自治体の要請でヒグマを駆除したにもかかわらず、不当に猟銃所持許可を取り消されたとして、北海道のハンターが地元公安委員会を訴えていた裁判の控訴審で、札幌高等裁判所(小河原寧裁判長)は10月18日、一審でほぼ全面的に認められていたハンター側の主張を退ける逆転判決を言い渡した。
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現在も猟友会支部長としてヒグマ目撃現場に臨場している原告のハンターは「こんな判決を確定させたら有害鳥獣の駆除現場に悪い影響を与えることになる」として、10月24日付で上告の手続きをした。
6年前の駆除行為に端を発する問題は、猟友会関係者の多くが「他人事とは思えない」と争いの行方を注視している。(ライター・小笠原淳)
本サイト既報の通り、長く続く裁判の引き金となる出来事が起きたのは、2018年8月だ。
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北海道・砂川市の郊外にヒグマが出没し、市の要請でこれを駆除したハンターが、2カ月後に突然、鳥獣保護法違反などの疑いで警察の調べを受けることになったのだ。
事件は結果的に不起訴処分となったが、当事者からライフルなどの猟銃4丁を押収した警察はこれらの返還を拒み、銃所持許可の所管庁・北海道公安委員会が許可を取り消してしまう。
銃の持ち主であるハンターは、この処分を不服として行政不服審査を申し立てるが、一方当事者の道公安委により請求は却下。これを受けてハンターが改めて処分撤回を求める提訴に踏み切ったのは、2020年5月のことだった。
訴えを起こしたのは、北海道猟友会砂川支部で支部長をつとめる池上治男さん(75歳)。狩猟歴30年超のベテランで、地元の砂川市では長く鳥獣被害対策実施隊員をつとめている。
問題の駆除があった日、市の求めで現場に赴いた池上さんは、目撃されたヒグマが体長80センチほどの子グマだったため、発砲不要と判断した。
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だが、市はあくまで銃による駆除を要請し、周辺住民も今後の不安をうったえたため、ライフルでの駆除を引き受けることになったという。臨場していた警察官も方針に異を唱えず、発砲を前提として人払いにあたった。
現場には高さ約8メートルの土手があり、これがバックストップ(弾止め)になりえたため、池上さんはクマが土手を背に立ち上がった瞬間に発砲、1発で致命傷を与えた。
その後、別の場所に待機していた「供猟者」の男性が至近距離から「止め刺し」を撃ち込み、駆除は無事に完了。立ち会った市職員や警察官が一連の発砲行為を問題とすることもなく、地域のヒグマ騒ぎは解決したはずだった。
2カ月後にこれが突如として事件捜査の対象となった経緯は、先述の記事などで報告した通り。
地元の砂川警察署(のち滝川署に統合)は、現場でバックストップの役割を果たした土手の存在を無視し、8メートルの高低差を欠いた平面図を根拠に「建物に向かって撃った」という容疑を持ち出したのだ。
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結果的に不起訴となり、猟銃免許を所管する北海道・振興局は池上さんの免許を取り消さず、また砂川市も鳥獣対策隊員の委嘱の継続を決めた。
しかし、警察だけがその後も抵抗を続けて、銃の返還に応じず、その警察の上申によって公安委が所持許可を取り消すに至ったわけだ。
一審の口頭弁論が始まった当初から、池上さんは裁判所に「現場を見てほしい」とうったえ続けていた。審理にあたった札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長=当時)はこれを受けて、異例の「検証」に踏み切ることに。
2020年10月におこなわれた現場検証では、裁判長自らビデオカメラを手に土手などを歩き、現地の地形や駆除当日の発砲状況などを確認した。
さらに1年を経た2021年10月には、駆除に立ち会った砂川市職員や警察官らの尋問があり、発砲が適切におこなわれたことを裏づける証言が残された。
池上さんに鳥獣法違反などの疑いをかけた旧・砂川署がこの市職員や警察官らの調書を作成していない事実も明らかになった。
2021年12月の一審判決で、札幌地裁は公安委の猟銃所持許可取り消し処分を「著しく妥当性を欠き違法」「裁量権を逸脱・濫用した」と断じ、池上さんの訴えを全面的に認めて処分の撤回を命じた。
「警察の胸三寸で容疑者にされるなら誰も撃てない」。銃によるヒグマ駆除に慎重になっていた地元ハンターらは一審判決を歓迎し、原告の池上さんも改めて自治体や警察と猟友会との協力体制の強化をうったえた。
だが、敗訴した北海道公安委がほぼ間を置かずに控訴したことで判決確定は先送りとなり、争いは高裁に持ち込まれた。
二審を指揮した札幌高裁(佐久間健吉裁判長=当時)が地裁同様「検証」を実施したのは2023年9月のこと。裁判官らは改めて現地の高低差を確認し、発砲場所やヒグマの位置を特定する作業にあたった。
立ち会った池上さんは「これで射線がより明確になったのでは」と一審判決の維持に期待を寄せたが、そこから1年を経て伝えられた結論はおよそ想定外の決定となる。
今年10月18日午後、前裁判長・佐久間健吉判事から審理を引き継いだ高裁の小河原寧裁判長が判決言い渡しの口を開いた直後、各地から足を運んだハンターたちが並ぶ傍聴席を重苦しい空気が覆った。
「主文1、原判決を取り消す。2、被控訴人の請求を棄却する」
公安委の不当な処分を厳しく断罪した地裁判決とは百八十度異なる、池上さん全面敗訴の逆転判決。呆気にとられる傍聴人たちの耳に、信じ難い事実認定が飛び込んできた。(※ 伏字は筆者による。以下同)。
「被控訴人が本件発射行為により発射した弾丸は、本件ヒグマを貫通し、■■が所持していた猟銃の銃床に当たって貫通した」
池上さんの撃った弾丸がクマに致命傷を与えた後で跳弾し、同じ現場にいた「共猟者」の銃に命中したというのだ。当事者にとって、文字通り唖然とせざるを得ない事実認定だった。
本サイトの過去記事などでも何度か報告しているように、この跳弾説は当初から共猟者の男性が主張している逸話で、この男性の言い分に耳を傾けたという人物によるブログなどでも発信されている。
池上さんの弾が命中したことで共猟者氏の銃の銃床が破損し、この被害を知った旧砂川署が池上さんに法令違反の疑いをかけたという説だ。被害が事実なら、それこそ当事者の銃が取り上げられてもおかしくない事態。
ところが、クマを貫通した弾が当たったという銃床からクマの体液やDNAなどがみつかったという報告はなく、そもそも警察は破損した銃床を証拠として保管せずにあっさり持ち主へ返している。
それどころか、筆者が2020年の時点で共猟者本人に確認したところ、共猟者氏は警察から「あなたの件ではやらない(跳弾の件は捜査しない)」と言われたというのだ。あわせて、破損した銃床を決して報道機関などの第三者に見せないよう指示されたとも。
警察の真意は不明だが、はっきりしているのは、跳弾説が事件になっていないという事実。先に述べた通り、池上さんが銃を取り上げられた理由は「建物に向かって撃った」なる行為による。
実際、池上さんの訴訟代理人をつとめる中村憲昭弁護士は処分庁の公安委から「共猟者の主張と所持許可取り消し処分とは無関係」との証言を得ている。さらに一審・札幌地裁の判決では、次のような指摘がされていた。
「そもそも本件処分の理由は『弾丸の到達するおそれのある建物に向かって』銃猟をしたとするものであって、■■の所持していた猟銃の銃床を破損させたとか、■■に向かって銃猟をしたなどということは、処分の理由としては一切挙げられていない」
くだんの共猟者男性は一審の弁論で被告側証人として出廷し、尋問に応じている。そこで語られた証言を裁判所が評価して曰く、
「その証言内容には、疑問を差し挟むべき不自然な点が多々みられるものと言わざるを得ない」
札幌高裁は今回、地裁判決で一蹴され、被告の公安委や警察も立証を放棄していた説をまったく唐突に蘇らせ、それを根拠に判断をひっくり返してしまった。
それだけではない。高裁は執拗に跳弾という現象へのこだわりを見せ、次のようにも断じているのだ。
