“睡眠の質” お家との違いを比べてください 東京の名門ホテルが異例の「睡眠計測プラン」を導入した理由

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2024年11月16日 08:09  ねとらぼ

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名門ホテルが「睡眠」特化のプラン、その理由は

 おいしい料理、美しい風景、刺激的なアクティビティ……。そんな定番の観光体験に一石を投じるような観光スタイルが注目を集めている。睡眠を目的とした「スリープツーリズム」だ。その市場規模は世界で10兆円を超えるとも言われる中、日本で新たな市場を切り拓こうとする名門ホテルを取材した。


【画像】ホテル宿泊時の様子


●名門「ホテル椿山荘東京」が打ち出した新プラン


 東京・文京区にある「椿山荘」。明治時代に第3・9代内閣総理大臣の山縣有朋が作った、和の趣を全面に感じさせる庭園だ。その一角にある「ホテル椿山荘東京」は(開業当時は「フォーシーズンズホテル椿山荘東京」)、国内外から高い評価を得ている高級ホテル。近年は、増加する外国人観光客などを念頭に、茶道などの「和のおもてなし」を打ち出したサービスに力を入れている。


 そのホテル椿山荘東京が3月から実施しているプランが「Sleep wellステイ」(1人1泊9万8800円〜)と「睡眠脳波計測付きステイ」(1人1泊7万6100円〜)。その名の通り、いずれも「眠ること」に重きを置いた宿泊プランで、宿泊数は1泊。特徴的なのは、宿泊する前日、あるいはそれより前の日もプランの対象に含まれることだ。


 一体どういうことなのか。ねとらぼ編集部では「Sleep wellステイ」を体験することにした。


●家で4日、ホテルで1日「睡眠の質」を計測


 「Sleep wellステイ」プランが始まるのは、宿泊日からさかのぼること4日前(「睡眠脳波計測付きステイ」の場合は宿泊1日前)。まずは自宅で「InSomnograf(インソムノグラフ)」という機器を用いて、就寝することになる。


 「InSomnograf」は、筑波大学発のスタートアップ企業であるS’UIMIN(東京都渋谷区)が開発した睡眠時の脳波を測定できるという機器だ。額と耳の裏に電極シートを当てて眠ることで、「レム睡眠」「浅い睡眠」「深い睡眠」といった睡眠の種類別に長さなどを測定。計測が終わった翌朝には、睡眠の質が1000点満点でスコア化される。


 そして、プラン5日目となる日にようやくホテル椿山荘東京にチェックイン。ホテルではサウナや温泉、ジムなどを備えたスパ施設が利用可能で、バー「ル・マーキー」ではオリジナルのカクテルも楽しめる。もちろん、自慢の庭園を散策することも可能で、都会の喧騒から離れたリラックス体験を満喫できる。


 就寝時には家と同様に「InSomnograf」で脳波を測定しながら、ベッドで寝ることになる。部屋にはオリジナルのアロマオイルも用意されており、リラックスした香りの中で眠りにつくことができる。


●5日間の計測結果は……


 翌朝、起床してホテルでの計測を終えると、自慢の朝食を食べた後、ホテル内の再生医療専門クリニック「N2クリニック」で、5日間の計測結果をもとに医師の診断を受けられる。


 計測をする前は、「ちゃんと眠れていないような感覚」に毎日悩まされていた編集部員。家での4日間の測定スコアはいずれも800点前後と決して悪い数値ではなかったものの、「深い睡眠の質」が相対的に良くないという結果が出ていた。


 しかし、ホテル宿泊日には深い睡眠の質が5日間の中でもっとも良好という診断結果が出た。心なしか、5日間でもっとも「よく眠れた」と感じたのは、ホテルの宿泊日だった。


 N2クリニックホテル椿山荘東京院の野村紘史院長はプラン利用者の傾向について、「いらっしゃる方の悩みは千差万別だが、日中の疲労感など睡眠の質に関する悩みや、いびきの問題、寝ている間に起きてしまうといった問題を抱えている方が多い」と話す。


 実際に測定をすると、睡眠に問題がないと思っている人でも眠りが浅かったり、いびきをかいていることが分かる場合がある、と野村院長。測定結果を受けて測定日の行動を振り返ると、「深酒をした」「遅くまで仕事をした」などと睡眠の質に影響を与える可能性がある行動を洗い出せるという。


 測定をした利用者は、生活習慣を整えたり、症状が重い場合は別の病院で検査をするなど、睡眠を改善するためのなんらかの行動につなげていく。家とホテルの計測結果を比較することで、寝具や部屋の明るさなど、睡眠環境の違いを考えるきっかけにもなるとしている。


●プラン導入の背景は


 ホテルはなぜ、こうしたプランを始めたのか。ホテル椿山荘東京を運営する藤田観光の担当者は「スリープツーリズム」への関心の高まりが背景にあると説明する。


 スリープツーリズムとはその名の通り、良質な睡眠を目的とした観光スタイルのこと。2020年代に世界中でブームとなり、海外の調査会社によると、2024年の世界の市場規模は日本円で10兆円を超えると予測されていた。


 かつて「24時間戦えますか」というキャッチコピーが流行したこともある日本。経済協力開発機構(OECD)の2021年の調査によると、日本の平均睡眠時間は主要先進国の中でもっとも少なく、世界でも屈指の「睡眠負債国」だ。


 一方、近年では“睡眠の質向上”を売りにした飲料「ヤクルト1000」のヒット、楽しみながら睡眠を計測できるアプリ「ポケモンスリープ」の登場など、睡眠をテーマにした国内市場が活発化。睡眠を観光資源の一つにしようとする動きも注目されている。


 ホテル椿山荘東京では、自慢の庭園を生かしたリラックス体験、ホテル内にクリニックが入居しているという強みを生かし、3月から睡眠に特化した2つのプランを導入。インバウンド需要が活況な宿泊業界だが、家での睡眠測定を必要とするプランであることから、主なターゲットは健康や睡眠に関心がある日本人の利用者だという。


 担当者は利用者からの反響について「実際に診察まで受けられてよかった」と、サービス内容に納得する人が多いと説明。2025年以降もプランは継続予定だとしている。


●国内でも高まる「スリープツーリズム」熱


 スリープツーリズムに力を入れるのはホテル椿山荘東京だけではない。カプセルホテル「ナインアワーズ」では、都内5施設で睡眠解析サービスを展開している。サービスではカプセルの中に設置されたセンサーで宿泊者の体動・いびき音・寝顔画像などを測定し、その結果をもとに自分の眠りの質と向き合うことができる。


 良質な睡眠環境をアピールしている施設もある。「HOTEL GREAT MORNING」(福岡市博多区)は、名前の通り「最高の朝」を迎えることに特化したホテル。エアコンの代わりに無風・無音の冷暖房システム「F-CON」を設置することで“快適な睡眠環境”を打ち出している。


 鹿児島・奄美大島の最南端にある「THE SCENE」(瀬戸内町)は、周囲が大自然に囲まれた高級ホテル。「快眠体質プラン」ではヨガやヘッドケアなど、心地よい眠りのためのプログラムを体験できる。このように、同じ睡眠特化のサービスでも、ホテルによってコンセプトはさまざまだ。


 ホテルでの睡眠体験を通じて、日常の睡眠を見直してみる――。そんな新たなレジャーの形が、これから拡大していくかもしれない。


(取材協力:藤田観光)



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