スズキが新型コンパクトSUV「フロンクス」を発売した。事前受注の段階で注文は9,000件に達し、発売から約2週間ほどが経過した10月29日の時点で累計受注台数が1万件を超えたという人気ぶり(月間販売目標は1,000台)だが、実際のところ、商品性や走りはどうなのか。試乗して確認してきた。
存在感抜群! 個性あふれるデザイン
フロンクスはスズキがインドで生産し、世界70カ国で販売するグローバル商品。車名は未開拓などの意味を持つ「フロンティア」に「クロスオーバー」を組み合わせた造語だ。日本への導入にあたっては、単に海外で販売中のフロンクスをそのまま持ち込むのではなく、日本専用の性能や装備を作り込んでいる。試乗してみると、満足度も完成度も高い小型SUVであることがわかった。
魅力の1つ目はデザインだ。最近は世界的にSUVが人気だが、フロンクスの顔つきは群雄割拠のSUV市場にあっても独自の存在感を放っている。
正面のライトは二段構え。上段の横へ細く伸びるライトはデイタイムランニングライトであり、ウィンカーなどフラッシャーの役目も持つ。通常は白色だが、フラッシャーを作動させるとオレンジ色に光る。下段の三角に縁どられた3つのライトがヘッドライトで、上がハイビーム、下の2つがロービームの配光となる。
後ろのバックドアは傾斜したクーペのような姿で、実用一点張りではないしゃれたSUVであることを主張している。それでいながら、後席の快適性は損なわれていない。頭上や足元に十分なゆとりがあり、後席の作りも適正で、正しい姿勢で着座できる。前席後席の区別なく、乗員が快適に移動できるSUVとして優れた実力を備えていると感じた。
内装は黒(ブラック)と赤ワイン色(ボルドー)の2トーン。落ち着きがあっておしゃれな雰囲気だ。座席はレザー調とファブリックの組み合わせで、上級車種の趣と着座したときの安定姿勢を両立している。
6速AT採用の効果は?
走りを支える動力は排気量1.5リッターのガソリンエンジンを基にしたマイルドハイブリッド(MHEV)で、これに6速自動変速機(AT)を組み合わせる。この6速ATは、2016〜2020年まで日本で販売されていたバレーノも採用していた。近年はATの多段化が進んでいるが、小型車種での多段化を進めてきたことがフロンクスにつながっている。
小型車の変速機というとCVT(ベルト式無段変速機)が一般的だ。しかしCVTは、加速の際にエンジン回転が高くなりがちで、上質さに欠ける面がある。それに比べて従来型のATは、動力を直結にするロックアップ機構の採用や変速制御の適正化などにより、快適な加速をもたらすという利点がある。ロックアップ機構や多段化は燃費の改善にも役立つ。
海外市場でも原動機の主軸となるマイルドハイブリッドは、アイドリングストップからのエンジン再始動でスターターモーターの騒音を抑え、回生によるエネルギー回収にも役立つ。電動化時代の原点といえる手法だ。
駆動方式は前輪駆動(2WD)を基本に、日本仕様には4輪駆動(4WD)車を追加している。これは降雪地域への配慮だろう。フロンクスの日本での販売は基本的にワングレード。2WDが254.1万円、4WDが273.9万円だ。
走りは上質! 乗り心地は硬め?
駆動方式の異なる2台に試乗した印象としては、2WDが価格と価値の調和が取れていて好感が持てた。アクセルペダルを軽く踏み込めば、すっと動き出す。そこからの加速は軽快で、快い。6速ATの効果もあり、速度を上げる場面で無闇にエンジン騒音が高くなることがなく、静粛性を保ち、変速ショックも意識させず、思いのままに駆けていく。
乗り心地は少し硬めで、欧州車のような乗り味がある。それでいて、路面の変化を衝撃として体に伝えることもなく、しっかりとタイヤが路面をとらえている安心感がある。この乗り心地は後席も同様だ。助手席の方がややしなやかな印象があるが、後席も路面変化で体が跳ねるようなことがない。足を下ろし、背筋を伸ばし、腰を落ち着けて座ることのできる座席の作りもよい。
小型SUVとはいえ、フロンクスは車幅が1.7mを超える3ナンバー車だ。それでも全長は4mを切り、最小回転半径は4.8mと小回りがきくので、車幅をあまり意識することなく市街地を走り抜けられた。もちろん、道幅の狭いところでのすれ違いでは気を使うだろう。しかし、ハンドル操作に対する応答は適格かつ素直で、運転に不安はない。
軽快さが印象的な2WDに対し、4WDは車両重量増による重厚感を伝えてきた。とはいえ、それは鈍重というような不快さではなく、より上級車の感触を覚えさせる個性ともいえる。
ただ、発進においては、やや動力不足を感じる場面もあった。その際は2WD/4WDともに備わる「スポーツ」モードを選ぶとよいだろう。そうすると4WD車でも軽快さが加わる。スポーツモードをうまく使い分けることにより、4WD車では重厚さと軽快さをそれぞれ味わえるということだ。
駆動方式が違っても標準装備の内容はほぼ同一となる。スズキの開発陣に聞くと、フロンクスの強みのひとつは価格と標準装備の内容のバランス、つまりは「コストパフォーマンス」であるとのことだった。
競合車種は? 価格とコスパで比較
日本で人気の小型SUV市場に遅れて登場した観のあるフロンクス。競合はいろいろと考えられる。軽自動車販売で競い合う関係のダイハツ工業には、167.7〜237.79万円の「ロッキー」(兄弟車はトヨタ自動車「ライズ」、スバル「レックス」)がある。トヨタのヤリスクロスは255.1〜315.6万円、ホンダ「WR-V」は209.88〜248.93万円だ。輸入車で近いのは329.9万円からのフォルクスワーゲン「Tクロス」(T-Cross)だろう。
ロッキー/ライズ/レックスは車体全長がフロンクスと同じだが、車幅が1.7m以下なので5ナンバー車になる。上記の価格はオーディオレスの場合で、カーナビゲーションが必要であれば追加料金が掛かる。低価格帯はハイブリッド車ではなくエンジン車だ。
ヤリスクロス、WR-V、Tクロスなどは全長がフロンクスに比べやや長くなるが、車幅はほぼ同じ寸法だ。そのうえで、オーディオの設定はあってもカーナビゲーションは注文装備となる。一般に、純正ナビゲーションは20万円前後するのではないだろうか。
それに対し、フロンクスはスマートフォン連携メモリーナビゲーションを標準で装備する。近年の運転支援機能もフロンクスは標準で搭載している。
フロンクスはワングレードなので価格が高めに見えるかもしれないが、標準装備の内容を精査すれば十分に競争力のある価格であり、追加装備するものがなければ額面通りの費用で手に入れられる。
スズキには以前、「エスクード」というSUVがあった。歴史を振り返ると、クロスカントリー4輪駆動車(クロカン4駆)として一世を風靡した三菱自動車工業「パジェロ」と同じ時代を生きた小型4輪駆動車で、スズキのモノづくりの誠実さを伝える性能と品質で支持者を得ていた。そのエスクードに代わる存在となるのが、最新のクロスオーバーSUVであるフロンクスだ。発売から2週間あまりで月間販売目標の10倍を超えた受注台数は、価格と商品性の適正さを消費者が評価した数字といえるだろう。
御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら(御堀直嗣)