近年、「リスキリング」という言葉をよく耳にしますよね。
リスキリングの定義を調べてみました。経済産業省のWebサイトに掲載されている「リスキリングとは」によれば、
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新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること。
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とあります。また、
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近年では、特にデジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職業に就くためのスキル習得を指すことが増えている。
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となっています。
●デジタル化の最前線にいるエンジニア
ここで考えてみたいのが、エンジニアの皆さんのケースです。
エンジニアの仕事、特にITに関する業務は、まさにデジタル化の最前線に位置しています。そう考えると、リスキリングなんてわざわざ考えなくても、普段の業務をこなしていくだけで十分なんじゃないか? リスキリングを考えるにしても、今の環境でスキルを極めることに集中していけば、何も心配いらないんじゃないか? という感じもします。
ただ……実際には、技術的なスキルが高いからといって「リスキリングが不要か?」というと、「そうとも言い切れないな」とも感じます。
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●技術があれば仕事ができるか?
先日、あるベテランのエンジニアNさんと話す機会がありました。Nさんは近年、行政や民間企業からDX(デジタルトランスフォーメーション)に関して声を掛けられるケースが多いそうです。DXについて、Nさんはこう言います。
「DXで大切なのはD(デジタル)ではなくX(トランスフォーメーション)の方。というか、DXで大切なことの8割はトランスフォーメーションだといっていい。だけど実際にはデジタルの話が多くて……。デジタル化だけ進めても、うまくいかないんだよね」
DXをまじめに進めるためには「現在の業務を単にデジタルに置き換えるだけでいい、というわけではない」とNさんは言います。
業務を変革するためには「そもそも、これは何のために必要なのか?」といった問題の本質から考える必要がありますし、ある業務を抜本的に変えるためには周囲の協力も必要です。また「何でこんなことをしなくちゃいけないんだ!」と変化に抵抗する人に対応したり、変化の負担自体を感じさせないように変革を進めたりと、多様な人たちとの関わりが必要なケースも多いものです。
このように考えると、エンジニアには、デジタル化の技術を極めることに加えて、以下のようなリスキリングが必要ではないかと思います。
1. 相手と信頼関係を築くコミュニケーション能力
2. 本質的な問題を見える化し、理想を言語化する能力
3. 分かりづらいことをモデル化し、再現する能力
4. さまざまな意見をまとめるファシリテーション能力
5. 周囲を巻き込み、取り組みを継続する能力
もう少し具体的に見ていきましょう。
●エンジニアにお薦めのリスキリング
1 相手と信頼関係を築くコミュニケーション能力
以前、あるIT業界の方と仕事をしたときのことです。その方は、デジタルに関する知識や経験が非常に豊富でした。しかし、上から目線の言動が多く「こんなことも知らないの?」とマウントをとったり、自分と異なる意見をしつこく攻撃したりと、コミュニケーション能力に問題がありました。
どんなにスキルが高い人でも、「こういう方とは、一緒に仕事をしたくないな」と思いました。こういったケースって、本当によくあると思うんですよね。
この方には「相手の意見に耳を傾ける」「相手の困りごとを想像する」など、コミュニケーション能力のリスキリングが必要だと感じました。
2 本質的な問題を見える化し、理想を言語化する能力
業務を本質から変えていくためには、「そもそも、これは何のために必要なのか?」といった本質を考え、問題を見える化したり、「これからはこんな形にしていきたい!」のように、関係者の意識を1つに集められるように理想を言語化したりする必要があります。
どうすれば本質的な問題を見える化し、理想を言語化する能力を身に付けられるのでしょうか?
