「(会場は)上の上までお客さんが入っていて、6分間練習に入る前、その景色を目に焼きつけておきたいって思いました」
青木祐奈(22歳/MFアカデミー)は、祈りを込めるような声で言った。それは彼女にとって、最高の風景のひとつになるだろう。昨シーズン、大学卒業後に迎えた"現役か、引退か"の狭間で、続行を決断したことの結実が、そこにあったはずだーー。
【名コーチも太鼓判を押すスケーティング】
11月8日、国立代々木第一体育館。GPシリーズ・NHK杯女子シングルのショートプログラム(SP)は、日本人選手が1、2、3位を独占した。坂本花織、千葉百音、そして青木だ。
青木は赤い衣装で、『アディオス・ノニーノ』の冷静と情熱をリンクで再現している。表現力に定評のある彼女が、全身を使って音の一つひとつを繊細に拾い上げた。
冒頭の3回転ルッツ+3回転ループの大技成功からダブルアクセル、3回転フリップとジャンプの精度も高かったが、彼女の真の魅力はプログラム全体を物語にできるスケーティングにあるだろう。
|
|
今年3月、長光歌子コーチにインタビューした時、青木が「滑れる選手」であることを絶賛していた。
「フィギュアスケートのよさを出せるっていう点では、(青木)祐奈ちゃんは大好き。とても気になる選手ですね。ノービスで、(教え子の三宅)星南と一緒に優勝して『クリスマス・オン・アイス』では(高橋)大輔のアイスショーに出ています。(高橋がプロデュースしたアイスショー)『滑走屋』にも出演しましたが、大輔が祐奈ちゃんの演技を見に行って指名したそうで」
青木のスケーティングには、人を自然と引き込む世界観がある。それは幼い頃から一つひとつのスケート技術を突き詰めることによって、生み出されるビジョンなのだろう。簡単に得点に反映されないが、だからこそ、数字になりにくい美しさが胸を打つのかもしれない。最後のポーズが終わったあと、万雷の拍手が降り注いでいた。
69.78点で3位に躍進。表彰台を狙える順位だった。
「順位は気にしないように......。小さい頃からやってきた、得意なスケーティングの表現のところが国際的な大会で認められたなっていうのはうれしかったです。それは自信にもなるので」
|
|
【滑りながら幸福感でいっぱいだった】
そして迎えた翌9日のフリー、彼女は再び氷上に物語を紡ぎ出す。
ピンクに赤い柄の入った衣装に身を包んだ彼女は、春の花びらのように華麗に舞った。『Popsical』の曲そのものに入り込むような演技。スピン、ステップはすべてレベル4だった。
コレオも高いGOE(出来ばえ点)を叩き出した。サルコウ、アクセル以外のジャンプで回転不足がついてしまったことで、得点は思ったよりも伸びなかったが、演技が終わると会場は総立ちだった。
フリーは125.29点で5位も総合195.07点で3位。涙の銅メダル獲得だ。
「(2021年の)全日本選手権では最下位(SP30位)になってしまい、隠れたい、誰も見ないでって気持ちになって、その時もスケートから離れようと思っていました。昨シーズンから今シーズンにかけて現役を続けることにしましたが、スケートアメリカはコンディションも整わずに不調で結果(7位)を出せないのが悔しくて。続けて正解だったのかって思ったこともあります」
|
|
彼女はその心境を明かす。GPシリーズでは、ジュニアも含めて表彰台に上がったことはなく、成績的には辛酸をなめてきた。しかし苦難を感じながら、じっくり身につけたスケーティングがあったからこそ、その花が開いたとも言える。
「今日は滑りながら、自分も幸福感でいっぱいでした。大きな会場で、最後のステップが終わったところから、みなさんが拍手をしてくださって。自分が滑っているだけなのに、たくさんの拍手をもらえるというのは現役選手でしか感じられないこと。その喜びをあらためて感じました。おかげで表彰台にも立てましたし、この経験をこれからの自分にプラスにしていきたいなって思います」
青木は全力でスケートと向き合ってきた。その生き方はこれからも変わらない。
「次の全日本より先のことは考えていなくて。全日本までできること、やるべきことをやっていきたいと思っています。(フリーで回転不足になった)ルッツは調整して、せっかくなのでプラスをもらいたいし、回りきれるように。自信をもってアピールしながら、自分らしく!」
彼女は品のある愛らしい笑みを浮かべた。そのスケーティングは、一つの実りを迎えようとしている。