「正直、世間の方々のイメージは、私たちの実態とかなり乖離(かいり)しています」――こう述べたのは、電動キックボードや電動アシスト自転車など、電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP」を提供するLuup(東京都千代田区)の岡井大輝社長だ(※1)。10月24日に開催された、LUUPのCM放映開始を発表する記者会見での一言である。
※1:本記事ではLUUPをサービス名、Luupを社名と使い分けています。
岡井氏がこのように強調するのは、SNSやマスコミを中心に「LUUP叩き」が起こっている現状を見てのことだろう。Luupは現在、都内を中心に全国11都市にサービスを展開。1万カ所以上のポート(電動マイクロモビリティを借りられる場所のこと)がある。
LUUPに対しては「一部の若者が遊び半分で乗っている」など悪いイメージも根強い。しかし、同社は調査結果から40〜50代も含めた幅広い年齢層が使っていること、用途としては日常生活で使用されていることを示し、LUUPの広がりとともに加熱するマスコミの報道やSNSの意見に対して釘を刺した形となる。
|
|
●「悪目立ち」しているLUUP、その理由は?
この件に関して、筆者は気になることがある。「なぜLUUPだけがこんなにも悪目立ちしているのか」ということだ。「シェアリングモビリティ」というくくりで見れば、他にもドコモ・バイクシェア(東京都港区)が手掛ける自転車シェアリングや、OpenStreet(東京都港区)が手掛ける「HELLO CYCLING」がある。これまではこの2社とLuupの「三国志」状態だったが、今年7月にドコモ・バイクシェアとOpenStreetが業務提携を発表。2025年度には相互乗り入れを開始するため、事実上の二強状態となる。
ドコモ・バイクシェアとHELLO CYCLINGを合わせたポート数は約1万2200カ所(2024年7月時点)と、LUUPを上回る。ちなみに、HELLO CYCLING単体でも、つい数カ月前まではLUUPよりポート数が多かった。ポート数が多ければ多いほどトラブルなども増えると考えられ、LUUPだけが叩かれるのも不憫(ふびん)な話である。
誤解を恐れずに言えば、現在のLUUPはシェアモビリティの中でも「悪目立ち」している状況なのだ。なぜこのような状況になっているのだろうか。
●LUUPにも問題は多いが……
|
|
大前提として、LUUPの問題は見過ごせない。SNSなどで拡散されるLUUPの危険運転やマナー違反などは、ローンチ当初から見られるものだった。特に、運転時に推奨しているヘルメットの着用(CMでも二宮和也氏がヘルメットを装着している)だが、実際の路上では、ほとんどの利用者がヘルメットを着用していない。
こうした順法意識の浸透や、マナー違反、事故対策が後手に回ってしまっていることは、批判されても仕方ないだろう。加えて、諸外国では電動キックボードが規制されている現状もある。
また、10月16日に発表された新体制では、元警視総監の樋口建史氏がLuupの監査役に就任。これが「天下りではないのか?」という憶測を呼び、批判が加速した。ここ数年の電動モビリティに対する規制緩和には「LUUPのためでは?」と思えてしまうものも多く、そうした批判へ火に油を注いだ形となった。度重なる規約の改正なども「改悪」と言われ利用者から不満の声が出ることもあり、総合的にLUUPへの不満が噴出している状況だ。
●LUUPが持つ「叩かれやすい構造」
これらを踏まえた上で、筆者は「LUUPには『叩かれやすい構造』がある」と考えている。それはなぜか。答えは大きく分けて2つある。「インパクトが大きい」車体と「都心中心のポート戦略」だ。
|
|
筆者は以前、LUUPの競合サービスのHELLO CYCLINGを手掛けるOpenStreetの代表・工藤智彰氏にインタビューしたことがある。その際、工藤氏が興味深いことを述べていた。「電動キックボード」の見た目のインパクトについてである。
『やはり、あの車体のインパクトはすごかった。キックボードに乗って走っているだけで、シェアサイクルの印象が刻まれるわけです』(マネー現代 2024年5月19日)
前述の通り、Luup以外にもドコモ・バイクシェアやOpenStreetなどの事業者がいる。ただ、ドコモ・バイクシェアやOpenStreetが主力としてきたのは通常の自転車と変わらない、いわゆる「電動自転車」的なものだった。
一方、Luupは「電動キックボード」という「立って」操作する「見慣れないもの」を主力としてきた。Luupは電動自転車のサービスも手掛けているが、「LUUP」と聞いて思い浮かべるのは、やはり電動キックボードだろう。選んだ車体が「悪目立ち」の原因となっているのだ。
●Luupが仕掛けた「都心中心」のポート戦略
こうした「インパクトの強い車体」の効果がさらに強まるきっかけが、Luupのポート戦略にある。Luupは基本的に、ポートを都心中心に拡大してきた。言うなれば、チェーンストアの「ドミナント戦略」のようなものである。これは、あるエリアで集中的に数を増やし、そのエリアでの覇権を握ることだが、それを都心部で行ってきたのだ。
その効果は抜群だったようで、10月24日の会見で岡井氏は「例えば北参道駅のような場所のコンペがあるとき、シェアサイクル事業者が複数手を挙げても、基本的に弊社が選ばれます。渋谷方面に行きたい入居者のために、マンションやオフィスのオーナーは、そのエリアにポートを持つ弊社を選びます」と述べている。都心に集中的にポートを増やした結果、新しく都心にシェアモビリティができる際も、相互の乗り入れの便利さを含めてLUUPを選ぶ人々が増えているのだ。
この戦略は徹底していて、現在LUUP公式Webサイトでポートの配置を見ると、多摩川より西、そして荒川よりも東には現状、ポートが1つもない。川を基準に配置の有無を決めているのだ。東京の川向こう側に住む人の中には、LUUPを借りたのはいいけれど、返す場所がなくて困った人もいるだろう。それは、Luupの徹底したドミナント戦略によって発生するのだ。
●メディアとの共犯関係
こうした都心部ドミナント戦略も、「悪目立ち」をもたらす。なぜか。LUUPの問題を扱うメディアは、基本的には東京に本拠地を置いている。となると、記事や番組を作る記者や製作陣の多くは首都圏に住むことになり、そこで報道される内容も無意識的に「首都圏中心主義」になりがちだ。
そんなメディア人の目に、最近やけに見慣れないLUUPの姿が入ってくる。しかも、利用者のマナーは悪いらしく、運営会社は何やら政府とズブズブの関係にあるらしい……となれば、取り上げざるを得ない。こうしてLUUPがメディアで「悪」のように扱われるようになるのだ。
その結果、読者や視聴者は自分のエリアの周りにLUUPがなくても(実際、LUUPは全国11都市にしかないのだから、無いエリアに住んでいる人の方が多い)、「なんとなくLUUPは危険そう」というイメージを持ち、全国的にふんわりとした「LUUP=悪」の論調が形成されていくことになる。
●LUUPのニーズはどこにある?