本質的な問題を言語化するためには、「そもそも、何のために」を考えることが有効な手段の一つです。そこでエンジニアの皆さんにお勧めしたいのが、オブジェクト指向プログラミングでいう「抽象化」です。
抽象化とは、複雑な業務やシステムをシンプルに捉えて簡潔化し、大切な情報に焦点を当てることです。プログラミングに加えて、日常の業務や社会の事象に対しても抽象化するクセを身に付けると、物事に対する視座が高くなり、問題の本質を見つけやすくなります。
抽象化するためには、「これはつまり……」「一言で言うと……」「大切なのは……」「で?」といった枕ことばを付けて一言で表現してみると、考えやすくなるでしょう。
3 分かりづらいことをモデル化し、再現する能力
以前、中堅やベテラン世代のキャリアを支援している方から、次のような話を聞きました。
「長く活躍できる人には、分かりづらいことをモデル化し、誰もが理解、再現できるようにする能力がある」
この意見には私も同意です。
この能力は、エンジニアの皆さんだったら日常の業務の中でも発揮しているのではないでしょうか。分かりづらいことを分かりやすくするように「図式化する」「モデル化する」「シンプルにする」「フローチャートにする」といったことを繰り返すことで、自然と身に付くと思います。
加えて、横文字の専門用語をできるだけ使わずに説明することも、分かりやすく説明する能力を身に付けるいい方法だと思います。もし、意識することがあるとしたら「10歳でも分かる」くらいの分かりやすさにチャレンジしてみるといいでしょう。
4 さまざまな意見をまとめるファシリテーション能力
DXのような、「そもそも」の本質的なところから業務を変革する場合、さまざまな利害関係者が関わってくることがあります。関係者が、変革意識があり、ポジティブな方ばかりならいいのですが、中には、どんなに話しても理解してくれない人や、「そんなのやる必要ない」「なぜそんなことをするの?」など、反対の意見をぶつけてくる人もいます。こうした状況の中で意見をまとめるのは本当にしんどく、面倒で、大変です。
ここで必要となるのがファシリテーション能力です。一言で「ファシリテーション能力」といっても幅は広いですが、「普段はあまり言葉にしないけれど、実は、感じているモヤモヤがあれば遠慮せずに教えてください」のように発言を促したり、「なるほど、○○さんは□□という意見なのですね。そういう意見もありますよね」と相手の意見を尊重しながらも、「一方で、大切なのは××ですよね?」のように少しずつリードしたりしていくような関わり方が必要となるでしょう。
5 周囲を巻き込み、取り組みを継続する能力
先日から、「ITのチカラ」という連載を始めました。企業におけるDXがどのような形で進められているのかを取材しています。
DX実践者のお話を伺って、改めて感じます。「DXとは単にツールを入れるだけではなく、継続的な関わりが必要だな」と。
当たり前かもしれませんが、新たな取り組みを定着させるまでには、うまくいかないことも多いもの。それでも粘り強く関係者に「なぜ、それをするのか?」といった目的や意味を伝えたり、周囲が負担に感じない程度のことから少しずつ改善を重ねたりと、地道で、継続的な取り組みが必要なのだと感じます。
●「〇〇さんと一緒に仕事がしたい」と言われるように
今回は「いまの職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応する」ための、エンジニアのスキルについて見てきました。
ここでお話しした能力は、エンジニアとは直接的には関係のない能力かもしれません。ですが、周囲から「必要とされる人」というのは、必ずしも「技術的に高度なスキルがある」だけではないように思います。
それよりも「○○さんなら信頼できる」「○○さんならきっとやってくれる」「○○さんと一緒だといい気分で仕事ができる」「○○さんのためならやってあげたい」みたいに思える人なのではないかと思います。
性格を変えるのは難しいし、「いい人」になることも難しい。ですが、幸いなことに、ここに挙げたような「スキル」は習得が可能です。スキルとは「後で身に付けられるもの」です。
近年いわれるリスキリングは、何となく「デジタル化」に寄り過ぎているような気がします。「ヒューマンスキル」も立派なリスキリングです。エンジニアの皆さんは、これから必要とされる技術的なスキルは既にお持ちのことが多いと思います。それに加えて、「○○さんと一緒に仕事をしたい」と周囲から言われるためにも、ヒューマンスキルのリスキリングにも目を向けてみてはいかがでしょうか?
●筆者プロフィール
しごとのみらい理事長 竹内義晴
「仕事」の中で起こる問題を、コミュニケーションとコミュニティーの力で解決するコミュニケーショントレーナー。企業研修や、コミュニケーション心理学のトレーニングを行う他、ビジネスパーソンのコーチング、カウンセリングに従事している。著書「Z世代・さとり世代の上司になったら読む本 引っ張ってもついてこない時代の「個性」に寄り添うマネジメント(翔泳社)」「感情スイッチを切りかえれば、すべての仕事がうまくいく。(すばる舎)」「うまく伝わらない人のためのコミュニケーション改善マニュアル(秀和システム)」「職場がツライを変える会話のチカラ(こう書房)」「イラッとしたときのあたまとこころの整理術(ベストブック)」「『じぶん設計図』で人生を思いのままにデザインする。(秀和システム)」など。
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