DXという言葉がよく聞かれるようになりましたが、全てのDXが成功するわけではなく、苦しんでいる企業も少なくありません。多くの調査は、DXの“失敗率”はおよそ7割程度であることを示しています(詳細は後述)。
DXの成否を分ける要因とは何でしょうか。それを明らかにした上で、解決の方向を示していきます。
●DXは70%失敗する──なぜなのか
DXの成否を分ける要因について考える前に、まず、DXとは何かを確認しておきましょう。
|
|
経産省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」によると、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」です。
また経済産業省が公表する「DXレポート2(中間取りまとめ)」によると、以下のようにデジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションの三段階が定義されています。
同時に、DXの各アクションを取り組み領域とDXの段階に分けて整理した「DXフレームワーク」も公表されています。こちらを見ると、もう少しイメージを持って理解を進められるでしょう。縦軸の取り組み領域それぞれについて、横軸を右に進めてみてください。既存のオペレーションやビジネスモデルありきのデジタイゼーション、そしてデジタライゼーションをへて、デジタルトランスフォーメーションの段階まで進むと、「これが“トランスフォーメーション”か」とお分かりになるかと思います。
しかし、そのDXにおいては、成功する割合が低いことが指摘されています。調査によって多少は変動しますが、一般に7〜9割のDXプロジェクトは失敗すると言われています。また、時間が経過してもこの成功確率には大きな変動は見られません。例えば、米ボストン コンサルティング グループの調査によると、2020年と2022年の両年において、DXの失敗率は約70%と報告されています。
さらに、2016年の米経済誌「Forbes」の調査では、84%の企業がうまくいっていない、と報告されました。2018年にはIMD(国際経営開発研究所、スイス)の教授であるマイケル・ウェイド氏が、95%の企業が失敗していると指摘しています。
|
|
なぜ、このようなことになってしまうのでしょうか。
●DXを成功に導く上で考えるべき「新しい軸」
経産省の整理は、確かに分かりやすく、DXを進めるための羅針盤としてはとても良くできていると思います。しかし、落とし穴を避けるために考えるべき大きなことがあります。それは、DXの目指す最終的なプロセスです。
その時点での技術の到達度に依存しますが、あるべき姿が全てデジタルで賄える場合とそうでない場合で、DXのビジョンが異なります。
例えば、Web上での広告ビジネスは、顧客も含めたプロセスはエンドツーエンドでつながっています。その一方で介護業界では、裏側のオペレーション管理などは現時点でもデジタルでカバー可能と思われますが、介護士による被介護者への、人による物理的なサービス部分のデジタル化はまだまだ先になるでしょう。
|
|
恐らく一番多いのは「デジタライゼーション、あるいはDXの段階で、ビジネスプロセスの中ではデジタル化が進んでいる。かといってビジネスプロセス全てが自動で行われるわけではなく、人が介在する操作がそれなりに存在する」という状態だと考えられます。
多くの場合、AIの進歩も相まって、エンドツーエンドで人が介在する部分をどんどん縮小させていくトレンドがあると思いますが、まだまだ人が介在する部分が多く残っているのが現実です。また、UXデザインとして、意図して人が介在する部分を残すこともあるかもしれません。
●成否をわける最大のファクターは“人”
目指すプロセスの状態が異なれば、「落とし穴」も変わってきます。先述した「人が介在する操作がそれなりに存在する」状態はどうでしょうか。
米ガートナーによると、デジタル変革を導入する際に企業が直面する最も一般的なハードルの1つは「変化に対する社内の抵抗」だということです。ほとんどの企業は、適切な従業員コミュニケーションの時間と労力を考慮していません。
筆者は、DXの成否を分けるのは「人」であると確信しています。人は2つのレベルでDXに影響します。
1つ目は、プロセスの効率化。エンドツーエンドのプロセスの中に人が介在するかどうかです。