いくらLUUPが東京を中心にシェアを拡大しようとも、そもそも消費者がLUUPに対する強い需要を持っていなければ、この説は成立しない。これだけLUUPがシェアを広げている背景には、東京という街の構造に大きな理由があると言える。
筆者は以前、記事執筆に際し、渋谷周辺のLUUPのポートを100カ所回ったことがある。渋谷周辺をLUUPでぐるぐる回ったところ、渋谷周辺の駅の場合、地下鉄や電車よりも、LUUPの方が早く目的地に着く場合が多いことが分かった。
地下鉄の場合、直線距離で行けるところが路線の乗換によってあえて遠回りをしていたり、JRや井の頭線、小田急線などが複数乗り入れているために、電車の乗り換えが必要になったりと、渋谷という街のサイズの割に、公共交通機関が多すぎて逆に不便が生じている。そんな都市の中で、LUUPは慣れれば非常に便利に都心を行き来できる乗り物なのだ。
●設置事業者にもニーズがある
一方、LUUPは設置する事業者にとってもメリットがある。100カ所ポートを回った際、LUUPのポートは「こんなところに!?」と驚くほど小さい、いわゆる「極小ポート」が多く存在するのだ。
Luupによると、ポートの設置は「自販機2台分のスペース」が望ましいとしている。しかし、実際はもっと小さなポートも多い。不動産オーナーからは、ちょっとした隙間を収益に変えることができるため歓迎されるのだという。
不動産オーナー向けサイト「楽待新聞」の記事によると、LUUPを設置したことによる表面利回りは、0.05〜0.2%増だという。物件によっては微々たるものであるが「入居者満足や物件のステータスへの影響の方が大きいとの見方もある」とのこと。特に都心部の物件の場合、LUUPがあることによって、物件価値が相対的に向上するケースもあるだろう。いずれにしても、不動産オーナーにとっても、LUUPを設置することは悪くはない話なのである。
このようにユーザー側、設置者側のメリットもあるから、LUUPの数は増えていく。そしてそれが東京中心でメディアに報道され、「悪目立ち」する。LUUP叩きの背景には、このようなカラクリがある。
●「長期的かつ俯瞰的」にLUUPを捉えてみよう
LUUPが「悪目立ち」する構造的な要因を探ってきたが、これは我々がさまざまなモノを見て、語るときの重要なポイントを教えてくれる。「長期的かつ俯瞰的な視点で物事を捉える」ことの重要性だ。LUUPを批判するにせよ肯定するにせよ、感情論や表面的な報道を見て評価すべきではない。
これまでも日本において新しいモビリティが普及するときは、こうした「叩かれ」の構造が発生している。例えば、自転車。自転車はもともと、明治時代に外国人たちが持ち込んだ。大阪ではこの新しい乗り物が受け入れられず、明治3年には「道路上での自転車の通行を禁止する法令」が出されたこともあったという。現在の我々からすれば驚くぐらい大袈裟(おおげさ)な受け止めだが、新しいものが普及するときは、こうした反応が常に起こる。
自転車はその後、さまざまな法令による規制を繰り返しながら、少しずつ日常生活になじみ、生活のあり方を変えてきた。LUUPも長い時間の中で暮らしに根付き、いずれは「当然のもの」のようになっていくかもしれない。現在のLUUPが置かれている状況を冷静に把握し、長期的な視点でそれが我々に与える影響を検討すべきではないだろうか。
●著者プロフィール
谷頭和希(たにがしら かずき)
都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。チェーンストアやテーマパーク、都市再開発などの「現在の都市」をテーマとした記事・取材などを精力的に行う。「いま」からのアプローチだけでなく、「むかし」も踏まえた都市の考察・批評に定評がある。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』他。現在、東洋経済オンラインや現代ビジネスなど、さまざまなメディア・雑誌にて記事・取材を手掛ける。講演やメディア露出も多く、メディア出演に「めざまし8」(フジテレビ)や「Abema Prime」(Abema TV)、「STEP ONE」(J-WAVE)がある。また、文芸評論家の三宅香帆とのポッドキャスト「こんな本、どうですか?」はMBSラジオポッドキャストにて配信されている。
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。