新型コロナウイルス禍で、またたく間にテレワークが浸透した。総務省「令和5年版 情報通信白書」によると、民間企業のテレワーク導入率は2013年まで1割未満だった。
その後段階的に導入企業が増加し、ようやく2割台に乗ったのが2019年。翌年からコロナ禍に入り、2020年には導入率が一挙に47.5%にまで伸長。翌2021年以降は50%を超える水準となっている。
多くの企業でテレワーク可能な環境が整い、これからわが国でもテレワーク形態が標準となるか……と思いきや、意外にもテレワークの「実施率」は減少傾向をたどっている。
日本生産性本部「働く人の意識に関する調査」によると、実施率は1度目の緊急事態宣言が発令された2020年の「31.5%」がピークであり、以降は2割台〜1割台と低迷。2024年1月調査では実施率「14.8%」と過去最低を記録しているのだ。
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実際、テレワークから出社形態へと回帰する動きを見せる企業が増えている。米国の大手テック企業各社ではその動きが迅速で、例えば米Apple社では早くも2022年に、一部従業員に週3日の出社を義務付けたことが話題になった。米Google社や米Meta社などでも、コロナ禍が落ち着きを見せた2023年からオフィス出社に方針を転換している。
そして先日9月16日には、米Amazon社が2025年1月より在宅勤務を原則廃止し、従業員に「週5日出社を義務付ける」と発表した。日本経済新聞によると、米国では主要100社のうち58社が週3日以上の出社を求めているという(参照:日本経済新聞「米企業に『出社強制』の波 大手6割が週3日以上義務付け」)。
しかし、先出の日本生産性本部の調査では、テレワーク実施者を対象とした「今後もテレワークを行いたいか」との意向確認において、約8割が「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と回答している。
一度テレワークを経験し、その快適さと便利さに慣れてしまった人にとっては、原則出社への回帰は抵抗感が強いはずだ。また人手不足が深刻な昨今、働き方の選択肢が多い企業に人気が集まりやすい。出社形態の働き方にいくらメリットがあるといっても、なかなか踏み切れない企業も多いことだろう。
もちろん、医療やインフラ関連、運送業など、そもそもテレワークに適さない職種は存在する。一方で「テレワークをやろうと思えばできる業態や職種のはずなのに、出社を要求する会社」に対しては、「テレワークできるのにさせない経営者なんて怠慢!」「コロナ禍を経て、テレワークをできるよう準備をする余裕が十分あったはずなのに、いったい何をしている!?」との批判がなされることもある。
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では果たして「テレワークできるのに、させない会社」はこれからの時代に対応できない問題企業で、その経営者は怠慢なのだろうか? テレワークのメリット・デメリットや企業の事例を交えながら、考えてみよう。
●テレワークのメリットとは?
テレワークの利点は多岐にわたるが、主に次の3点に集約されるだろう。
1. 通勤ストレス低減と生産性向上
働く人の立場から考えると、何より「通勤が不要になる」ことがテレワーク最大の利点といえよう。従業員の肉体面・精神面双方のストレスが軽減され、健康状態も向上する。通勤時間がなくなることで、従業員はその時間を仕事や家族との時間に当てられるため、生産性の向上も期待できる。
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マイボイスコムがコロナ渦中の2020〜2021年にかけて実施した調査によると、テレワークのメリットとして実施者の6割超が「通勤のストレスが減少した」と回答しており、心身の健康にポジティブな影響を与えていることが明らかである。
さらに、NTTコムリサーチによる調査では「業務の生産性が向上した」と回答した割合は、テレワークをしていない人(8.9%)より、テレワークしている人(24.0%)の方が上回る結果となっている。
2. 柔軟な働き方を実現、採用面での差別化要因
テレワークは、時間と場所にとらわれずに柔軟な働き方が可能となるため、特に育児や介護を必要とする従業員にとっては大きなメリットとなる。これにより、家族との時間を確保しつつ、業務に集中できるため、ワーク・ライフ・バランスの向上も期待できる。
