK版が女性ファッションの洋雑誌としては異例ともいえる1万部越えの売り上げをみせていたという。
Lulaの日本版が誕生したのは2014年。ビジネス的野心を持った多くの大手出版社が日本版のオファーをもちかけるなか、本国Lulaがパートナーとして選んだのは、鈴木和生さん率いる気鋭のクリエイディブカンパニーだった。
鈴木さんは、10誌以上のファッション・カルチャー誌を立ち上げ育ててきた敏腕の編集者であり、誰よりもLulaのクリエイティブに刺激を受けてきたという。Lulaが目指しているコンセプトを深く理解したうえで提案した日本版のビジョンが、UKチームの心にとまったいう。
「Lulaは、彼女たちが良いと思うものだけを追い求めていて、それがタイムレスで魅力的にうつっていました。日本版も、それを損なわないクリエイティブを重視した誌面作りにしたい……その想いが伝わったのでしょう」
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こうして船出をした「Lula Japan」は、出版ビジネスの慣例にとらわれない、唯一無二なファッション誌を目指していく。
・国を問わず若手のクリエイターを積極的に起用する
・徹底的に情報を削ってページ構成していく
・広告のしがらみから自由になる
どれも従来の日本的なファッション誌のベクトルとは異なるやり方だったが、海外戦略を見据えた上ではどれも必要なことばかりだった。特に、情報を取り入れるのではなく、むしろ削っていくことにこだわったという鈴木さん。非言語で伝わる本作りのほうが、雑誌そのものの魅力を活かせると直感していたからだ。
「この頃はインスタグラムが始まったばかりで、SNSはそこまで全盛期ではありませんでした。ただ、これからはビジュアルのほうが伝えやすい世界になっていくだろうなとは思っていました。目指すのは、写真で伝わるビジュアル誌。そんな次の時代を読みながら、Lula Japanの台割を作っていきましたね」
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もちろん、本国Lulaとは異なる、日本版ならではの差別化も忘れてはいない。モデル選び、色彩、そして紙質などもすべて日本版の独自性にこだわった。モデル起用を例にとっても、海外のファッション誌とは異なるイメージを打ち出していく。
「花で例えると、海外では満開が美しいとされています。けれど日本では、つぼみの未熟さや散りゆく様子に美意識を感じる方が多いと思います。なので、海外ではスーパーモデルを起用してライティングもしっかりと組んだ撮影が主流ですが、日本においてはそのような美意識に合わせた部分を大事にしました」
鈴木さんがLula Japanを作るうえで重視していたのが、消費されない、10年後読んでも色褪せない本づくり。言葉にすると簡単だが、雑誌は新刊が出れば、前号は大概、読み捨てられ、書店からも返品される運命にある。
そんななか、本国Lulaは、バックナンバーをストックしてもらうために、装丁にもこだわっていた。たとえば背表紙にネックレスの写真を掲載していた時期があり、本棚にバックナンバーを並べることでクローゼットのような見え方になる。これも消費されないためのクリエイティブのひとつ。
「Lula Japanでもアーカイブを大事にしようと考えたときに、毎号、テーマカラーを決めて装丁で表現しようと考えました。バックナンバーを本棚に並べたときに背表紙がカラーパレットのように見えるのは面白いかなと」
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色に対して古くから繊細で独特の美意識があった日本にはたくさんの伝統色があり、色彩の表現が多彩だ。Lula Japanでは、そんな伝統色を毎号テーマに打ち出している。
「日本には多くの色がありそれぞれたくさんの意味が込められている。その部分に着目したんです。そこからインスピレーションを受けて撮影をしたり、またアーティストにも作品を作ってもらったりしています」
とはいえ、その色彩を雑誌で忠実に再現するためには、言うまでもなく紙のクオリティが重要になってくる。これも、Lula Japanがこだわっているディテールのひとつ。
「意外と知られていないのですが、日本ほど紙が豊富な国はないんです」と鈴木さん。にもかかわらず日本の出版業界は、コストカットが進むなかで紙に対する意識や重要性が希薄になっており、結果、すべての紙媒体としての雑誌が同質化している傾向にあるという。
