Appleと一般的な製造業の違い
松村太郎氏(以下、松村):この本に書かれているフレームワークの中の1つを使いたいんですけど。いろんなAIに「Appleってどんな会社ですか?」と聞いてみると、「アメリカ合衆国の他国籍テクノロジー企業で、デジタル家庭電化製品を扱っています」という会社概要が出てくるんですね。
まあそうですよねって感じなんですけど。「それって本当なんですか?」というところを、ちょっと考えてみていただきたいんですよね。そこでバリューチェーン分析をして、どんなことで価値を生み出している会社なのかを見ていくことになるんですけど。バリューチェーン分析は、もともとはGM(General Motors)という自動車会社の分析に使われていました。
バリューチェーン分析をすると、その会社が何をどうやって価値を生み出して、お客さんに届けて、それによって利益を得ているのかがわかります。何を見るのが一番手っ取り早いかっていうと決算資料になりますので、直近の2024年の第3四半期……Appleは四半期の切り方がちょっとずれていまして。
普通は7月から9月なんですけど、Appleの場合は4月から6月の3ヶ月が第3四半期と言われています。これを見てみると、Net salesって書いてあるのが、どうやって利益を得ているのかというところです。ProductsとServices、要は利益を得ているところは、この2つが基本なんですね。3ヶ月でProductsが615億6,400万ドルと、7兆円くらい製品の売り上げが上がっている。
Servicesって書いてあるところが242億1,300万ドル。こっちも2.7兆円から2.8兆円くらいの売上高になっていると。3ヶ月ですよ、えぐいですよね。それで、3ヶ月のトータルが857億7,700万ドルということで。第3四半期ってだいたいへこむんですけど、売上として10兆円弱はAppleに流れ込んでいることがわかるわけです。バリューチェーンの場合って、だいたい製品を作って売るところで利益を得る。
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サービスは、製造業の場合はだいたいサポートとか、利益を上げる部門ではなくて。カスタマー体験、顧客体験を高めるために、自分たちがむしろコストを出すような部分のはずなんですけど。ちゃんと3分の1くらい収益が上がってきているんですね。
ここでいったい何が起きているんだろうと。Appleのバリューチェーンはどうも様子がおかしいぞと。普通の製造業として見ると見誤るんじゃないかってことがわかってくるわけです。
コストを出すはずの「サービス部門」が第二の売上の源泉に
松村:もうちょっと下にいくと「どこでどれだけ売られているのか」と、何でそんなにプロダクトとサービスは売上が上がっているのかも、ブレイクダウンされています。アメリカの比率が32〜33パーセントくらいで、それ以外の地域が65パーセント、67パーセントくらい、というのがだいたいの流れなんですけど。
ちょっと前までは、日本ってアジア・パシフィックよりも多い売上高だったんですけど、一昨年くらいからサクっと抜かれています。日本国内の購買力は非常に落ちてしまっている。言い方を変えると、アジア・パシフィックが伸びているということではあるんですけれども。
あと、中国も一時期はアメリカに次いでいっぱい売れていたんですけど、ヨーロッパが盛り返してきたなと。でもヨーロッパはいろんな法律という名の嫌がらせによって、いっぱい制裁金を科されるみたいな(笑)。
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徳本:(笑)。
松村:かわいそうに、そのためにAIのサービスがヨーロッパだけ使えなくなっていて、この市場はどうなっちゃうんだろうなと。
製品カテゴリーの何で一番売上を立てているのかと言ったら、やはりiPhoneですよね。iPhoneが392億9,600万ドルってことなんですけど、実はMacやiPadよりもApple WatchやAirPodsのほうが、売上高は高くなっちゃっているんですよね。Vision Proはさすがに高すぎてみんな買えないので、入っていないと思うんですけど。
Appleって「MacやiPadの会社」と思っていたんですけど、意外ともう「iPhoneとApple Watchの会社」だということがわかってくる。さらに言うと、このサービス部門。これにはApp Storeとか、みなさんモバイルSuicaをスマホで使っていると、そこの手数料とか。あとはAppleCareと言って、保証サービスも入っているし、Apple Musicとかのサブスクも含まれています。
