早稲田大学国際文学館(通称、「村上春樹ライブラリー」)で、安堂ホセ×柳美里×ロバート キャンベル 朗読と対談『「今、ここにいる」ことをめぐる語り合い』と題されたイベントが10月23日に開催された。登壇者はデビュー作『ジャクソンひとり』(河出書房新社)が文藝賞を受賞し、芥川賞の候補となった安堂ホセ氏、劇作家・小説家として多数の著作があり、福島県南相馬市で書店「フルハウス」を営む柳美里氏。さらに司会を国際文学館顧問のロバート・キャンベル特命教授が務め、二人の自作朗読パートでは早稲田大学に在籍する2名の学生によってヴァイオリンが演奏された。本記事ではその模様を抜粋・編集してお届けする。
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◼️暴力性と倫理が同時に存在しているのが、安堂ホセという作家の特徴
ロバート・キャンベル:最初に美里さんに来ていただくと決まった時に、ホセさんは本当に飛び上がるようにすごく嬉しそうにしていたんですね。
安堂ホセ:お会いできる方だと思っていなかったので。
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柳美里:あまり出ないというか。(ホセさんが)「文藝賞」を取ったじゃないですか。私はそういう時のパーティに行かないタイプなので。そういう意味で、レアキャラ?
安堂ホセ:パーティはあまりお好きじゃないですか?
柳美里:そうですね。どちらかというと、深海に沈んでいるみたいな感じで。
ロバート・キャンベル:魚?
柳美里:はい。なかなか浮上しないような感じなんです。
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安堂ホセ:そんな中で、すごく嬉しいです。
柳美里:今回、初対面なので、すごく緊張していました。
ロバート・キャンベル:ホセさんはデビューからの2年間、すごく鮮やかに活動していて、色々なところで注目されています。次々と出す作品が有力な賞の候補となったり、受賞したりしています。
柳美里:文芸誌「文藝」に『ジャクソンひとり』が掲載された時に読んでいて。今回まとめてまた読み直しました。現実をなぞるのでもなく、現実に背を向けるのでもなく、世界を真摯に受け止めて、それを爆発させている。暴力性と倫理が同時に存在しているのが、安堂ホセという作家の特徴なのではないかなと思って。そんな作家はかつていなかったのではないか。新しいなと思いました。
安堂ホセ:本当にありがとうございます。自分が書いたものを柳さんに読んでいただけるとは思っていなかったので、本当に嬉しいです。
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◼️答えがない「問い」を持っている
トークイベントでは、最新作『DTOPIA(デートピア)』(河出書房新社)を著者である安堂ホセ本人が、学生が奏でる音楽にのせて朗読。物語は、恋愛リアリティショー「DTOPIA」新シリーズが開催されるボラ・ボラ島が舞台。ミスユニバースを巡って、Mr.LA、Mr.ロンドン等、Mr.東京ほか、各国・各都市を代表する総勢10名の男たちが争う。「文藝」2024年秋季号に掲載後、第46回野間文芸新人賞(野間文化財団主催)の候補作にも選ばれるなど、高く評価されている。
安堂ホセ:今年の1月から春ぐらいまで、この『DTOPIA(デートピア)』を書いてたんですけど、世の中から問題が襲ってくる時期だったんですよ。パレスチナでイスラエルによるテロが起こっている。トランスジェンダーの人へのヘイトが可視化されている。いろんなことがあって、日本で小説を書いていて、ちょっと嫌になっていた時期でした。自分自身、違う場所からスタートしたいという気持ちでした。
ロバート・キャンベル:別の場所などで?
安堂ホセ:東京ではない、それ以外の場所ですね。なるべく遠くのものを書いて、パーンと風が通っているような、誰でも入ってくれるような小説を考えました。そういう設定を最初に持ってきて。今日は非常に端正な音楽で同時演奏してもらって、どう見えていますかね。
ロバート・キャンベル:ご本人としてはどうでした?