そんななかでLula Japanは、印刷会社の「八紘美術」と二人三脚となり、表現に相応しい紙を模索し続ける。八紘美術は美術の図録を多く手掛けていて、著名な写真家からも信頼される飯田橋の印刷会社だ。
「うちはオートクチュールのような雑誌にしたいと掲げているので、紙も特集によって7種類ほど使い分けています。中には和紙のように雑誌では使われないようなものも含んでいます」
日本ならではの色彩感覚や、個性的な紙へのアプローチ……日本における出版には可能性がたくさんあるにもかかわらず、画一的な雑誌ばかりが増えていくのはなぜか。その理由を鈴木さんに尋ねてみると、「日本は国内だけで出版ビジネスが完結できるので、置かれている環境が特別なことに気がつかないのかもしれません」と回答。
一方で海外展開に積極的なLula Japanは、日本の出版業界を俯瞰できるからこそ、良い部分、悪い部分が見えてくるという。そして、日本で印刷工程のコストカットが進むことで、昔はあたりまえのようにあった技術が失われていく現状を危惧している。
「紙のクオリティを放棄することで、自分たちが業界の首を絞めているように思えるんです。情報だけなら、紙の本を買う必要はない時代です。大事なのは、紙で表現できることを模索し、写真1点1点を、魅力的に表現していくことに尽きるのではないでしょうか」
紙の可能性を感じ取っているのは、実は鈴木さんだけではない。昨今は多くのラグジュアリーブランドも紙への原点回帰がおきているという。
「一時期、雑誌からSNSやウェブに広告をシフトさせたラグジュアリーブランドは多かったんです。確かに短期間でモノを売ったり、反応を測定したりする分にはデジタルで十分なのですが、ブランディングをしていく上では、デジタルだけでは難しいと気付いてきたのではないでしょうか。だからこそ紙の本の重要性が見直されているんです」
ラグジュアリーブランドの動きには、鈴木さんは大いに刺激を受けており、Lulaを雑誌だけに限定するつもりはないようだ。
「たとえばシャネルやルイ・ヴィトンなどは、洋服だけではなくフレグランスやビューティ、宝飾と、展開は多岐に渡ります。同じように、Lulaというブランドを高めていくことで、紙の本だけでなく、さまざまな展開が可能になると思います」
2021年よりLulaの日本での商標を本国から買い取り、自由に使えるようになっただけでなく、昨年から発売元を自社に変更したことで、本格的に独立した出版社としてスタートを切った。今後は雑誌だけでなく、アパレルなど異業種と手を組み、Lulaの名のもと、さまざまなプロジェクトを行なっていくという。
加えて、「マルチメディア」という既存の雑誌とは異なるコードを取得することで、従来の雑誌とは違う展開ができるようになった。
アートブックレーベルを立ち上げたのもその一環で、気鋭のアーティストの作品を手掛け、販売していくことにも積極的だ。全国にある個人経営のアート系書店と連携を取り、既存の流通システムに頼らなくてもよい独自の販路を開拓している。
「特に日本では、ZINE(既存の流通にのらないインディペンデントな冊子)を書店流通させるにはハードルが高いので、将来的には我々でアート系のZINEをとりまとめて、海外で流通・販売することもチャレンジしてみたいです」
今般発売されたLula Japanの10周年メモリアル号では、まさに女性ファッション誌の常識を覆すような大きなチャレンジとなった。女性ファッション誌としては初となるハードカバーの装丁、日本の伝統色「錫色」をテーマに加工を施した特装版はまさにこれまでの集大成といえる一冊だ。
見どころは海を隔てた2人のアーティスト同士の共演。パリに住む造形作家、シルヴィ・オーヴレ氏が「錫色」をテーマとした作品を作り、それを沖縄在中のフォトグラファー・野口里佳氏のもとに送って撮影するという贅沢すぎるコラボレートも実現した。
「パッケージ感、加工なども含めて今まで見たことがないようなワクワク感を、紙で表現できたと思います。そういった想いとアイディアが詰まった雑誌は、10年経てページを開いても、まったく色褪せないと確信しています」
まさに紙でしかできない本づくりの真骨頂。
「手触り、色味の表現、どれもデジタルでは表現できませんから。いうなれば美術館、博物館にいるような、体験している感覚です。これからも紙しかできない表現ができればいいなと思っています」
次の10年、Lula Japanはどうなっていくのか。今後も日本の「紙雑誌」としての気概を世界に発信していくことを期待したい。
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