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病院で処方せんを出してもらった後、薬を受け取る「調剤薬局」の倒産が増えている。
東京商工リサーチ(東京都千代田区)によると、2024年1〜7月で累計22件。前年同期と比べ3.6倍に急増している。
調剤薬局が苦境にあえいでいるのは、全国で約1000店舗を展開する「さくら薬局」を運営していたクラフト(東京都千代田区)とそのグループ会社8社が2022年2月28日に「事業再生ADR(裁判に代替する紛争解決手段)」を申請したことでも明らかだ。
なぜこんなにも調剤薬局の経営は苦しいのか。
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専門家の皆さんはこの現象について、「地域支援体制加算(地域医療に貢献している薬局を評価するために設けられた加算)がいきなりマイナス改定になったせいで、ここに力を入れていた薬局が大打撃を被っている」「緊縮財政のせいで調剤報酬がケチられて経営が傾いている」など、いろいろな角度から考察しているが、根本的な原因を言ってしまうとこれに尽きる。
「少子高齢化で社会保障費が膨張しているにもかかわらず、調剤薬局が異常なまでにあふれているから」
厚生労働省によると、2022年度末時点で薬剤師のいる薬局数は6万2375施設。日本経済新聞が調査した2023年度のコンビニ店舗数は、5万7594店舗。実は日本は「社会インフラ」と呼ばれるコンビニ以上に、調剤薬局があふれかえっている国なのだ。
しかも、「ドミナント戦略」(同一地域内に集中的に出店してロイヤリティを高める施策)で知られるコンビニよりも、はるかに狭い地域内で競い合っている。
●ほとんどの調剤薬局が同様の場所に集中している
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厚生労働省の第1回薬局薬剤師の業務および薬局の機能に関するワーキンググループ(2022年2月14日)に提出された資料によると、調剤薬局の立地は診療所の近くが約6割で病院の近くが2割という、いわゆる“門前薬局”だ。つまり、5万近い調剤薬局は似たようなロケーションに集中しているので、常に近くの競合と利用者を奪い合っている状況なのだ。
そんな競争環境をさらにハードなものとしているのは「増加傾向」だ。
近年、人口減少という現実をようやく受け止めて、コンビニやファミレスは減少傾向にある。先の日本経済新聞の調査でも、コンビニ店舗数は2年連続前年割れしている。にもかかわらず、コンビニよりも過剰供給している調剤薬局は右肩上がりで増えている。2006年度は約5.2万施設だったが、その後も続々と増えて、2019年には6万施設を突破。2022年度も前年度に比べて、584施設も増えている。
なぜこんなに続々と参入するのかというと、ミもフタもない話をしてしまうと「もうかる」からだ。
日本は診療と薬を分離させる「医薬分業」を推進しているので、調剤報酬が高くなったという経緯がある。どれほど高いのか。日本総研の成瀬道紀副主任研究員によると、日本の薬局の調剤報酬は国内総生産(GDP)比で英国、ドイツの3倍前後だという。(出所:中日新聞 2022年1月12日)
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このような背景があれば当然、調剤報酬で食べていこうという人、つまりは薬剤師を志す人も増えていく。
経済協力開発機構(OECD)が加盟国35カ国の人口10万人当たりの薬剤師数を比較したところ、日本はダントツで多かった。2000年には113人で、35カ国平均の1.8倍。それから19年を経て調べたところ190人とさらに増えて、平均の2.2倍だった。OECDはこの状況を「過剰」と評価している。
●調剤薬局が生き残るには
さて、このような薬剤師と調剤薬局を巡る客観的な数字を聞くと、「調剤薬局の倒産が増えている」というニュースの受け取り方も全く変わってくるのではないか。
コンビニやファミレスでも人口減少によるカニバリが起きて、店舗の整理・再編を余儀なくされているこの国で、時代に逆行する形で薬剤師も薬局も右肩上がりで増えていけば、その反動で「淘汰(とうた)」が始まるのは当然なのだ。
こんな分かりやすいレッドオーシャンで、調剤薬局が生き残っていく術はあるのか。個人的には「薬を出さない」という方向性に活路があるのではないかと思う。
一体どういうことか順を追って説明しよう。
まず、王道の方法は「M&Aなどによる規模拡大」である。
厚生労働省の第1回薬局薬剤師の業務および薬局の機能に関するワーキンググループ(2022年2月14日)に提出された資料を見ると、近年、同一法人が運営する店舗数が急速に増えている。2013年に20店舗以上を運営している法人は17.6%だったが、それが年を追うごとに増えて、2021年になると38.4%と4割近くになっている。
調剤薬局も規模が大きくなればなるほどメリットがあることは言うまでもない。薬剤師の処方せん処理枚数は1日40枚(平均)と上限が決まっているので、多くの薬剤師を雇えるところほど収益が上がる。薬を卸から大量に仕入れるので、コスト面で有利になる。
ただ、何よりも大きなメリットは「投資」ができるので、「異業種とのシナジー効果」が狙いやすいことだ。
●調剤薬局大手が人気雑貨店を子会社化
分かりやすいのは、調剤薬局大手アインホールディングス(札幌市)が2024年7月に行ったインテリア雑貨専門店「フランフラン(Francfranc)」(東京都港区)の子会社化である。
アインHDは調剤薬局「アイン薬局」を全国で1231店舗展開している(2024年4月期末)。個人経営の調剤薬局をM&Aで傘下に収めるなど、積極的に規模拡大をしてきた。
ただ、先ほどから申し上げているように、調剤薬局は飽和状態なのでこの路線はどこかで限界がくる。そこで次の成長エンジンとして期待されているのが、コスメを中心に健康食品なども扱う新業態「アインズ&トルペ」だ。
この店の主な客は女性で、新宿など都市部を中心に83店舗を展開している(2024年6月時点)。しかし、「へえそんなのあるんだ」と思った人も多いようにまだ知名度が低い。そこでFrancfrancの出番だ。2024年7月時点で国内152店舗、海外9店舗を展開している同店は知名度が高く、実績もある。コラボ店舗などを展開していけば、アインズ&トルペにもシナジー効果が得られるはずだ。
調剤薬局にとって「M&Aなどによる規模拡大」は、厳しい競争を強いられる調剤薬局の中で生き残っていくだけではなく、異業種参入などで「薬を出さない稼ぎ方」を目指せる「一粒で二度おいしい施策」なのだ。
●大手との差別化を図る薬局も
このような話を聞くと、「個人経営の調剤薬局は大手に飲み込まれるしか生きる道がないということか」と思うかもしれないが、もちろんそんなことはない。確かに資本的には異業種を買収するなんてことはできないが、「薬を出さないスペース」を併設することで、門前薬局という立地だけに頼る調剤薬局と差別化を図っていくやり方もある。
例えば最近多いのはフィットネスジムや、地域住民の憩い場や相談窓口として活用できるようなコミニティスペースの併設だ。ただ、このような取り組みは「ウエルシア薬局」など大手が積極的に進めているので、それほど差別化にはならないかもしれない。
やはり「個人経営という持たざる者ならではの戦い方」をしていくべきだろう。そこで筆者がこれから増えていくのではないかと考えているのが「肉を切らせて骨を断つ」的な捨て身の戦略だ。「薬を出さない」ことをガチでコンセプトに掲げてしまうのだ。
「おいおい、そんなことをゴールにしたら潰れちゃうだろ」と思うかもしれないが、実はこれからの日本では非常に大事なコンセプトだ。
ご存じのように少子高齢化の日本では、医療・年金という社会保障負担が雪だるま式に増えていることもあって、「無駄な医療」を削減していくことが喫緊の課題だ。具体的には、処方する必要のない薬、やる必要のない検査を減らしていくのだ。
実際、厚労省はかねて過剰な薬の処方を問題視しており、特に高齢者は複数の医療機関を股にかけて多くの薬を処方される「多剤投与」が問題になり、2018年には「高齢者の医薬品適正使用の指針」もつくられている。
では、具体的にどうやって減らしていくのか。薬を処方するのは診療した医師なわけなので、調剤薬局側で勝手に減らすことはできない。しかし、「無駄な薬を減らす」ことを薬局経営の柱にして、それを独自のカラーにするのは自由だ。
