もちろん、家庭は夫婦で協力しなければやっていけないし、今どき少しでも威張ったら妻に冷たくされるだけだから、おとなしく言うことを聞いてはいるが、本音は「家では気の向くまま、好きなように過ごしたい」「せめて指図はやめて」と言いたいのかもしれない。
よくできた妻だけれど「指図が多い」
「うちの奥さんは本当に頑張り屋だし、家族の健康を第一にいろいろ考えてくれている。僕も毎日、お弁当を作ってもらっています。ただ、妻には言えないけど、昼食の弁当にしろ夕飯にしろ、こうやって食べてという指図が多いんですよね……」妻が近くにいるわけでもないのに声をひそめて言うのは、マサキさん(43歳)だ。
彼が健康診断で要再検査と出た3年前から、妻の締め付けはきつくなった。再検査したら何でもなかったのだが、それをきっかけに塩分や糖分などについて口うるさく言われることとなってしまったのだ。
「お弁当にはメモがついてきます。今日の昼は、こんなところに気を遣って作りましたと書いてある。例えば『肉には味がついているから、これ以上、味を加えないこと』とか、『トマトには塩をつけないでこのまま食べて』とか。
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僕の健康というより、一家の稼ぎ頭だから
結婚して11年になる妻がそれほど事細かに指図するのは、彼女の父親が40代で亡くなっているから。40代を健康で乗り切れば長生きできたはずなのにという思いがあるようだ。とはいえ、父親がひどく不摂生をしたわけではない。病はどんな時に誰に訪れるかは分からないのだから。だが妻は、子どもも小さいのだからあなたに何かあったら大変、というのが口癖になっている。
「そういうのって、本当に僕の健康を考えているわけじゃなくて、結局、主たる稼ぎ主がいなくなったら自分も子どもも食うに困る。だから健康で働いてお金をもってきてね、ということなんじゃないかと僕はひねくれてるから思うわけです。
そもそも、お弁当をどう食べようと僕の自由だとも思うんですよね」
メモを見ずに捨てようかと思ったこともあるが、やはりまったく見ないわけにはいかなかった。
夕食でも指図され、冬になると白湯を差し出され
当然、夕食の時も「まずこれね、次はこれ」と、妻におかずを食べる順番を指定される。いきなり白米を食べようものなら、「どうして!」と妻の甲高い声が響く。野菜から食べた方が血糖値の急上昇を抑えられるというのだ。
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家にいても水分はこまめに、入浴前後、睡眠前後は絶対に水を飲んでと言われる。秋冬は「はい、これ」と白湯が差し出される。体にいいのは分かっていても、「本当なのかな」と思う気持ちと、たとえいいとしても「時にはジャンクなものをジャンクな食べ方で」と思うこともある。人間、正しい理屈だけで生きてはいられないのだ。
「外食もうるさいんですよ。小学生の子を2人連れていたら、だいたいファミレスになっちゃうんだけど、一品料理はダメだと言われるんです。定食風にいろいろな食材が入っているものでないと。
子どもがハンバーグ定食を頼んだら、野菜サラダを追加される。肉の3倍の野菜をとらなければいけないと妻は信じているから、帰宅してから手作りの野菜ジュースを飲まされたりします。外食して帰ったら、家族でのんびりしたいなと思うんですが、妻はせっせとキッチンに立つ。もういいじゃん、というと怒られます」
ついに学校給食にまでダメ出し
ブロッコリーはゆでると栄養がなくなるから焼いて食べるのがいいとか、タマネギは加熱するとある種の栄養分がなくなるとか、もちろんそういう知識は大事だとマサキさんも思っているが、それに縛られて食べたいものが食べられない、出てきたものをおいしく食べられないのは、かえってよろしくないと感じている。「子どもの給食の献立を見て、『ちょっと栄養が偏ってる』『栄養が足りない』とつぶやくんですよ。下の子なんて1年生だから、学校でうちのママが、栄養が偏ってるって言ってたよと意味もわからず先生に伝えてしまって……。学校や先生の非難を子どもの前で言わない方がいいと僕は思うんですけどね」
子どもに、勉強しろとうるさく言ったりすることはないのに、食事にだけは本当に細かい。それがありがたいような迷惑なような、時々モヤモヤしたりイライラしたりするんですと、マサキさんは苦笑した。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
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