安堂ホセ:すごく新鮮でしたね。すごく読みやすかったです。間が埋まっていくみたいな。運ばれている感じで、やりやすかったですね。
ロバート・キャンベル:美里さんはこの作品をどう読みましたか?
柳美里:私は作家が抱えられるテーマというのは、生涯を通して1つなんじゃないかなと思っていて。それを抱え続けるというか。本当の問いかけは、答えがないと思うんですよ。そんな答えがない問いを持っている作家なのだと思いました。
これまでの3作には1つの通底している主題がありますが、この『DTOPIA(デートピア)』では、圧倒的に襞(ひだ)が多くなっているんですよね。複雑な話なのですが、その核となる出来事はモモが10代前半の時にキースに睾丸を切られることです。切られるというか、双方が望んでというか。
安堂ホセ:年齢があまりに幼かったので、それが合意だったのかは、今となってはわからないんだけど、その時は納得していたと。
柳美里:それで学校で睾丸を片側だけ切り取る。キースはそれで睾丸を切り取る仕事を始めていく。
安堂ホセ:そこを説明するとギョッとされるかもしれません。でもすごく大事なシーンで、あそこに持っていくために、どう読者の人を入れていくかを考えました。それで「DTOPIA(デートピア)」という設定が後から出てきました。
柳美里:やはり2人が幼かったので、モモの父親は加害者のキースの家に抗議に行きます。被害者・加害者と呼んでいいのか、同意だったのかは置いておいて。するとキースの母親が泣き出して。その辺りは二人の動機からは離れた外の世界ですよね。家庭なので内の世界でもあるんですが。その描写がリアルなんですよね。
暴力を描く小説では、暴力描写がカタルシスに行きがちなんですが、そのカタルシスを許さない。だから暴力の挫折を描いていると思っていて。その折れた暴力が突き刺さる。目が覚めるような痛みは、睾丸を片方とり除かれた主人公モモと、取り除いたキースが核になっていると思うんですけど。それが新しいと思いました。
◼️「面白かった」「良かった」とは言えないような小説
安堂に続いて、『JR上野駅公園口』の朗読が柳美里によって語られる。本作は、東京オリンピックの前年、出稼ぎのため上野駅に降り立った男の壮絶な生涯を通じ、日本の光と闇を描かいた作品。2020年に全米図書賞・翻訳文学部門を受賞し、柳の国際的な評価を確固たるものにした。
安堂ホセ:(朗読を聞いて)感動しました。昨日、この作品をもう1回全部読んでみました。その人の気持ちになることとはまた違う。小説に書かれている他人のことを読んでいる。でも結末や、途中で上野公園に住むようになることなど、自分や自分の大切な誰かがそうなりうる可能性としても、並走して読んでいきました。「面白かった」「良かった」と言えないような小説があると思うんですけど、自分にとってはそういう体験でした。
小説を書く時に、自分の体験でなくても、自分から出発して書くことが多かったんです。柳さんのこの小説は、上野のことと福島のことも、どちらも対象者の方がいて取材をされていて、その二つを繋げていくことで小説を作っている。自分はまだそういうことを考えていなかったんですが、もしこれからも小説を書いていくんだったら、そういうことがやっぱり小説家の仕事なんだなと思いました。
柳美里:東日本大震災の翌年から南相馬で、臨時災害放送局でラジオを始めたんです。そこで地元の方600人のお話を6年間かけて聞いたのが大きいと思います。
私のことを私小説作家だと思われている人もいまだに多いように思いますが、ある時から私に関心がなくなったというか。私とは何かと考えた時に、結局両親の元に生まれて(周りから)色々な圧を加えられてきた。10代の頃の私を成り立たせていたのは、そんな両親だったり教師だったりする。他人が入り込んでできているんです。そうしたら、他者を書くのも結局は同じというか。たくさんの人の声を聞いているうちに、自分が組み替えられたようでした。いろんな声がなだれ込んできて。それは言い方を変えると、自分なのかもしれません。
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