例えば、千葉県流山市にある調剤薬局「薬局ハカラメディコ」だ。
●カフェ併設の新業態
薬局ハカラメディコは体に良い食事を日常的に食べて健康を保てば、特に薬など必要としない「薬食同源」をコンセプトに掲げており、薬膳チキンカレーや、体の悩みにあったハーブティーを提供するカフェを併設しているのだ。
もちろん、大手もカフェ併設を展開しており、そこで健康的な食事などを提供している。例えば、全国に153の調剤薬局を展開する新生堂薬局(福岡市)は2024年9月に福岡で新業態「新生堂ヘルスケアステーション薬院」をスタート。これは計測器で知られるタニタ(東京都板橋区)の「タニタカフェ」とコラボしたイタリアンレストランを併設し、健康的なワンプレートランチやパスタ、ハーブティーなどを提供している。
今後、調剤薬局の競争が激化していく中で、このような「健康カフェレストラン併設型」は増加していくだろう。だからこそ、個人経営の調剤薬局はそこからさらにもう一歩踏み込んでいく。つまり、「食事で健康をサポート」するのではなく、「最終的には薬に頼らない状態を目指す」と打ち出すことで、大手と明確に差別化していくのだ。
もちろん、病気ならば薬は必要だ。しかし、ちょっと熱が出た、咳が出たくらいで抗生物質を処方するような国は世界では少ない。
例えば、米国でも高額な医療費の抑制を目指して今から10年ほど前、医師らで構成する非営利組織、米国内科専門医認定機構財団(ABIM財団)が中心となって、「Choosing Wisely」(賢い選択)というキャンペーンが行われた。
そこでは、無駄なCT検査などとともに「抗菌薬はウイルスに効果なし」ということが繰り返し訴えられた。むしろ「害」のほうが大きいという指摘も多かった。抗菌薬は腸内細菌に影響を及ぼし、体にとって必要な菌まで殺してしまうからだ。しかも繰り返し服用すれば、「薬剤耐性菌」が発生しやすくなるというリスクもある。
●WHOも推奨
これは「薬は毒」みたいな陰謀論的な話ではない。WHOでも抗菌薬の使用を減らすアクションプランを採択しているし、日本の厚生労働省が発行する「抗微生物薬適正使用の手引き」でもこう述べている。
「感冒に対しては、抗菌薬投与を行わないことを推奨する」
しかし、現実はどうか。皆さんもちょっと体の具合が悪くなると病院に行って、「やっぱり市販薬よりも病院の薬は効くので」なんて言って薬を処方してもらうのではないか。そして、調剤薬局でもそれをもとにバンバン薬が出されていく。
こういう「過剰処方」という状況に対して「薬のプロ」であるはずの薬剤師、調剤薬局は何をしているのかと疑問に思う人も多い。もちろん、中には「うちの調剤薬局ではずっと注意喚起をしてきたぞ!」という方もおられるだろうが、米国で行われたような業界を挙げたキャンペーンがあったわけではないので、このような問題も世間的にはほとんど知られていない。
ならば、「薬を出さないことをゴールにした調剤薬局」があってもいいはずだ。
このような「自己矛盾としっかり向き合う」という捨て身の戦い方は、調剤薬局以外でもできる。例えば、コンビニの店舗は「社会インフラ」ともてはやされながらも、かつて成長エンジンだったドミナント戦略の影響を受けて、都市部や幹線道路などのロードサイドに多く、過疎地には少ない、という問題があった。
しかし今、その自己矛盾に向き合うかのように、ローソンは過疎地に積極的に出店を進めている。もともとローソンはコンビニ大手3社の中でも地方店を多く抱えており、高齢化率の高い地域で高シェアを保っている。そこでこのような特性を生かして、過疎地に「商機」を見い出そうとしているのだ。
レッドオーシャンでは、多数派と同じことをするプレーヤーは滅んでいくだけだ。それは裏を返せば、「薬を出さない」に舵(かじ)を切った少数派の調剤薬局が「健康」「美容」「高齢者」「地域社会」などを切り口に、さまざまなコラボやスピンオフを仕掛けていくということでもある。
コンビニより多い社会インフラ、約6.2万の調剤薬局が今後どのような「進化」を遂げていくのか注目したい。
(窪田順生)
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