作業が煮詰まってきた時、指をポキポキと鳴らすことはないでしょうか。中には首をポキポキする人もいるかと思います。筆者は「鳴らすと、指が太くなるよ」と言われ続け、太くならないように、左手の薬指だけは鳴らさないようにしてきました。インターネットの検索候補でも「指ポキポキ 太くなる」と出てくる現状がある中、本当に変形するのか、専門家に聞きました。
【写真を見る】指をポキポキ鳴らすと太くなる? 首には注意しなければいけないことも
鳴らすことが多い指の付け根 気をつける必要がある関節なぜ人は指を鳴らしてしまうのでしょうか。「ポキポキ」という音が小気味良く聞こえるから、手持ち無沙汰で無意識に鳴らしてしまうから──などそれぞれの理由があるはずです。
井尻整形外科(兵庫県神戸市)の院長で医師の井尻慎一郎さんに話を聞きました。
まず指鳴らしですが、井尻さんは「ポキポキ鳴らすのは、指の付け根の『第3関節』だと思いますが、ここの変形はほとんど起こりません。太くもなりません。私の診療経験からも、文献からも、変形が起こるのは、指の先端の『第1関節』と先端から2つ目の『第2関節』がほとんどです」と話します。
|
|
たしかに、鳴らすことが多いのは付け根の部分です。
「指を鳴らすことが変形に影響するなら、多くの人の第3関節に変形が生じるはずですが、そうはなっていません。指を鳴らすこと自体は悪くないと思います」と井尻さんは話します。
「私も鳴らす癖がありますが変形は起きず、1回も慣らしたことのない右の人差し指の第1関節に変形が少し生じています」とした上で、「強く鳴らしたり、頻繁に鳴らしたりし過ぎない限りは大丈夫。痛みがなければ、指のポキポキ音は気にせずOKです」と教えてくれました。
耳慣れない用語「トリボヌクリエーション」が起きるタイミングそもそも指は、どうして鳴るのでしょうか。実は、ポキポキ音の原因はまだ完全には分かっていません。
2015年にオンライン科学雑誌「PLOS ONE」に掲載された論文によると、ポキポキ鳴る現象(専門用語で「トリボヌクリエーション」)は、関節を引っ張った時に、関節内の圧力が下がることで関節液の中に「気泡が生じる」から起きると証明しました。これは、機械工学などで問題になることが多い、液体中に泡が生じる現象「キャビテーション」と同じ原理だといいます。
|
|
従来の考えでは、気泡が生じた後に「気泡が弾ける」タイミングで鳴るとされていましたが、この研究が明らかにしたのは「気泡が生じる」タイミングで鳴るということでした。
意識して指を鳴らしてみると、指をひねった瞬間に音が鳴っています。
井尻さんは「もし、気泡が弾けて鳴る音だとすると、一瞬タイムラグが生じるはずですよね。けれど瞬時に鳴っていることもあり、私もこの論文の機序は正しいと思います」と話します。
さらに、一度鳴らした関節がしばらく鳴らなくなる経験をしたことがある人もいるかと思います。これについて井尻さんは「関節内に関節液の蒸気が充満して圧力が上がり、関節を引っ張っても圧力が下がらないために気泡ができないから、と説明できると思います」とします。
「他人に首をひねってもらう行為はやめた方が良い」もう一つ、首について。「首が鳴る原理も指が鳴る原理と同じ可能性が高い」と井尻さん。首の骨の「頚椎(けいつい)」の後ろにある「椎間(ついかん)関節」が引っぱられて鳴っているのでは、と推測しています。また、指は一度鳴らすとしばらく鳴らないのに、首は「ポキポキポキ」と数回鳴りますが、これは「椎間関節が複数個あるためと思われます」と井尻さんは話します。
|
|
実は、井尻さん自身もずっと首を鳴らしてきたそうです。
その井尻さんは50歳の時に軽い脳梗塞を患いました。50代以下の脳梗塞の原因として、頚椎の中を通る椎骨(ついこつ)動脈の解離で、血栓が飛ぶことが多いとされています。井尻さんの場合もそれが原因でした。
首を過度にひねることで血栓が飛ぶという報告がいくつもあるといいますが、その要因の全てが首ポキポキだとは断言できないといいます。井尻さんはすぐに回復し、いまだに首を鳴らしているといいますが、念のために優しく鳴らすように心がけているそうです。
ただ、「首ポキポキは、場合によっては動脈を傷つける可能性があります」と井尻さん。
さらに、「他人に首をひねってもらうのはやめた方が良いです」とします。厚生労働省は1991年に出した通知の中で、頚椎に急激な「回転伸展操作」を加える療法を禁止する必要があるとしています。
●医業類似行為に対する取扱いについて(厚生労働省、1991年6月28日付、医事第58号)
とりわけ頚椎に対する急激な回転伸展操作を加えるスラスト法は、患者の身体に損傷を加える危険が大きいため、こうした危険の高い行為は禁止する必要があること
井尻さんは「首がポキポキ鳴る音自体は問題ないですが、首を何度も強くひねることは危険。脳梗塞などを起こす可能性があります」と忠告しました。
◇
取材協力:井尻慎一郎(いじり・しんいちろう) 1957年生まれ。1982年大阪医科大学卒業、1994年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。井尻整形外科院長。空海に憧れ、高野山大学大学院文学研究科修士課程密教学専攻(通信教育課程)に在籍中。小説も出版している。現在は診療しつつ、「ニュースタンダード整形外科の臨床」(中山書店、全11巻)で東京大学整形外科教授と慶応大学整形外科教授とともに総編集者を担い、1〜3巻の責任編集者も務めている。
取材:TBSテレビ デジタル編集部・影山遼