◆観客の涙腺が崩壊!? ミニシアターランキングで動員1位を獲得
第96回米国アカデミー賞®長編アニメーション映画賞にノミネートを果たし、宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』と競い合い、名だたる映画賞を席巻した『ロボット・ドリームズ』。1980 年代のニューヨークを舞台にドッグとロボットの友情を描き、世界中を涙と感動で包み込んだ話題作が11月8日に封切られた。
監督を務めたのは、『ブランカニエベス』(2012)で第27回ゴヤ賞10部門を受賞したスペインの名匠パブロ・ベルヘル。ミュージックエディターの妻・原見夕子とともに来日を果たしたパブロ監督に、アニメ初挑戦への思い、さらには、「クリエイター同士の結婚は続かない」という定説などどこ吹く風、夫婦円満に作品を作り続ける秘訣を聞いた。
◆全編セリフなしで初のアニメーション映画
――実写映画の経験しかなかったパブロ監督が、アニメーション映画に挑戦したいと思ったきっかけは何だったのでしょう。
パブロ監督:アメリカ人作家サラ・バロンが描いた切なくも温かいグラフィックノベルに出会ったことが理由です。最初はドッグとロボットのユーモラスなやりとりを微笑ましく思っていたんですが、ロボットと離れ離れになるという辛い局面にぶつかったドッグが、それをどう乗り越えていくのか…そんなことを思いながら作品の世界に浸っていたら、いつの間にか感動して泣いていたんですね。しかもこのグラフィックノベルにはセリフがなく、絵の力だけでここまで感情を動かされたことにも驚かされた。これは何としてでも映像化し、映画ファンの皆さんにも彼らの友情と絆の物語をお伝えしたいと思いました。
――全編セリフなしで初のアニメーション映画というところは大きなチャレンジだったのではないでしょうか?
パブロ監督:前作『ブランカニエベス』もサイレント映画でしたが、私の場合、「映像で伝えたいことを表現する」というスタイルが自分の中心にあるので、挑戦というよりも喜びを感じながら制作に臨んだという感じです。ただ、アニメーションに関しては、確かに新しい経験の連続でしたね。特にチャレンジングだったのは、アニメーションスタジオを作ったことですね。
――え?この映画のためにですか?
パブロ監督:そうなんです。もともとはアイルランドのアニメーション制作会社と一緒に組んでやろうと思っていたんですが、 コロナ禍で思うようにできなくなったので、プロデューサーと相談して、「いっそのことスタジオを作ってしまおうか」という話になって。ポップアップスタジオと言っているんですが、とにかく突貫工事だったので、それが一番大変でしたね。ただ、演出に関しては、役者からアニメーターに変わっただけなので、比較的スムーズに行きました。つまり、アニメーターが作ったアニメを観て、自分がどれだけ心を動かされたか…そこは役者と同じですから、自分の中にある感情の“探知機”に従ってディレクションするだけでした。
◆監督の妻は、日本人でミュージックエディター
――妻である原見さんはミュージックエディターとして参加されたわけですよね? 全編セリフがないだけに音楽が担う役割も大きかったと思います。
原見:そうですね、この作品はとても普遍的なテーマでありながら、一人一人それぞれの人生に寄り添うようなお話ですから、音楽が前に出すぎて目立つようなものにはしたくなかったんです。だから、ここはちょっと楽し気なところとか、ここは泣くところとか、観客を誘導する押し付けがましい音楽は一番避けたかった。パブロのサイレント作品は映像だけで十分面白いし、十分感動するし、十分話も伝わるので、「音楽があるとより魅力的な作品になるね」くらいでちょうどいいのかなと。
――押し付けがましさは全くなかったです。自分の感情のおもむくままに泣いたり、考えたり、嬉しくなったり…音楽に誘導されたという感覚はなかったです。
原見:それは嬉しい感想ですね、良かったです! 私の目標は達成できたってことですね。
◆奈良公園で鹿におせんべいをあげた
――原作の舞台は、アメリカの名もなき場所ですが、それをあえて大都会ニューヨークにしたのはなぜですか?
