【熊鍋】体が燃えるような熊肉パワーに驚き。「阿仁マタギの里」で熊鍋を食べる貴重体験:パリッコ『今週のハマりメシ』第160回

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2024年11月15日 12:01  週プレNEWS

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秋田の熊鍋

ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

【写真】巨大ななす田楽

* * *

ここ3ヶ月ほど、俳優の東出昌大さんのYouTubeチャンネルにハマっており、ヒマさえあれば見ては癒されている。 内容は山暮らしをする東出さんが、地元のつながりで手に入れたり、実際に狩猟してきたジビエなどの食材をあれこれ料理して食べるというものが多い。かまど調理がメインの東出さんの料理は豪快だが繊細さもあり、どれもたまらなくうまそうだ。また、勢いよく食べ、酒を飲み、うまそうにたばこを吸う笑顔は、モニターごしに見ているこちら側までをも幸せにしてくれる。あまりにハマり、東出さんの狩猟生活を追ったドキュメンタリー映画『WILL』まで、動画配信サービスで有料で見てしまったほどだ。

僕は、芸能人に限らず、よその家のプライベートや夫婦をはじめとした人間関係のルールなんて人の数だけあると思っているし、まったく興味が湧かない。なので、ゴシップ的な視点は1mmもなく、料理うまそうだなー。東出さんかっこいいなー。と思いながら、膨大な量のあるアーカイブ動画を、これからもゆっくりと楽しませてもらいたいと思っている。

ところで、動画に登場したなかでも特に印象深く、ごくりとのどが鳴ったのが「熊のモツ煮」だった。いろんな部位がごった煮になったそれは、見た目はかなりワイルドだけど上品な味らしい。熊肉と聞くとなんとなく先入観で、獣的なくさみがあるんじゃないかなんて考えてしまうけれど、まったくそうではなく、東出さん曰く、これまで食べてきたいろいろな動物のモツのなかでも「最上級に優しくてモツくささがない」そうだ。

そんなわけで、各種のジビエ、とりわけ、熊肉への憧れがつのる昨今なのだった。 話は変わって先日、あるきっかけから、2泊3日で秋田県をめぐるツアー旅行に参加させてもらう機会があった。

「偏愛日本!まだ見ぬ【史跡(伊勢堂岱遺跡)】×【マタギの食文化】の魅力への誘い北秋田3日間」というタイトルで、縄文文化とマタギ文化にまつわるスポットを中心に回りつつ、秋田県ならではの食事をたっぷり楽しめるという内容。

僕は予定の決まっていない気ままな飲み歩き旅が好きだから、これまでの人生でツアー旅行というものに自発的に参加したことがなかった。けれども今回は、なにか縁のようなものを感じた。実は近年、縄文やマタギの文化にも興味が湧いてきていたし、最終的な決め手となったのは2日目の夕食。なんと「熊鍋」が出るという。モツ煮ではないけれど、本場の熊鍋が食べられる機会なんて、多くの人にとってはそうそうないものだろう。

結果、ちょっと人生観が変わってしまうくらい良い体験の詰まった旅になったんだけど、それについてはまた別の機会があれば話させてもらうとして、今回は、熊鍋のこと。


初めて訪れた秋田県は、雄大な自然にあふれた心洗われる土地だった。杉並木が立ち並ぶ山々と広い空。紅葉も真っ盛りで、どこを見ても美しい。 2日目の宿は、そんな秋田のなかでも秘境と言っていい「阿仁(あに)」地域にある「秘境の宿 打当(うっとう)温泉 マタギの湯」。阿仁といえば、「阿仁マタギ」という人々の暮らす本場で、事前に田中康弘氏の名著『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』を読んでいたこともあり、その世界へ入り込んでしまったようで大感激した。


部屋に着き、窓を開けると眼下に川。その先に、うっそうとした山々が広がっている。熊たちが暮らしているのだろう。実際宿の方に、襲われてしまう可能性もあるから、不用意に散歩などには出ないほうがいいと言われた。

ツアーの一環として、実際に現役のマタギの方がふたりも参加してくださったトークセッションを聞き、硫黄と鉄と塩の香りがする温泉でじっくりと温まり、いよいよ夕食の時間。いくら秘境とはいえ、ここが温泉旅館である以上、いつもとすることは変わらないのであり、まずは湯あがりの体に生ビールを流しこむ。


