共働きの妻は負担が重い
結婚して20年たつヤスヨさん(49歳)。高校3年生と1年生の息子たちを、夫と共働きしながら育ててきた。「会社は別ですが、時間や労働は似たようなもの。給料も似たようなもの。それなのに家事育児は、やはり私の方が負担が大きかった。いつも不満を抱えていましたが、やってと言ってもやってくれないものはしかたがない。一時期は高額を覚悟で、週に1度、業者に家を掃除してもらっていたこともあります。
地元のシルバー人材センターに子守を頼んだこともありましたね。それを知ると夫は嫌な顔をするので、夫には内緒で」
自腹を切っても仕事を続けたかった。そして今になると、それは間違っていなかったとヤスヨさんは言う。
「上の子はスポーツに夢中ですが、下の子は小学生のころから料理が大好き。中学生になるころには夕飯の支度を完璧にしてくれるようになったんです。無理矢理やらせているのではないかと夫は疑っていたみたいですが、次男本人が『僕は夕飯を作っている時が一番充実している』と喜々としていました。高校を出たら調理の専門学校に行くそうです」
私は部長で夫は課長
偶然だが、そんな次男にどれほど助けられたかわからないとヤスヨさんは笑った。家事と育児と仕事に奔走してきた彼女は、現在、部長職に就いている。妻よりずっと自分のために時間を使ってきたはずの夫は、課長職だ。一概に比較はできないが、「明らかに夫の努力が足りないんだと思う」とヤスヨさんは言う。
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でも長時間、詰めなければいけない仕事にはちゃんとそういう対応をしてきましたよ。夫はきっと、非効率的な仕事の進め方をしてきたような気がするんですよね」
それでいて、夫は家では「それとなく」威張っていた。おおっぴらに威張るわけではなく、無言の圧をかけるタイプ。自分は外では活躍している、会社でも頼られている存在だとよく言うのだが、ヤスヨさんは疑っていた。
後輩のパーティーに出席して
のらりくらりと家事から逃げ回る夫、ときには「子どもとオレと、どっちが大事なんだ」と幼稚な不機嫌さを隠さなかった夫。あげく社会的にも自分より出世しなかった夫。それでも離婚を考えたことはなかった。「長い年月一緒にいると、なんとなく空気みたいにいて当たり前になってしまうから、大きな変化は望みませんでした。夫に対して、ムカッ、イラッとすることはあっても、忙しいから怒りの感情は長続きしないし」
ただ、1年ほど前、共通の知り合いで後輩にあたる人のパーティーに出席することになった。その後輩は研究職なのだが、若くして賞をもらったということで、夫とヤスヨさんはそれぞれに付き合いがあり招待されたのだ。
「仕事上、私の方が後輩とは親しかったんですが、夫も少し接点があったようで職場の代表としてやってきた。もちろん夫が行くことは知っていましたが、ああいうパーティー会場で夫を客観的に見るのはほぼ初めてのできごとだったから、とても興味深かったんです」
ヤスヨさんは仕事の関係者としてスピーチをした。その後も後輩に関わる人たちと積極的に情報交換をしながら、目では夫の行動を観察し続けた。
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そんな夫を見ているうちに、私、どうしてこんな小さい男と結婚しているんだろうとふと思ってしまったんです」
夫に対する自分の本音に気づいた瞬間
他の誰かがよかったというわけではない。夫との間に授かった子どもたちは宝物だ。だが、夫への感謝や敬意は自分の心の中にないと気づいた瞬間だった。「知人と軽く一杯やって帰宅すると夫はすでに帰っていて、パーティーの模様を子どもたちに聞かせていたようです。『ママ、大活躍だったんだって?』と次男に言われて、さすがに夫も自分が目立ったとは言えなかったんだろうなと推察しました。
その後、二人きりになると夫が『きみがとても輝いて見えた』『周りの人に、あれはうちの妻なんですよと言いたくなった』とやけに褒めるんです。自分の夫婦観が間違っていたような気がするとまで言い出して……」
一方で、ヤスヨさんの気持ちは萎えていった。このままあと数十年、この人をパートナーとしてやっていけるのだろうか、と。夫の気持ちがわからなければ、こんなものだろうと流していけたが、夫が妙に自分を評価したためにかえって気持ちがしらけてしまったのだ。
「今はなんとかやっていますが、子どもたちの手が完全に離れたときが危ないですね。何か夫と二人で新しいことを一緒に始めたほうがいいかもと思いながらも、その気になれない自分がいる……。ちょっと先行き暗い気がします」
最後はちょっと笑ってみせたが、夫についてはほとんど関心がないのだろうと見てとれた。
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亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))