いつものように落ちないフォークを、どの場面で投げるか──。1点リードを逃げ切ればスーパーラウンド進出が決まるキューバ戦の9回表、一死満塁のピンチで侍ジャパンの藤平尚真(楽天)は冷静に思考を巡らせていた。
11月17日、第3回プレミア12で侍ジャパンが初めて屋外球場で臨んだ一戦は、強い雨と風が降り注ぐなか、負ければあとがないキューバとの死闘になった。
【悪条件のマウンド】
5回を終えて5対1とリードした侍ジャパンだが、6回に3点、7回に2点を返されて6対6で8回を迎える。キューバの6番手リバン・モイネロ(ソフトバンク)から8回裏に栗原陵矢(ソフトバンク)の犠牲フライで1点を勝ち越すと、藤平が最終回のマウンドに向かった。
「今日は9回、3点差のセーブシチュエーションはいくから頼むよ」
台湾ラウンドでの韓国戦、チャイニーズタイペイ戦と連投していたクローザーの大勢(巨人)を休ませるべく、首脳陣は藤平に最終回を託した。藤平は初戦のオーストラリア戦、台湾に移動しての韓国戦といずれも3者連続三振に切っており、全幅の信頼で送り出したはずだ。
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だが、藤平にとって過去2試合はドーム球場だったのに対し、キューバ戦の天母球場はまるで異なる環境だった。試合序盤から強い雨と風が吹き荒れ、マウンドの土も粘度質だ。さらに、この日に任されたのは最終回のマウンドだった。
9回、藤平は先頭打者にストレートを続けてボテボテのショートゴロに打ち取ったものの、続く4番アルフレド・デスパイネにはフォーク、スライダーが抜けて、7球目のストレートをセンター前に弾き返された。
つづくアリエル・マルティネスにはストレートを3球続けたが、レフト前に運ばれて1死一、二塁。つづく6番エリスベル・アルエバルエナには初球のフォークがすっぽ抜け、死球で満塁のピンチを迎えた。
「バッターには申し訳ないですけど、デッドボールのところで『今日のフォークはしっかり狙っても、こういうボールなんだな』って思いました。バッターには痛い思いをさせて申し訳ないですけど、『今日は少し浅く握ってストライクゾーンから落とすイメージにしたほうが絶対いいな』と。そこはシーズン中にも何回かあったことなので、その経験が生きたと思います」
一死満塁の大ピンチ。メジャーリーグで9年のキャリアを誇る左打者ヨアン・モンカダを打席に迎えた。
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ストレートを2球つづけた藤平はいずれも外したが、それでも頭のなかは冷静だった。
「真っすぐも若干浮いていました。ちょっと高めに吹けるというより、低めを狙って高めにいくことがあったけど、そこはクイックピッチでしっかり下から動いて(リリースを)合わせていけば大丈夫かなと」
決め球のフォークが抜けていたなか、バッテリーはスピンの効いたストレートで押した。3、4球目は高めのストレートを続けて空振り、ファウルで追い込むと、5球目は捕手の佐藤都志也(ロッテ)が構えた内角高めに153キロを計測し、モンカダを見逃し三振に仕留めた。
【失わなかった冷静さ】
二死満塁。打席に迎えるのは、途中出場で8回にセンター前安打を放っている右打者アンディ・コスメ。
藤平は150キロ台のストレートを4球つづけて2ボール、2ストライク。5球目は内角高めにストレートを投じると、コスメはファウルで粘った。
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全体的にストレートに強さを見せるキューバ打線に対し、藤平はモンカダの打席から10球つづけて真っすぐを選択している。はたして、最後まで力勝負を貫くのだろうか。
雨が強まるなかで4955人の観客が固唾を飲んで見守っていると、コスメは打席を外した。バットに滑り止めのスプレーを吹きかけながら、ひと呼吸入れる。
藤平もマウンドを外し、後方で屈伸しながら頭のなかを整理した。
「ああいう間(ま)は雰囲気がちょっとずれる感じがして、すごく嫌でした。まず(佐藤)都志也さんがフォークを出すんだったら、(リリースを)合わせにいっても絶対に浮くと思ったんで、しっかり腕を振ってベース板の上に投げること。真っすぐを投げ切るんだったら高さは気にせずに、アウトコースとインコースのどっちが出ても、コースだけしっかり意識して投げれば絶対大丈夫って思いました」
最初は「嫌な間」だと感じたが、すぐにやるべきことを冷静に見直した。
コスメが打席に戻ると、6球目、佐藤が選択したのはフォークだった。藤平は頷くと、ウイニングショットをいつもより浅く握り、右腕を思い切り振る。142キロのフォークは鋭く落ち、コスメのバットに空を切らせた。
「(プレミア12での)毎試合、フォークが本当にうまいこと決まっていたので、その感覚がすごくありました。今日は雨、風でボールが抜けたり、引っかけたりしていて、ちょっと嫌な感じはしたんですけど、フォークは絶対に使わないといけないボール。どこかで絶対に一発で決めてやろうという気持ちはあったので、それが一発で決まってよかったです」
絶体絶命のピンチをしのいで勝利を手繰り寄せた直後、藤平は思わず座り込んだ。厳しい状況に置かれたなか、胸の内が透けて見えるような仕草だった。
「まずは絶対ゼロで帰りたいと思っていたので、ホッとした気持ちでした。あとはここをゼロでしっかり押さえるという気持ちが強かったので、(ゲームセットで)気持ちがちょっと切れた感じがして。でも、すごくいい経験ができているなって感じています」
10月末の宮崎合宿から藤平を取材していて感じるのは、ポジティブシンキングと、日本代表の中継ぎを任されている責任感、そして成長への貪欲さだ。最終回を任されたキューバ戦は1点も与えられないプレッシャーに加え、強い雨と風、粘度質のマウンドなど苦しい状況だったはずだが、それでも試合後に口をついて出るのは前向きな発言ばかりだった。
「正直(スパイクを)たたいても、足をならす道具を使っても土が取れなくて、ずっと重いスパイクを履いている感覚で投げていました。そこは練習ではどうにもならないところだと思います。でも、本当にこういう経験をできてよかったなと思います。(次に)もしこういう経験があったら、今日のことを思い出して投げられるかなというぐらいの感覚でいました」
1点リードの一死満塁、絶体絶命のピンチ。力強いストレートを高めにつづけ、最後の最後でフォークを落として侍ジャパンに勝利をもたらしたのは、藤平の前向きなピッチングだった。