夕食は、熊鍋がメインとはいえ、猟師小屋で大鍋を囲むというわけではない。地元の幸をふんだんに使ったコース料理仕立てだ。

秋田ではいたるところで山菜ときのこ類が出てきて、どれもいちいち感動的にうまかった。また、内陸部であるから、川魚料理もよく食べた。刺身で出てきたのはサクラマスと、なんとナマズ。どちらもさっぱりとしてうまい。続いて岩魚の塩焼きに、煮ものに漬けものにフルーツに......熊鍋の前に、こんな贅沢をしてしまっていいんだろうか。


また、巨大ななすの田楽がとても米に合い、熊鍋のために胃の容量を空けておかなければと思いつつ、ついつい山菜ごはんがすすんでしまう。


と、思いっきり旅館の夕食を楽しんでいると、そろそろ熊鍋が食べごろだそう。いよいよご対面だ。


鉄鍋にのった木蓋を持ち上げると、ふわりとみその香りが立ち上る。獣臭のようなものは一切ない。鍋のなかには、色の濃い熊の塊肉がごろごろ。それと、豆腐にねぎ。


まずは汁だけをすくい、ひと口飲んでみる。抜群の味加減のみそ汁に、今までに味わったことのない上品でふくよかな香りが広がるような、衝撃の美味しさだ。各テーブルのツアー参加者さんも、僕同様に「うわっ......」という声をあげている。


ではいざ、熊肉をいただいてみよう。人生初の本格熊肉だ。食感はじっくりと煮込まれた牛肉に近いだろうか。歯ごたえはしっかりありつつも柔らかい。強い生命力を感じるような、独特の香りと味がする。くさみやクセとは違う、なんとも説明が難しい、気品ある味わいだ。

さっきマタギの方が言っていたが、熊の主食はどんぐりなどの木の実が多くを占めるので、脂身が甘いのも特徴だそう。イベリコ豚を例えに出してくれていたのがわかりやすかった。そこでこんどは脂身が多めの肉を口に運んでみると、なるほど、これはすごい......。とろりと溶けて、芳醇な香りがして、確かに甘みがある。熊、うまい......。


ところでこの宿には、"幻のどぶろく"と呼ばれる名物の酒があるらしい。地元栽培の米と森吉山の伏流水で手作りした、添加物や保存料を一切使用してない昔ながらの濁り酒。作れる量が限られているから、在庫切れも珍しくない。そんな「マタギの夢」が、今日は運良くあるそうだ。追加料金はかかるけれど、1合700円はどう考えても安い。当然、お願いするに決まっているだろう。


口に含んだ瞬間に驚いた。どぶろくといえばこってりとした味と香りを想像してしまいがちだけど、このマタギの夢はものすごく清涼感がある。度数は10数度あるらしいが、まったくそれを感じさせない。口当たりは甘酒のようにどろっとしていて、ほのかに発泡感もあって、よく冷えているから後味が軽く、するすると飲めてしまう。 で、これがまた熊鍋とすさまじく合う。上品ながらも濃厚な味わいの熊肉と、爽快などぶろくのハーモニー。あぁ、秋田最高......。


僕が肉豆腐好きなことはこれまでに何度も書いてきたが、鍋から器に肉、ねぎ、豆腐を盛れば、これぞ"熊肉豆腐"だ。あらためて、こんな経験はめったにできるもんじゃないぞと、つゆの最後の一滴までありがたく味わった。

食後は当然、部屋に戻ってひとりで晩酌の続きをと思っていたが、敷いてあるふとんを見た瞬間、倒れ込むように寝てしまった。

数時間ぐっすり寝て、夜中の3時ごろ目が覚める。なんだか体が胃を中心に燃えているような、パワーみなぎる感覚だ。この地でとれた熊肉の、生命力ゆえだろうか。

火照る体を覚ますため窓を少し開けてみると、真っ暗な山の上に、はっとするくらい美しい星空が広がっている。なんたる体験。

しばらくそれを眺めつつ、買っておいた小瓶の地酒「北秋田」を、ちびちびと飲んでいた。

取材・文・撮影/パリッコ

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