夕日に染まる大河を、魚捕りの小舟がゆったりと横切る。9月下旬、西アフリカ・ニジェールの首都ニアメー。あたりが闇に包まれると、道端で男たちが茶を囲んでお喋(しゃべ)りにふけり、女たちは連れ立って散歩を楽しむ。街角に兵士や警察官の姿はない。
昨年の7月下旬、軍によるクーデターが起きた国とはにわかには信じがたいほど、緊張感はない。もっともあの頃は、街は全く違う姿を見せた。クーデターを支持する数千人の市民が「フランス打倒」を叫び、一部が暴徒化したのだ。ニジェールは原子力発電の燃料となるウランなど天然資源が豊富な国だが、旧宗主国フランスが「傀儡(かいらい)政権をつくり天然資源を搾取し続けた」と怒った。
ニジェールは、西側諸国と同盟関係にあったが、新たな軍事政権はフランスを追い出し、ロシアに近づいた。「フランスは嫌いだが、過激な武装集団と戦うための軍事支援は必要なんだ」。40代半ばの地元男性は、軍事政権の意図を代弁する。「頼りになるのはロシアとトルコ、それに資源開発の技術を持つ中国だと思う」
ニジェールを含むサハラ砂漠周辺の「サヘル地域」は気候変動のほか、ジハーディスト(聖戦主義者)と呼ばれる複数の過激な武装勢力、人身売買ネットワークや薬物密売組織の暗躍に苦しんでいる。武装勢力に拉致され、4カ月の拘束の末に自力で脱出した60代の男性、Aさんの話を聞く機会があった。
Aさんは、隣国マリの国境近くにある村のリーダー格だった。4年前、黒い布で顔を覆った約100人の男たちが、日没後にバイクを連ねてやって来た。「俺たちはジハーディストだ」。男たちはその後も村に来ては、家畜を「税金」として差し出させ、学校や商店に放火した。
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ある日、男たちはAさんを拉致し、隣国ブルキナファソの基地に連れていった。「政府軍が我々のメンバーを殺した報復だ」と、Aさんを木に吊(つ)り下げて22回の鞭(むち)打ちをした。
Aさんは低木につながれ、時には国軍の空爆も受ける苦しい日々を送った。だが男たちの意外な側面も見た。残虐な行為を悔いて泣く者がいたのだ。「やりたくなかったのに強制された」。見張り役の12歳ぐらいの少年はある日、銃で自殺した。
ある晩、見張りが眠っている隙にAさんは脱出した。なんとかニジェールに戻り、首都の「反テロ対策センター」に送られて事情を聞かれた後、妻子を呼び寄せた。Aさんは今も、経済的苦境とトラウマに苦しむ日々を送っている。
過激な武装勢力に人々が参加する理由には「社会の不公平感、疎外感」のほか、部族対立や軍の腐敗への反発などがあり、一筋縄ではいかない。セネガルのファイ大統領は9月、サヘル地域で武力紛争が頻発していることに危機感を表明し「アフリカの平和と安定は世界の平和と不可分だ」と訴えた。しかしサヘル地域の苦難は「最も忘れられている危機」と国連は指摘する。
心を奪われたあの大河は、異常な大雨で増水したニジェール川だった。美しい夕暮れと複数の危機に生きる人々。忘れずにいたい。
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【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 45からの転載】
舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。
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