帝国データバンクによると、100年以上続く老舗企業は日本で4万3000社以上あるという。そして世界の創業100年企業の半数以上を日本企業が占めている (日経BPコンサルティング・周年事業ラボの調査)。中でも、国内で最も多くの老舗企業が存在する“集積地”は京都府だ。
その京都で明治末期に創業し、100年以上の歴史を持つ着物企業「小田章」(odasho)が、異業種とのタイアップ戦略を続けてきたことは前編記事【着物の「脱恐竜化」目指す 京都の老舗「小田章」5代目が語る、120年目の事業転換】でお伝えした。同社は2023年、人気ロックバンド「L’Arc-en-Ciel」のhyde(ソロではHYDE)とコラボしたファッションブランド「WaRLOCK」(ワーロック)も立ち上げている。着物をはじめとする和装を現代に進化させ、日本だけでなく海外にも訴求する構えだ。
11月17日にはイスタンブールで開かれるイベント「日本×トルコ 国交樹立100周年記念JAPANESE FASHION 〜KIMONO & APPAREL〜SHOW 2024 TURKEY」に参加。同イベントではISSEI MIYAKEやYOHJI YAMAMOTOといった日本を代表するハイブランドと肩を並べて、WaRLOCKもファッションショーに挑戦する。
11月25〜26日にはHYDEのワールドツアー「HYDE [INSIDE] LIVE 2024 WORLD TOUR」の米ニューヨーク・ブルックリン公演に合わせて、同じくブルックリンでWaRLOCKのポップアップストアを出展。東京では12月4〜10日に、呉服の権威「日本橋三越本店」でイベントを開催する。
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HYDEとのつながりは、2015年に亡くなった金子國義画伯との長年にわたる親交がきっかけだ。京都の100年企業は、なぜこのタイミングで着物アパレルを展開するのか。前編に続き、小田章5代目の小田毅社長に聞いた。
●HYDE「もっと気楽に着れる着物はないの?」 平安神宮ライブがきっかけ
小田章は2002年、金子國義画伯とコラボした「金子國義のゆかた」を発表した。金子画伯との出会いを、小田社長はこう振り返る。
「金子先生とは、先代で父の小田憲の時から付き合いがありました。ある日、父の代わりに僕が金子先生を接待することになったんですね。当時、私は『ジュサブロー着物』以外に新たなブランドを立ち上げなければと考えていました。金子先生と親交を深めていくうちに、浴衣でコラボする話を持ちかけたんです。2000年ごろの話です」
コラボ浴衣は、金子画伯に付きっきりで制作した。当時はPCを使ったデザインはまだ一般的ではなく、浴衣の型紙をベースに、意匠の拡大と縮小コピーを繰り返して貼り付けていく作業が続いたという。
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「ある時、2週間くらい先生が京都に滞在して、制作に取り掛かっていた時期がありました。先生は完全に夜型の人だったので、とても大変だったのを覚えています。ブランドを立ち上げようとしたことを後悔したほどでした(笑)。ただ金子國義コラボのブランドは『金子國義のゆかた』だけでなく、2006年に『金子國義のきもの』として着物でも展開し、20年以上たった今でも続いています。金子先生が亡くなって以降も、息子さんであるSTUDIO KANEKOの金子修代表との親交が世代を越えて続いていて、ビジネスの常識では測れない関係になっています」(小田社長)
金子画伯の出会いを元に、思わぬミュージシャンと長年にわたって親交することになる。それがHYDEだ。HYDEは生前から金子画伯にアルバムジャケットの制作を依頼するなど芸術家として深い尊敬の念を抱いており、金子修代表とも長い親交があった(関連記事【HYDEが心酔した画家・金子國義 美術を守り続ける息子の苦悩と誇り】を参照)。
「HYDEさんに初めてお会いしたのは2002年の時です。ソロ活動で京都にお越しになった際に、金子修代表に紹介してもらいました。HYDEさんとは同年代ということもあり、以来20年以上にわたって親交が続いています」
この出会いから、小田章とHYDEとの関係も始まった。例えばHYDEがステージ衣装として和をイメージした着物などを着用する際、舞台衣装も提供している。2021年7月31日と8月1日に京都市内の平安神宮で開催したライブ「20th Orchestra Concert 2021 HYDE HEIANJINGU」では、小田章がステージ上の着物を全面的に貸し出すなど、舞台衣装面を全面的にサポートした。この公演がきっかけで、新たな話が浮上する。
「ライブが終わったころにHYDEさんが『もっと気楽に着れる着物みたいなのないの?』と言ったんですね。着物といえば、どうしてもハレの日に着る正装のイメージがあります。その概念を覆して、もっとカジュアルに着崩せる、和のコンセプトの衣服をやろうという話になりました。これがWaRLOCKの始まりです」
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WaRLOCKは「『和』をロックする」という意味を込めて命名した。これには「warlock」(ウォーロック)という欧州の物語で登場する男性の魔女キャラクターも重ねているという。一方で「warlock」には「戦争を封じるもの」という意味もある。
「『WaRLOCK』の『R』の文字は反対(Я)にして表記しています。ここには『warlock』、つまり戦争反対という意味も込めています」
WaRLOCKでは、着物という呉服を進化させることにこだわった。小田社長は、現在の着物への問題意識を話す。
「着物は時代を経るにつれ『こう着なきゃいけない』といった作法がどんどん強くなり、現代的なファッションとは程遠い存在になってしまいました。着物はすっかりおしゃれなものではなくなり、現に普段着として着物を着る人はほとんどいなくなっています」(小田社長)
伝統や作法が強調されがちな着物でも、実は意外と歴史がないものもあるという。