回転すしチェーンの銚子丸では、従来は港まで往復6時間かけていた魚の買い付けをオンライン化。水揚げされたばかりの魚をオンライン映像で詳細に確認し、その場で金額交渉をして、従来にないスピード感で新鮮な食材を入手できるようになったことで、育児・介護中の従業員でも中枢で活躍できるようになった。同社はコロナ禍中の2021年5月期第2四半期は前年同期比で39.5%の増益、営業利益率でも前年同期比2.2%増という成果を得ている。
また、地方や海外からも仕事ができるため、地域にとらわれない優秀人材の確保も可能となる。採用対象者の幅も広がるため、結果として多様性のあるチームを構築できるメリットもある。
3. コスト削減
テレワークはオフィススペースや電力消費、オフィス運営にかかるコストを削減する手段となる。不動産費用の削減や、オフィスの維持管理費用が不要になるため、経費削減効果が大きい。
ザイマックス不動産総合研究所の調査によると、テレワーク実施企業が借りる1人当たりオフィス面積は、実施していない企業に比べ約3割小さいことが明らかになっており、大幅なコストダウンが報告されている。
●テレワークのデメリット
一方で、テレワークには課題も少なくない。これらの問題こそ、一部大手企業がこぞって「原則出社」に切り替えている要因でもある。
1. コミュニケーション不足
テレワークの環境下では、従業員間のコミュニケーションが取りづらい場面がしばしば発生する。特にクリエイティブなプロジェクトや新たな技術開発に関わる場面では、偶発的な会話や対面での日常的なコミュニケーションが創造性の原動力となることも多い。チーム間の連携が疎かになると、ミスコミュニケーションや作業効率の低下が発生するリスクもある。
厚生労働省「テレワークの労務管理等に関する実態調査(速報版)」によると、48.4%の企業がテレワークにおける課題として「従業員同士の間でコミュニケーションが取りづらい」ことを挙げている。
2. 孤立感と人材育成面のボトルネック
特に若手社員や新入社員にとって、オフィスでの同僚や上司との交流や何気ない会話が成長の一助となることもある。しかし、テレワーク環境ではこうした交流の機会が限られるため、特にOJTの場面で、業務進行に合わせて上司や先輩が直接教えたり、問題が発生した際にその場で助言したりすることが難しくなりやすい。
結果的に、若手や新人が「何を質問してよいか分からない」といった状況が発生し、教育に要する期間も対面指導に比べて時間を要してしまうケースがある。
コロナ禍中の2020年に経団連が実施した「人材育成に関するアンケート調査結果」によると、自社の人材育成施策が環境変化に「対応できていない部分がある」と回答した割合は実に9割弱(88.8%)に上った。
スマホゲーム開発などを手がけるエイチームは2020年度、新入社員にもテレワーク勤務を徹底していた。仕事は回ったものの、業務以外で先輩社員と関係を築く機会が乏しく、先輩の仕事ぶりを見ながら学んだり、社会人としての所作を身につけたりすることに課題があったという。同社では翌年度から、新入社員は緊急事態宣言中を除いて原則出社に変更。この変更について人事担当者は「会社の雰囲気を肌で感じてもらうとともに、先輩社員とのつながりを大事にしてもらうため」と説明している。
またテレワーク環境下では、新人に限らず、社員が孤立感を感じるケースが報告されている。「マイナビライフキャリア実態調査2021年版」によると、仕事や職場において「孤独感や孤立感を感じていた」と回答した割合が、テレワーク経験者で約2割と、未経験者の割合を上回っていたのだ。
3. 業務進捗管理や、組織カルチャー維持の難しさ
管理職にとって、テレワーク環境では従業員の業務進捗やパフォーマンスを把握しにくくなる点が大きなネックとなる。勤怠状況を管理するツールがあったとしても、そこに表示される労働時間は単なるデータに過ぎない。
対面で相手の様子をうかがったり、モチベーションを測ったりできず、直接的なフィードバックや進捗確認が困難な場合、チーム全体の関係性が希薄になり、組織としての一体感や連携が弱まってしまうリスクもある。
インターネット広告やメディア事業を展開するサイバーエージェント社は、2020年4月の緊急事態宣言から1カ月半の間は全社リモートワークを実施したが、6月から通常出社体制に戻し、以降は「週3日出社、週2日テレワーク」の勤務形態を推奨している。
同社社長の藤田晋氏はテレワークのメリットとして「オンライン会議の利便性、移動コスト削減、オフィス賃料見直し、通勤ストレス軽減」などを挙げながらも、デメリットとして「当社の強みである一体感、チームワークが損なわれ、極端な成果主義、個人主義に振らざるを得なくなる。これは当社の根本的なカルチャーと相性が悪く、強みが失われかねない」と述べていた。
●テレワーク可能な環境なのに、あえて出社させる会社は「経営者の怠慢」か?
テレワーク経験者のテレワーク継続希望割合は非常に高く、今や求人広告においても「フルリモート勤務可」が差別化要因として売り文句になる時代となった。従業員側としても、一度テレワークの便利さを体験してしまうと、いくら実施までの猶予期間を設けられたところで、「再度出社せよ」との業務命令にはなかなか従いたくないというのが本音だろう。
しかし冒頭で述べたとおり、米国テック大手企業を皮切りに「原則出社」体制への回帰の勢いはとどまることがなさそうだ。実際、KPMGインターナショナルが世界約1300人の企業経営者に実施した調査によると、3年以内に「従業員がオフィス勤務に完全復帰する」と答えた経営者が8割強に達しているという。
原則出社方針に回帰しつつあるのは、米国大手テック企業にとどまらない。例えばコロナ渦中ではテレワークを取り入れたゲーム大手の任天堂も2024年3月に「原則出社の方針」を明確にした。
同社はメディア取材に対し、「出社することがチームワークの質を高め、社員同士の強みを掛け合わせることが独創的なアイデアにつながる。また社員の成長のためにも、顔を合わせて密度の高いコミュニケーションをとることが効果的」との考えを示していた。
ホンダの原則出社方針表明はさらに早く、2022年5月より全社に対して原則出社方針を伝達している。コロナ禍中ではテレワーク主体だったが、本社部門や研究所などで段階的に原則出社とするよう運用を切り替えてきた。同社では創業者の本田宗一郎氏の時代から受け継がれてきた、「現場、現実、現物」の「三現主義」という企業理念があり、対面でのコミュニケーションを重視した働き方で、社員にホンダらしさを発揮してもらい、イノベーションの創出を促すことが狙いだという。
ここまで紹介した通り、ビジネス遂行の上では「出社し、メンバーと顔を突き合わせ、リアルタイムで密なコミュニケーションをとりながら仕事する」という形態でしか得られないメリットが着実に存在する。結果として、若手社員の成長促進や、クリエイティビティ向上、偶発的なアイデアの創出などが期待できる面もあるし、それによってテレワークを継続したままの競合企業より優位に立てる可能性さえあるかもしれない。
実際、2024年9月に日本経済新聞が米国S&P500採用銘柄のうち、時価総額上位100社を対象に出社頻度を集計したところ、過半数の企業が「週3日以上の出社勤務」を求めていることが判明。直近数か月の間に出社義務の頻度を引き上げた企業も多く、時価総額上位100社中で出社義務がないのはわずか10社だけだったという。
経営者の立場で考えてみれば、これまで数年来のテレワーク勤務に慣れた従業員に対して「原則出社」を言い渡すなど、反発が明らかであるだけに、気が滅入る役割であるのは間違いない。モチベーション低下程度で済めばまだよい方で、最悪の場合、既存従業員が辞めてしまったり、採用応募者が激減したりするリスクさえある。
逆に言えば、テレワークのメリットが十分浸透した現時点において、従業員の反発リスクや求職者の忌避リスクをも厭(いと)わず、他社に先んじて「原則出社」を公言できる会社ということは、いわば「顕著に儲(もう)かっている」「着実に成長している」「圧倒的なブランド力がある」など、従業員に対して企業側が強気に出られるだけの強力な差別化ポイントを保持している会社と言えるかもしれない。
●テレワークと出社のメリット、両取りしたい会社はどうすべきか
とはいえ、いくら本人がやる気に満ちあふれていても、物理的に出社や残業が困難な人は存在する。そういった人たちにとってテレワークはまさに福音であるから、「原則出社が正解」というわけでも、「テレワークが絶対正義」というわけでもない。
「テレワーク“も”可能な環境が整備されている」「出社もテレワークも平等に選択できる」といった具合に、「社会情勢や働く人の価値観に合わせた多様な働き方ができること」こそが、本当の多様性といえるのではなかろうか。
昨今、取り入れる企業が増えている手段が「ハイブリッドワーク」だ。従業員が週に数日出社し、残りの日はリモートで働くこの形式は、テレワークのメリットを享受しつつ、コミュニケーションやチーム連携確保が期待できる方法である。
例えば、リコーは2020年にテレワークを標準化。職種や仕事内容に応じて社員が自律的に働く場所を選択し、テレワークと出社を組み合わせ、効果的に対面・非対面を使い分けて業務を行うハイブリッドな働き方を促進している。
所属部門が認めた場合は転勤や単身赴任の解消、旅行先や帰省先で一時的な業務を行うワ―ケーションも可能とした制度改定に加え、バーチャルオフィスの導入や業務のデジタル化によるコストダウンを顕在化させた点などが評価され、2022年には「テレワーク先駆者百選 総務大臣賞」を受賞している。
したがって、経営者が「怠慢」と指摘されるとすれば、「テレワークか出社か」という単純な二者択一に陥ってしまい、「本来会社として必要な意思決定であっても、求職者や従業員に遠慮しすぎて決断できない状態」に対してではなかろうか。テレワークと出社のバランスを取り、個々の状況に最適な働き方を導入することが、これからのビジネス成功に不可欠な要素となるだろう。
(新田龍、働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役)
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