パブロ監督:ニューヨークに10年間住んでいたことがあり、とても思い出深く、いろんなことを経験し、学んだ街。夕子と運命的に出会ったのもこの街なので、ニューヨークへのラブレターみたいな作品にしたかったんです。
――お二人のなれそめをお聞きしてもよろしいでしょうか?
原見:年齢は3つしか違わないんですが(パブロ監督が3つ上)、彼がニューヨークフィルムアカデミーの講師で、私はその生徒でした。彼が日本贔屓だったわけでもなく、私もスペインにそれほど興味があったわけではなかったので、本人同士の相性が良かった、ということでしょうね。
――ご結婚されてからは、パブロ監督も日本にすごく興味を抱いたんじゃないでしょうか?
原見:私の故郷である奈良県に行って、私の両親も交えてお茶(茶道)を嗜んだり、奈良名物のかき氷(抹茶味)を食べたり、奈良公園で鹿におせんべいをあげたり、そこで少し日本に触れることができて大好きになったみたいですね。今では日本の食べ物と洋服に目がありません。ユニクロも好きでよく着ていますよ(笑)
◆夫婦円満の秘訣は異常なまでの映画愛
――ご夫婦で映画の仕事をするってどんな感じなのでしょう? 四六時中一緒にいるわけですよね?
原見:友達や仕事仲間からは、「よく続くね」と言われます。クリエイター同士の夫婦やカップルは別れるケースが多いんですよ、特にスペインは。
――お二人はご結婚されて約30年だそうですが、夫婦円満に仕事を続ける何か秘訣があるのでしょうか?
原見:どうですかね…まず、日常の暮らしと仕事を完全に分けることは難しいですね。家でも私たちが仕事の話ばかりしているので、娘はうんざりしているようで、「映画の仕事だけは絶対にやりたくない」と言っています。そんな調子ですから、夫婦円満でいられる秘訣があるとしたら、やはり、二人とも「無類の映画好き」というのが大きいかもしれませんね。
パブロ監督:私の一番の協力者であるとともに、人生の良きパートナーである夕子とは、たぶん、生きるリズムや感性が似てるからだと思います。映画やアート、本などの好みも非常に似てるところがあるし、先程、夕子も言っていたけれど、一日中、映画のこと、仕事のことを喋っていても話が尽きることがない。ゴハンを食べるときも、部屋でくつろいでいるときも、それこそ朝起きてから夜寝るまで喋ってもまだ喋り足りないくらいなんですよね。だから30年も続いてきたんだと思います。
――なるほど、子は鎹(かすがい)ならぬ、映画は鎹みたいなところもあるわけですね。最後に、読者にメッセージをお願いいたします。
パブロ監督:私にとって映画とは、白昼夢のようなもの。もし、そういった異次元の世界に行きたい人がいたら、ぜひこの映画を観てください。1980年代のニューヨーク、愛すべきドッグとロボットが皆さんをお待ちしています。
<Story>
大都会ニューヨーク。ひとりぼっちのドッグは、寂しさのあまり、テレビCMで観たロボットを購入する。ニューヨークの名所を巡りながら、深い友情を育んでいくドッグとロボット。ところが夏の終わり、海水浴を楽しんだ帰りにロボットが錆びて動けなくなり、さらにはビーチが翌夏まで閉鎖されるという悲劇に見舞われる。 離れ離れになったドッグとロボットは、次の夏、果たして再会することができるのか?
取材・文/坂田正樹 撮影/朝岡英輔
【坂田正樹】
広告制作会社、洋画ビデオ宣伝、CS放送広報誌の編集を経て、フリーライターに。国内外の映画、ドラマを中心に、インタビュー記事、コラム、レビューなどを各メディアに寄稿。2022年4月には、エンタメの「舞台裏」を学ぶライブラーニングサイト「バックヤード・コム」を立ち上げ、現在は編集長として、ライターとして、多忙な日々を送る。(Twitterアカウント::@Backyard_com)