ここが242億1,300万ドルということで、iPhoneに次いだ売上高を、サービス部分が稼ぎ出していると。コストを出すはずの部分が第二の売上の源泉になっているとわかってくるんですよね。
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ティム・クックがCEOになってからの時価総額の上昇
松村:なので、Appleという会社は「iPhoneとサービス部門の売上とApple Watchの会社」みたいに言うのが一番正しいよねってことがわかってくるわけですね。この資料はほかにも、研究開発にどれくらいお金をかけているのかとかが書かれているんですけれども。こういうかたちで決算資料を見ると、基本どの会社も「出口は何で稼いでいるの?」というのがわかります。
Metaの場合は広告費。あと最近Instagramで有料会員を始めているので、そのサブスクのコストなんかも積まれていると思うんですけれども。こういった「何にコストをかけて何で売り上げて利益を上げているのか」は、決算資料を見るとわかってきます。それの基になっている考え方は、バリューチェーン分析ということになります。いかがでしょうか。
徳本:Appleって昔の社名はApple Computerでしたよね。Computerを取ったところが、やはりスティーブ・ジョブズはちゃんと未来が見えていた。もっと言っちゃうと、ティム・クックって、みなさんもご存知かもしれないんですけど、Compaqとかでバリューチェーンを作っていて、ひたすらコストコントロールをやっていた人なんですね。
本にも書いたんですけど、Appleが一番苦しい時にハードウェアの在庫をすべて償却していった。なおかつ短期間で納品できる仕組みを作っていくという、本当に売上と利益に貢献した経営者です。ティム・クックがCEOになってからの時価総額の上がり方は、もうとんでもないですよね。
納品のタイミングもどんどん短くなってきていますし、そういう意味でバリューチェーンを作るのが最もうまい会社でしょうし。逆に日本のメーカーからすると、叩かれて叩かれて叩かれて……みたいなところも含めて、苦労しなきゃいけないんですけど(笑)。
ただ、Appleがなかったらどうなっているんだろうかってところも含めて、お互いにちゃんとWin-Winの関係を構築できていると評価できるのかなと思っていました。
日本のApple Musicのシェア率は67パーセント
徳本:あと学生たちに「どんなサブスクの音楽ソフトを使っていますか?」と聞くと、何が一番多いと思います? Apple Music、Spotify、iMusicとか、いろいろ挙がってくると思うんですけど。
参加者2:YouTube。
松村:YouTube Music、ありますね。
参加者3:Amazon。
松村:Amazon Music。
徳本:これは2つに分かれるんですけど、SpotifyとApple Musicになっていくんですね。シェアを見ていくとApple Musicはアメリカと日本で強くて、ヨーロッパはSpotifyが強い。Spotifyは北欧で生まれたミュージックプレイヤーなので、当たり前ですよね。
日本だと半々くらいになっていくんですけど、AirPodsを使っている人たちはApple Musicを使っている割合が高い。これはなんでだかわかりますかね。じゃあこれは松村さんから。
松村:僕ですか(笑)。2つあるかなと思っていて、1つはブランドの共通性ですね。Apple MusicはAppleが作っていて、AirPodsもAppleが作っている。
あんまり響いてはいないんですけど「Apple MusicとAirPodsの組み合わせだと、空間オーディオっていう新しい価値を作れます」という提案をしていますよね。そういったかたちで、いわゆるバンドル売り(同じ商品をまとめて売る販売方法)が効いているのが1つと。
もう1つは、やはり核になっているプロダクトにiPhoneがあって。Apple MusicはiPhoneに最初から入っています。あとはAirPodsとiPhoneの組み合わせは非常に親和性が高い。
蓋を開くだけでペアリングが終わって使い始められるという、ユーザー体験が非常にシームレスで優れているので。そこのつながりで、Appleで揃えたほうがユーザー体験が良い。
今、日本のApple Musicのシェアって、実は67パーセントくらいまで上がっています。Spotifyが出てきた時にiTunesはガーンとやられちゃったんですけど、そこからグッと戻せているのは、やはりAirPodsが牽引しているところが非常に強そうだなと。