仮にエンドツーエンドでデジタル化した場合、人の処理速度・認知能力の上限に律速されないため素早く・ミスがなく遂行可能となります。また、途中の判断に関してもアルゴリズムで代替できるため、例えばデータサイエンティストがアルゴリズムを変更し数パーセントほど効率を向上させる、といった活動が最終的な結果に影響します。
しかし人が介在している場合、人が何かをしなければもしくは精度を担保しなければ、プロセス全体の失敗につながります。
分かりやすいので、自動お掃除ロボットのルンバで説明します。まず、ルンバの出現により、時間をかけて掃除機を自分で動かす手間がなくなりました。しかし一方で、部屋をルンバが動ける「ルンバブル」な状態にしておく、という作業は、現時点では人でしか達成できません。
もしそのルンバブルにする作業が滞ってしまったとすると、ルンバを導入したメリットは享受できません。ルンバは毎日スケジュールされた時間に必ず動きだしますが、「実際に掃除がされ部屋がきれいになる」という状態達成のためには、プロセス上、人がルンバブルにしておくステップが最も大きな「落とし穴」になります。
2つ目は、人のトランスフォーメーションへの感度です。企業の出自や歴史に依存しますが、DXをもともと当然のこととして進めている企業と、そうでない企業では、DXの捉え方は異なります。
例えば、顧客とのプロセスが全てデジタル化されているWebサービスの企業などは、成り立ちからしてDXの余地がさほどないケースも珍しくないでしょう。一方、1990年代からIT化を徐々に進めてきたような伝統的な企業は、先述の段階を一つ一つ踏んでいく必要があるかもしれません。そうした中で、最終的に人が介在しない形に向かう場合でも、その過程で人が介在する状態が存在するケースというのは大いにあり得ます。
「どんな変革も大体7割ぐらい失敗する」という考えが存在します。90年代にBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の考え方を提唱したマイケル・ハマー氏は「BPRの失敗の確率は50〜70%だが、その数字はBPR自体が持つ成功・失敗の確率ではない。その多くの原因は人に起因するものである」と指摘しました。
つまりDXの失敗率が特に高いのではなく、 人が介在しているからこそ、BPRや他の変革と同じように7割が失敗していると考えられます。言い換えれば、これまでの失敗確率の高さは、人へのフォローが少なかったからためであるということです。
先述したように、DXは最終的には競争優位性を築くためのものです。近年はSaaSが一般的になり、どの企業も同じようなシステムを導入するようになりました。ではどこで企業間に差がつくのかというと、システムの使いこなし具合であり、つまりは人に依存します。各所でDXが推進される時代だからこそ、人が再び競争優位の源泉となったと言えます。
●人を軸としてDXを考えるには
人が重要であるという認識が前提にあるとして、それでは、人をどう動かすべきでしょうか。あなたの企業でデジタル化やDXを進めようというとき、社員が動かないのには、下記のような理由が隠れているかもしれません。
そもそも使いたくない
分からないから使えない
使えるけどすごく手間がかかる
使えるけどミスが多いから、結局やらなくなる
やっているけど目的に照らしてみると全然達成できていない
自分はデジタルを使うのは苦手だし、DXなんて関わりたくない
こうした状況を変えるものとして近年、注目されているのがDAP(デジタル・アダプション・プラットフォーム)です。「使い方が分かり、簡単にでき、ミスがない……DXもやってみるといいものだ」。そんなマインドを持ってもらえるよう、細かい積み重ねからユーザーの行動を変えていく仕組みを指します。
今や、ほとんどの企業変革はデジタルのタッチポイントありきで設計されます。しかしながら、いくらデジタル環境を整えても、実際に社員が使わないようでは意味がありません。抵抗感を持つ社員に対しても、変化を受け入れ、使いこなしてもらえるよう働きかけていくことを「チェンジマネジメント」といいますが、DAPはその一環にも位置付けられます。詳しくは次回、解説します。
(小野 真裕、WalkMe株式会社 代表取締役)
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。