「本件発射行為による弾丸が、本件ヒグマに命中したとしても、その後弾道が変化するなどして、本件周辺建物5軒、特に本件一般住宅に到達するおそれがあったものと認めるのが相当である」
「本件斜面及び本件市道上には■■、■■警察官及び■■職員がおり、弾丸の跳飛の一般的様相は極めて複雑で、跳弾は飛んでいく方向が分からず複数回起こり得ること等にかんがみると、本件発射行為は同人らの生命・身体も危険にさらしたというべきである」
池上さんが撃った1発の弾丸は、クマに当たったあとで複数回跳弾し、5軒の建物と3人の人物に当たる可能性があった、なぜなら弾丸は跳弾するもので、どこへ飛んでいくかわからないとされているから――。
米国のケネディ大統領暗殺事件で引き合いに出された「魔法の弾丸」を彷彿とさせる説。判決言い渡し後に記者会見を開いた池上さんは、ほとんど頭を抱えたような面持ちで「考えられない」「わけがわからない」と繰り返し、「理解を超越した話だ」とうったえた。
同席した中村弁護士も「銃自体の危険性と特定の発砲行為の危険性とを混同している」と高裁の事実認定を強く批判した。
「跳弾するかもしれないというなら、バックストップに向かって撃ってよいとも言えなくなる。ハンターは誰も発砲できなくなってしまいます」
判決後に取材に応じた北海道猟友会の堀江篤会長(76歳)は、地裁判断を伝え聞いて「なんだそれ、と思った」と明かす。
「跳弾説には驚きました。周りでは『もう発砲できないよね』という話になってます。われわれは、弾を遮る樹木の多い森林でも充分に配慮して猟をやっていますよ。
それが、あとになって『木や草に跳弾する可能性があった』と言われて銃を取り上げられるなら、何もできません。高裁は池上さん敗訴ありきで進めていたんじゃないかと思ってしまいます」
銃猟資格者の有害鳥獣駆除は、あくまでボランティア。北海道では今年に入ってから、自治体ごとに格差がある駆除報酬をめぐって猟友会支部が駆除への協力を「辞退」する出来事が起きている。
担い手である会員の減少にも歯止めがかからない中、道内のヒグマ捕獲数は昨年度で前年比の約2倍、過去最多の1422頭に上った。 (https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/capture-qe.pdf)
これに加えて「撃てば処罰される」ということになれば、ハンターと警察などとの協力体制の維持が難しくなる。とはいえ「駆除を辞退することは辛い」と猟友会の堀江会長は悩む。
「撃てないということは、クマが出て困っている地域の人たちを前に見て見ぬふりをしなくてはならないということ。人間として非常に辛いことです」
北海道猟友会では11月にも緊急三役会を招集し、今後の対応を協議する考えだ。
逆転敗訴を喫した池上さんは10月24日、「高裁判決を確定させると有害駆除の現場に悪い影響を与える」と上告に踏み切った(上告提起および上告受理申し立て)。
砂川市は本年度も池上さんへの鳥獣対策隊員の委嘱を継続、北海道振興局も狩猟免許の更新を決めた。銃を持たないハンターは、今も猟友会支部長としてヒグマなどの目撃現場に駈けつけ、プロファイリングを兼ねて丸腰でクマの追い払いや周辺への注意喚起にあたっている。
高裁で逆転勝訴した道公安委は判決後の取材に次のように回答した。
「個別の事例について取材対応及びコメントは致しかねます」
結びに蛇足を1つ。控訴審判決を1カ月後に控えた9月20日早朝、池上さんの代理人である中村憲昭弁護士の自宅の庭(札幌市中央区)でヒグマの足跡のようなものがみつかった。 (https://x.com/swinginsapporo/status/1836921131414298697)
報告を受けて現場を調査した札幌市の担当者は「シカの可能性が高い」と結論づけたが、現場の写真を確認した池上さんら猟友会関係者は「クマの足跡に間違いない」と話しており、周辺では不意の"お礼参り"が話題となった。
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