「例えば、女性着物の『おはしょり』は、もともと屋内で裾を引きずって歩いていたものを、外出する際に裾を上げるために始めたものです。今ではこの『おはしょり』は何センチなど、細かい決まり事がありますが、実はこれらは明治期以降になって成立したものです」(小田社長)
着物の着方一つでも、時代と共に移り変わる。ところが着物は決まり事の部分ばかりが強調されるようになり、進化するファッションからは取り残されているのだ。
「私はこの令和の時代に、もう一度着物をファッションとして進化させたい思いがあります。これこそがWaRLOCKを通して挑戦したいことなのです」
こうした課題意識から、WaRLOCKでは羽織(HAORI JACKET)と、袴(HAKAMA PANTS)を基軸にしている。一般的な着物は「オートクチュール」(高級仕立服)と呼ばれるもののように、上下共に全て同じブランドでそろえるのが一般的だ。だがWaRLOCKでは、セパレートに着崩したスタイルを提案している。例えば上半身はHAORI JACKETに対して、下はジーンズやジャージを履けばいいのだ。一方で上半身は、Tシャツやトラックジャケットなどに対し、下はHAKAMA PANTSといったように、和装で統一せず、他の衣装との組み合わせも志向している。こうした特徴から、WaRLOCKは着物を進化させたアパレルブランドのような形を取っているのだ。
「あくまで和服をベースにした服装を、現代ファッションと気軽に組み合わせられるようにするのが狙いです。従って『和洋折衷』とは少し考え方が異なりますね。着物を令和の時代に進化させたらどうなるのか。これをコンセプトにしています」
こうした狙いから、WaRLOCKでは今後、和装に関心のある外国人にも訴求していきたいという。
「2019年ころ、日本ではスーパースターのHYDEさんが、米国の多くのライブハウスを回るツアーをしていました。その『挑戦する姿』に経営者として強い刺激を受けました。HYDEさんの背中を追いかけ、その情熱に感銘を受けたのです。WaRLOCKのデザイナーでもある人形師の木村ノブユキさんと30年前に出会ったのがブルックリンでした。当時2人で約束した『ニューヨークへリベンジする』機会を今回、11月のHYDEさんのニューヨークでのライブに便乗して、果たす機会を得たのです。30年前には私も木村さんも、手も足も出せなかったリベンジです」
●1周年企画商品はWebで「即完」 海外に訴求したい理由は?
米国を始めとした海外に訴求したい狙いは他にもある。
「外国人が和のテイストの衣装をかっこよく着ることができたら、逆輸入的に日本人にもその良さを知ってもらえるという狙いもあります。まずは米国から重点的に広め、世界展開していきたいと考えています」
今や日本を代表するアーティストであるHYDEが監修している以上、ファンの大勢を占める女性も主なターゲットにしている。国内向けではレディースの衣服をメインに扱う。商品開発をする上でHYDEはどのように関わっているのか。
「HYDEさんには何度も当社にお越しいただいて、衣装デザイナーも交えて打ち合わせをしています。もちろん、お任せいただいて進める部分もありますが、基本は細部まで協議しています。衣装作りは、HYDEさんが『自分も着たいけど、特に自分のファンに着てほしい和』をコンセプトにしています。いわば『HYDEが着せたい』アパレルブランドですね」
和をテイストにした服飾デザインを進めようとしても、小田章のような老舗呉服屋の立場からすると、どうしても着物の常識にとらわれてしまいがちな部分がある。こうした場面で、HYDEのアドバイスには、ハッと気付かされることがあるという。
「HYDEさんは『それいる?』といった形で、取捨選択の場面で的確な指摘をしてくださいます。どこかに和のコンセプトが入っていて、HYDEさん自身が自分で着たいと思うもの、そして女性ファンに『HYDEが着せたい』アパレルブランドを目指しています」
販売方法には、小田社長独自のこだわりがあると話す。
「私は古き良き呉服屋の伝統や、その時代の良さをあえて残していきたいと考えています。例えばポップアップストアを開くときも豪華な会場ではなく、アットホームな空間で、できるだけ細やかで親切な対応を心掛けています。和の心や文化を伝えられるように、原点に立ち返りながら試行錯誤していくつもりです」
10月15日に1周年を迎えたWaRLOCKの特別企画商品としてWebで販売した「きつねいどTEE」は数時間で完売した。小田社長は「数百枚の販売がありましたが、お一人ずつ手書きでお礼状を書いて封入しています。そういうことを丁寧にやっていきたいと思っています」と語る。
HYDEもWaRLOCKを自身のプロモーションに活用している。5〜6月に放送されたテレビアニメ『鬼滅の刃 柱稽古編』の主題歌「夢幻」を歌唱したテレビ番組「ミュージックステーション」ではWaRLOCKの衣装を着た。『鬼滅の刃』は、北米やアジアをはじめ世界中で人気を博していて、訴求力は抜群だ。
10月13日にはブルックリンでファッションショーに参加する他、12月4〜10日には日本橋三越本店でイベントを開催。日本橋三越本店は1673年創業で、江戸期の「越後屋」から続く呉服の権威だ。小田社長は意気込む。
「呉服の世界では、日本橋三越は一丁目一番地なので、身が引き締まります。しかし、WaRLOCKは呉服のフロアではなく、アパレルのフロアに出します。ここで初めて大々的にWaRLOCKを世界にアピールしていきます。呉服の一丁目一番地から和を進化させ、着物を進化させ、世界に一石を投じていきたいですね」
小田章が半世紀にわたり異業種タイアップを進めてきた中で、着物を着る人は少なくなり、業界はすっかり縮小した。HYDEとコラボすることによって、和装への関心を取り戻せるか。令和の時代に、日本文化の真価が試されようとしている。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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