1935年の創業以来、乳酸菌飲料のパイオニアとして世界中で親しまれている「ヤクルト」。
1963年から始まった“ヤクルトレディ”による宅配サービスは、ヤクルトを象徴する独自の販売システムと言えるだろう。
ネットが発達した今でもオフィスや自宅への訪問を続けていて、「ヤクルト」や「ジョア」といった商品を届けたり、健康に関する啓発活動を行ったりしているのだ。
そんななか、ヤクルトの宅配拠点であるサービスセンターに併設したカフェが宇都宮市内にオープンし、大きな注目を集めている。
全国で初めて「ヤクルトのカフェ」を始めた理由や、ヤクルトの顧客接点の作り方で意識している点について、宇都宮ヤクルト販売株式会社 代表取締役社長の柴田恵造さんに話を伺った。
◆今までにない次世代型のサービスセンターを造りたかった
宇都宮ヤクルト販売は、宇都宮市や日光市、那須塩原市など宇都宮以北エリアに28か所のサービスセンターを構える販売会社だ。
同社は2023年に、カフェやエステサロンを宅配拠点に併設した全国初の複合施設「ヤクルトサービスセンター御本丸 カフェ&ギャラリー」を宇都宮市本丸町にオープンさせた。
さらに2024年には、2店舗目となる「ヤクルトサービスセンターゆいの杜(もり)」を芳賀・宇都宮LRT線・ゆいの杜東駅前に出店するなど、カフェ業態を拡大させている。
ヤクルトは全国に販売網を持っているが、なぜ宇都宮でヤクルトのカフェを始めたのだろうか。柴田さんは「これまでの慣習にとらわれず、新しいことに挑戦したかった」と思いを語る。
「ヤクルトの販売会社は国内に約100社ありまして、そのなかでヤクルト本社との契約で定められたルールをもとにサービスセンターを運営しています。販売会社が何か作る際には、その決まりに沿って行っており、ヤクルト本社からのサポートを受けることができます。
私はまだ現職に就いて3〜4年ですが、サポートだけでは『何も過去と変わらない』と感じていて、今までにない次世代型のサービスセンターを新たに造りたいと思っていました」(柴田さん、以下同)
◆ヤクルトレディが普段会えない層にヤクルトを知ってもらえる
女性の社会進出が進むなか、ヤクルトレディの多くを占める主婦層が訪問できる時間帯は限られている。
時代が多様化し、以前と比べてライフスタイルも変化しているのに、同じことを繰り返していても、“会えない人には絶対会えない”と言えるわけである。
ヤクルトレディの販売活動は、宇都宮ヤクルト販売における売り上げ比率の6割超を占めているそうで、「ヤクルトレディが訪問する時間帯と合わないお客さまに、どうやってヤクルトを知ってもらうか」が喫緊の課題になっていた。
こうして、次の一手を考えていくうちに「商品を届けるサービス」ではなく、「お客さまに来てもらえるサービス」を提供するというところから、カフェを造るアイデアにたどり着いた。
「私は元々ホテルマンの経験もあったので、飲食系には興味がありました。そこで、どうせカフェを造るなら中途半端にやるよりも、みんなが来たくなるようなお洒落なカフェにしたいと思っていたんです。」
◆初のヤクルトのカフェ実現に向けて
だが、先述のように資金調達も含め新たなアイデアの実現は難しい。どのように本社と掛け合い、カフェのオープンに向けて交渉を重ねたのか。
「我々の構想を応援してくれる本社の役員とやりとりしながら進めていきましたが、一番確認に時間を要したものは、デザインや“商標”の問題でした。企業ブランド価値を損なわないよう、関係者と協議を進め慎重に進めていきました。
ヤクルトのコーポレートカラーである赤は変更できませんし、独特のくびれがある容器の形は立体商標に登録されており、ルールに則って使用しなければなりませんでした。そうした状況のなかで、本社を動かしたのはカフェと、ヤクルトの化粧品を使ったエステサロンを開設することでした」