3〜4年前はダントツでSpotify、音楽好きはApple Musicへ
徳本:僕らが学生とひたすら話をしている中で、今の最後の話で出てきた顧客体験。面倒くさいことが本当にイヤでしょうがないらしくて。なおかつAirPodsとApple Musicは音質がぜんぜん違うってみんな言い始めていて。音楽好きの子たちは、やはりApple Musicを使っている。
当然みんなiPhoneを使っている前提なんですけど、まさに67パーセントのシェアっていうのがそこに影響しているのかなと。
ただ、3〜4年前に聞いた時には、ダントツでSpotifyだったんですよね。この3年でApple Musicが相当戻ってきている。やはり授業をやっていると、今の若い子たちが何を考えているのか、僕らもぜんぜんわからないんですよ。ただ毎年いろんなことを聞いていくと、なんとなく「ああ、こういうことなんだな」とわかってくる。
松村:やはりサービスが加わったことで、徳本さんがおっしゃったユーザー体験のシームレスさがあるんですけれども。一方で投資家から見ると、逆にこのサービスがなかったらDellとかHPと同じ評価以上のことが、Appleに対して下せなかったんですよね。
やはりiPhoneを持った人がApp Storeでずっと課金をしていって、手数料を取っていく。アプリによってiPhoneの価値が高まる仕組みを作ったので、サービス部門の売上が上がっていく。(投資家が)GoogleやFacebookに対して「価値がある」とみなしているのと同様の、(マルチサイドプラットフォームを採用し、マッチングによって収益を上げ続けるビジネスモデルの)構造を、Appleがこのビジネスモデルで作り上げた。
結果、すごくハイブランドの製造業なんだけれども、ネット企業的な時価総額の評価を与えられる企業だという、ハイブリッドな評価を受けられるようになっています。
Apple Musicが盛り返したところも、実は製造業でありサービス企業であるという二面性が効いているのかなと。ただ、EUはそこが気に食わないということで、Spotifyを助けるべく、Apple Musicもおそらくそのうち追徴金みたいなものが科されることになるんだろうなと思うんですけれども(笑)。
もしAppleがファイブフォース分析をしていなかったら
徳本:(笑)。あと、2014年にBeats MusicをM&Aしています。これも凄まじいですよね。当時、iTunesはサブスクではなく、「1曲いくら」とダウンロードしていた。
今はApple Musicがサブスクになったので、そういう意味だとBeats Musicっていうヘッドホンとミュージックプレイヤーの会社をティム・クックがM&Aした時に、当時評価があまり高くなかったんですよね(笑)。
これはたぶん、GoogleがYouTubeを買った時と同じくらい評価されなかったのではないかというくらい、低評価だったんですけど(笑)。もし(Beats Musicを)買っていなかったら、サービスの売上はけっこうひどかったと思いますし。Beats Musicを買ったからAirPodsの品質が良くなっていくみたいなところもあるんじゃないかなと思いましたね。
松村:そうですね。これは『最強Appleフレームワーク: ジョブズを失っても、成長し続ける 最高・堅実モデル!』の中の、ファイブフォースの分析(競合各社や業界全体の状況と収益構造を明らかにし、その中で自社の利益の上げやすさを分析するフレームワーク)で(説明していますが)、ここはけっこうしびれる話なんですよね。
「もしも」は歴史にないとはいえ、もしAppleがファイブフォース分析をしていなかったら、「Beats Musicを買ってサブスクサービスに参入しないとやられる」と意思決定できなかっただろうなと思うんですよ。
そのちょっと前にデジタル版のiTunes Storeを立ち上げる時も、やはりファイブフォース的には正しかった。つまりどういうアプローチをしたらレコード会社やアーティストの機嫌を損ねずに……ソニーとか、多少損ねた人たちもいるんですけれども。
(機嫌を)損ねずに、自分たちがデジタルサービスに移行できるのかも、やはりファイブフォースの分析の中で「自分がどう入れば一番しっくりくるか」がわかっていたんじゃないかなと思うんです。
新規参入に見えるんですけど、iTunes Storeを立ち上げる時に、新規参入じゃダメだったというのが、このファイブフォース分析の中で「なぜAppleがうまくいったのか」というところで分析できるんじゃないかなと思うんですよね。