プロスケーターの浅田真央さんが長年の夢を実現させた。11月8日、理想のリンクをプロデュースして自身の名前を冠した「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」(東京都立川市)のオープニングセレモニーが行なわれた。一般利用者向けのグランドオープンは11日。個人の名前がついたフィギュアスケートリンクは国内で初めてだという。
終始笑顔の浅田さんは「私は『MAO RINK』を作ることが子どものころからの夢でした。本日、『MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI』のオープニングイベントが何事もなく無事に終えられたことにほっとしていますし、うれしく思っています。これからも永遠にこの『MAO RINK』が愛してもらえるように、私も精一杯、今後の活動を頑張りたいと思っています」と決意を語った。
この日は施設をお披露目する内覧会のほか、浅田さんによるスペシャルパフォーマンスや近隣の園児20人ほどが集まったスケート教室も開かれた。オープニングイベントで華麗なパフォーマンスをキッズスケーターとともに披露した浅田さんは、記念の演目に「ブライトフューチャー」(輝く未来)というプログラムを選んだ。
「この『MAO RINK』には、たくさんの方の笑顔があふれるような場所になりたいという思いもあります。このリンクから世界で活躍できる、世界一を取れるスケーターを生み出すことが私の次の目標なので、今日はたくさんの子どもたちと一緒にパフォーマンスしたり、スケート教室をしたりしました。やっぱり子どもたちの笑顔は輝いていましたし、自分も子どもたちが『MAO RINK』で滑っている姿を見ることができて、本当に幸せでした」
コンパルソリー柄を取り入れたおしゃれな外観となった「MAO RINK」は、大会やアイスショーの開催が可能な1000席の常設観客席がある国際規格のメインリンクのほかに、壁一面に窓があって春には満開の桜並木が見えるというサブリンク、テラス付きのトレーニングルーム(ジム器具設置は後日)、バレエやダンスなどの練習ができるスタジオなどがある。桜並木に面し、ガラス扉で解放感のあるレストランエリアもオープンする予定だ。
【フィギュアスケートの楽しさを伝えるリンク】
特にサブリンクには強い思い入れがあるという。
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「サブリンクには、子どもたちにスケートを滑りながらでも四季を感じてもらいたいという思いがこめられています。外観はクラシカルなデザインになっていて、オリンピックでメダルを獲得する選手が育ってほしいという願いをこめて金銀銅の色を使っていたり、コンパルソリーの図形が描かれた金のパネルを施したりと、私の思いが詰めこまれています。世界一のスケートリンクだと思うので、今後、この立川立飛から世界に羽ばたいていけるスケーターが出たら、これ以上ない幸せです」
首都圏での通年型アイスリンクとしては、明治神宮外苑アイススケート場、ダイドードリンコアイスアリーナ、KOSE新横浜スケートセンター、三井不動産アイスパーク船橋、横浜銀行アイスアリーナ、アクアリンクちば、埼玉アイスアリーナ、東大和スケートセンターに次いで9つ目となる。
欧米と比べれば日本国内のアイスリンク施設は数的にも設備的にも劣ると言われているが、首都圏のアイスリンク施設はさらに減少傾向にある。ただし、フィギュアスケート人気に後押しされる形で、新たなリンクがオープンする動きも見られる。2025年秋にはカーリングもできる都立初の通年型アイスリンク「東京辰巳アイスアリーナ」が開業予定だ。今後の課題は、「見るスポーツ」としてはもちろん、「やるスポーツ」としてのフィギュアスケートの本来持つ楽しさを伝えていく持続可能なリンク運営だろう。
34歳になったいまも新たな挑戦をし続けている浅田さんは、衰えぬ意欲について目をキラキラ輝かせながらこう話した。
「私のスケート人生の第1章が選手、第2章がショースケーター、そして第3章は指導者として挑戦していきたいという思いがあります。まだ私自身がショースケーターとして滑っていくので、指導者としての道はスタートしないんですけど、今日を迎えられたことは、その第3章に向かって進んでいるということだと思います。次のアイスショーの日程はまだ決まっていないんですが、いまいろいろ調整しているところです。また新しいアイスショーを『MAO RINK』で開催したいと思っています」
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浅田真央という希代のスケーターがプロ活動の拠点を手に入れた今後、どんな活動を展開していくのか。まずは、『MAO RINK』で開催されるアイスショーの開幕を楽しみに待ちたい。