カフェではヤクルトレディからは買えず、オンライン販売のみの取り扱いだったヤクルトアイス(アイス de ヤクルト)が食べられるという付加価値を提供できるわけだ。
後者もこれまでは、ヤクルトレディがチラシを持って販促していたが、実際に化粧品を試せる場を作ることで、商品の認知度アップや購買につながる。
こうした“ヤクルトのカフェをやる意義”を見出すことで、本社を巻き込むことに成功し、構想を具現化させていったという。
◆カフェ開業前からの話題づくりを意識
加えて、開業前の話題化も意識していたそうだ。御本丸のサービスセンターの工事中に「Yakult1000」の巨大オブジェを設置。
「一体何ができるのか?」という好奇心やインパクトのあるオブジェが反響を呼び、SNSでの拡散につながった。
「ヤクルトの巨大オブジェは実を言うと20年前からあったもので、『Yakult1000』の前には『ヤクルト400』のオブジェもありましたが、会社の中に隠れていたんです。
そのため、一般の方の目に触れる機会はほとんどありませんでした。そこで、幅広い世代にヤクルトのカフェの存在を知ってもらうと画策したのが、店舗前にオブジェを置いた背景になっています」
このような宇都宮ヤクルト販売の新しい試みは、ヤクルト本社にもその熱が伝わっていき、ヤクルトのカフェのオープン前にはヤクルト本社の社長も視察に訪れたそうだ。
「ヤクルト本社からすれば、過去に前例がない取り組みで、『どんな面白い取り組みをしているのか』というのを確かめるために、社長にもお越しいただきました」
◆ヤクルトの世界観が楽しめるメニューがそろう
現在、カフェは御本丸、ゆいの杜の2店舗。
オリジナルメニューの「ヤクルトクリームのティラミス」や「ジョアスムージー」、「カレーdeヤクルト」など、ヤクルトの世界観が楽しめるメニューが揃っている。
宇都宮ヤクルト販売株式会社では、計28か所のサービスセンターを構えているが、カフェの店舗拡大については「現在のところ予定はない」と柴田さんは言う。
というのも、御本丸とゆいの杜の両店舗は、次世代型のサービスセンターを開設するのにあたって、まさに好都合な立地だったからだ。
前者は日頃から市民が行き交う宇都宮市役所前の場所に出店しており、後者は宇都宮市が推進する「スーパースマートシティ」の一環で開業した宇都宮ライトレールの沿線沿いに位置し、新たな観光需要の喚起につながると言える。
「もし今後、ヤクルトのカフェをオープンするなら、栃木県の観光地である日光近辺を考えていますが、土地の問題や予算の兼ね合いなどがあるので、すぐに実現するのは難しいと思いますね」
◆時代が変わってもヤクルトレディの訪問販売にこだわるワケ
ヤクルトのブランドロイヤリティ向上や顧客接点の増加など、ヤクルトカフェの果たす役割は大きい一方で、「ヤクルトレディのブランディング効果にもつながる」と柴田さんは言う。
長年、ヤクルトレディによる訪問販売にこだわる理由として、商品を届けることのほかに、一人暮らしの高齢者や障がい者の見守りなど、地域の安全・安心を担うことが挙げられるだろう。
それらに加えて、柴田さんは「ヤクルトレディの仕事は、心に届ける“志事”と捉えているからこそ、いつの時代も変わらずなくてはならないもの」だと説明する。
「ヤクルト商品をお届けすることのみならず、ヤクルトレディは真心を持って、お客さまの健康に寄り添った活動をしています。ヤクルトレディはそれを仕えるための『仕事』ではなく、自ら志す『志事』としての意識を持ち、地域社会に貢献しているのです」
今後の展望としては、全国で初めて実現したヤクルトのカフェの取り組みを、他の販売会社へ横展開する支援を行っていくほか、さまざまな企画も考えているそうだ。
“ありそうでなかった”を実現したヤクルトのカフェ。宇都宮を皮切りに他地域でも見られるのだろうか。さらなる発展に期待したい。
<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている