マンガ配信サービス「サイコミ」で連載中の人気漫画『付き合えなくていいのに』の作者・イララモモイ氏は、個性的な絵柄で恋愛を描写した作風で知られる一方、日本のロックを中心に音楽全般に造詣が深い。11月19日に単行本1巻が発売された『付き合えなくていいのに』では、主人公・清水絵梨子が中学時代に密かに憧れていた北山時彦と大学生になってから偶然再会し展開される恋愛模様を、ユーモアを交えながら赤裸々に描き出している。
そんなイララ氏が漫画制作において絶大な影響を受けていると語るのが、音楽家・シンガーソングライターの「超歌手」大森靖子氏である。そんな大森氏の音楽を「いつも仕事中に流しているほど」愛聴するイララ氏は、曲中に登場する女性の心情表現が『付き合えなくていいのに』の創造の源泉になったと明言する。
今回、イララ氏たっての希望で大森氏との対談が実現。ちなみに、今年メジャーデビュー10周年を迎えた大森氏は、なんと、イララ氏の作品を早くから認知していた愛読者の一人。ネットで熱狂的な支持と共感を集める2人の魅力はいったいどこにあるのか、漫画家と音楽家、異なる視点から「恋」と「音楽」と「漫画」について存分に語っていただいた。
――今回の対談は、イララモモイさんたっての希望であると伺っています。大森靖子さんと対談をされたいと考えた理由は何でしょうか。
イララ:私はずっと大森さんのファンで、漫画を描くとき、大森さんの歌詞から影響を受けすぎています。しかも、初めて描いた漫画をTwitter(現:X)に載せたとき、大森さんに“いいね”をしていただいて、すぐにDMで長文のメッセージを送ってしまいました。今回、まさか大森さんとご対面できるとは思わなかったので、本当に嬉しすぎます。
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大森:私がイララさんの漫画と出合ったきっかけは、偶然なんです。普通にTwitterで流れてきた漫画が面白くて、“いいね”をしたのが始まりです。
イララ:普通に面白いと思っていただけたのが嬉しいです。私はあまり恋愛経験がないのですが、片想いをしている女の子の心情を描くのが好きなんです。大森さんの音楽には恋をする女の子が登場しますが、そのイメージを膨らませて、漫画を描くことが多いんですよ。
ーー『付き合えなくていいのに』はイララさんの実体験が元になっている部分も多いそうですね。
イララ:私は学生時代に軽音楽部に所属していたので、『付き合えなくていいのに』ではバンドサークルが舞台になっています。
大森:『付き合えなくていいのに』読みました。面白かったです。あ、こういう子バンドとか音楽業界にもいるっていうシーンが多かったです。私は自分を登場人物に当てはめるなら、主人公の清水絵梨子ではなく、先輩の遠藤詩歌タイプかな。相手を雑に扱っているふりしつつ、自分しかあげられないものを提供して、これを超えられる? と牽制してしまうというか。
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イララ:本当ですか!? 実は詩歌編を描いているとき、ずっと大森さんの曲を聴いていたんです! 特にモノローグを作るときに参考にしていたので、凄く嬉しいお言葉です! 漫画には登場していないんですけれど、詩歌が男の子の服を洗濯して、自分の柔軟剤のにおいを付けて返す話を考えたりもしました。
大森:私なら、服を自分好みに全部買い換えちゃうかも(笑)。
イララ:(笑)それ、漫画に描いたら、凄く魅力的なキャラができそうです。自分の好きな男に、周りに気づかれずに牽制するために服を全部買い換えるキャラとか。めちゃくちゃいいですね。
大森:ぜひ、今度作中に登場させてください(笑)。
――イララさんは大森さんの音楽にかなり刺激を受けているのがよくわかります。他にも創作で影響された点はありますか。
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イララ:読切漫画の『クソデカ片想い感情女子大生ヨネハラ』はかなり影響を受けてできた作品です。大森さんの「愛してる.com」の歌詞にある「偶然会いたい」というフレーズを引用して、「私はいつも偶然会いたい」というモノローグを入れました。恋愛感情の解像度を高めてくれる大森さんの曲と出合わなかったら、私は漫画を描けなかったと思います。
大森:私は『付き合えなくていいのに』とかイララさんの漫画を読んで「この感情、わかる〜!」と共感していましたが、自分の歌詞をもとに描いていらっしゃったのであれば、私は自分に共感していたということですよね(笑)! イララさんのことは、私と同じ感覚の持ち主なのかなと思っていたので、今日は恋バナが楽しめるかなと思って来たんですよ。まさか、私の歌詞から感情表現を膨らませていたなんて、本当にびっくりしています。
大森:私は普段自己評価が低めなのですが、恋愛をしていると、ヤバい、この感情は曲にできるかも、と思うことがあるんです。そう思った瞬間に、自己肯定感が高くなりますね(笑)。
イララ:漫画作りでもそういう側面があります。どんなに嫌なことがあっても、漫画にしちゃえばいいじゃん、と思えますから。負の感情が大きければ大きいほど創作に活きてきます。
大森:ラッキー、と思っちゃいますよね。私もSNSでめっちゃ炎上した時は、よし、曲を作ろうと思ってしまいますし(笑)。
――イララさんは普段、どんな思いで漫画を描いているのですか。
イララ:私にとって、漫画を作ることは自分自身を救う作業なんです。先ほどお話ししたように、辛かった出来事でも漫画にできると思ったら急に面白く見えてきて、客観視できるんですよ。私は自分の漫画がすごく好きなので、描き上げたものを読めると単純に楽しいし、「こんな面白いものを描ける自分最高!」って思えて、自分自身が救われる瞬間があるんです。大森さんはどうですか。
大森:私は曲数が多いと言われますが、それは美大受験をしたとき、「1日さぼったら下手になる」と予備校の先生に言われた影響が大きいんですよ。だからこそ、いろんな仕事が来るように立ち回っています。曲を作っても、自分がライブで歌える数は限られているので、いろいろなアーティストに提供させていただければと思い、プロデュースも始めました。
――いざ数を書こうと思っても、簡単にできることではありませんよね。大森さんは作曲をしようと思うと、自然に曲があふれてくるのですか。
大森:仕事では、自分の人生を糧にして曲を書ける機会は、意外に少ないと思います。ただ、嬉しいも、悲しいも、気持ちって蓄積しておけるんですよ。日々感じたことをストックしておいて、今、この感情を使えば曲を作ることができるな…と思ったら、心の引き出しからとってきて使うことがよくあります。
――大森さんの曲といえば、一度聴いたら忘れないフレーズが特徴ですよね。
イララ:大森さんの言葉の選び方は、いつも参考にさせていただいています。大森さんの歌詞のなかには、共感を超えた存在、「これは私だ!」と思える女の子がたくさんいると感じます。いろいろな人が心当たりのある感情を、具体的な言葉や、限定的な情景描写に落とし込んで表現されています。また、普通は思わない角度からも表現されることもあります。「君のことが好きだから、君に届くな」はパッと聞くと意外な方向性ですが、確かにそういうことはあるよな、と思わされる感覚なんです。
大森:嬉しいですね。言葉って面白いんですよ。良いように感じることが実は多面的だったり、悪いと考えられている言葉もかわいいなと思うことがありますから。
――例えば、どのようなものでしょうか。
大森:最近流行っている“チー牛”という言葉は、“チー”と“牛”がそれぞれ響きがかわいいので、道重さゆみさんに「ちーぎゅう♡」という曲を作って提供しました。言葉は人間が作ったもので、人間と同じくらいの魂をもっていると思います。言葉がもっと多面的なことが伝わったら、人間も多面的であることがわかると思いますし、相互理解が深まったり、感情への解像度が膨らむと考えています。
イララ:なるほど、腑に落ちました! 大森さんの歌詞は、私の解釈と、ネットのコメント欄の解釈が違っていることが多いんです。かえって、こんなにいろいろな読み解き方があるんだなと思わされることがあります。
大森:コメントを見て、私も思いつかなかった解釈だけど面白いから、そういうことにしちゃおうと思うことがありますよ(笑)。
イララ:大森さんにもそんなことがあるんですね!
大森:たまにいませんか? めっちゃ凄い、みたいな読者(笑)。
イララ:います、います、めっちゃいます(笑)。
大森:私の場合、「きゅるきゅる」という10年前に書いた曲にある、「私性格悪いから あの子の悪口絶対言わない」という歌詞の意味をいろいろ深読みしてくださる人がいます。実は、トリプルファイヤーという友達のバンドの曲に「俺は頭がいいから性格が悪い」という歌詞があったので、それに対するアンサーとして「私は性格が悪いから悪口は言わない」と応えただけなんですよ。
イララ:そうだったんですか! 私もその歌詞の意味をずっと考えていたのですが、受け手の方でいろいろ広がっていくんですね。
――大森さんはSNSを通じて積極的に考えを発信しておられます。イララさんは、大森さんのコメントで印象に残ったものはありますか。
イララ:大森さんが質問箱で、「同性愛の人なのだけれど、気持ち悪いと思われるのが嫌です」という質問に「愛なんて、みんな気持ち悪いんだから」と回答されていたことがありました。それがすごく印象深くて、私が創作をする上でのテーマを「愛は全部気持ち悪いけれど、かわいい」にしているんです。
大森:質問箱まで参考にしてくれているなんて、嬉しい!
イララ:こういった素敵な言葉が瞬発的に出てくるのが凄いですよね。大森さんの曲で描かれているのは、キラキラ、清らか、きれい、といったプラスの感情ばかりではないじゃないですか。それなのに、マイナスの感情でも曲を通すと、かわいい、刺さる、といった具合に魅力的に感じられます。自分の作品も、読者にそう思ってもらえるように頑張りたいと思います。
――イララさんが、大森さんの音楽の力をはじめて感じたのはどんなときだったのですか。
イララ:大森さんの曲に救われたことは何度もあります。大学生の時、深夜まで課題に追われて死にそうになったときがあるのですが、そのときに「君に届くな」を聴いたのです。当時住んでいたのは和室の汚い部屋で、私はやばい恰好をして退廃的な雰囲気だったのですが、「君に届くな」の歌詞とメロディが自分の雰囲気に合ったんです。私は今、めっちゃMVの主人公だなと思えて、楽しくなりました。音楽を聴けば逆境を面白いと思えるし、乗り越える手助けもしてくれる。辛い気持ちを逆に輝かせてくれる音楽って、凄い力があるなと気づきました。
大森:「君に届くな」は、どう考えても、人を救う感じの曲ではないですよね。ところが、今やっているツアーで1人に1曲弾き語りで歌うプランがあるのですが、「君に届くな」の「憂鬱はピンボケしてるから」という1行の歌詞に救われたので歌ってください、とリクエストされたんです。退廃的な場面を描写した歌詞なのに、誰かの生活に影響を与えられるんだなと知って、私の方が救われました。
――素晴らしいですね。言葉の力を感じます。
大森:新曲「SickS ckS」は恋愛の曲ですが、「リスカがわり軽くやっちゃった 君を忘れるためのセックスが」という歌詞が、一見するとただの卑猥な感じの曲なのでネットで叩かれたりもしています。しかし、自分のそうした感情を曲として残していけば、誰かの生活に繋がれるんじゃないかと希望を感じています。
イララ:漫画のなかで、延々と辛い描写をリアルに描いていたときがありました。ある読者の方からは「いつもこの子にこんな思いをさせているなんて」と言われたのですが、一方で「同じ経験をしたので救われた」とおっしゃった方もいました。読者の方も漫画というある程度楽しめる状態だからこそ救われた部分はあるんだろうなと思いました。
――お二人は、創作活動の合間に気分転換をされることはありますか。
大森:私は登山が趣味なのですが、ひとつの山を登って降りるだけでいろいろな出来事があるのです。人生のクライマックスみたいな出来事が起きます。軽い山でも死にかけたりしますし。
イララ:私は週に2〜3回はカフェに行ったり、友人と居酒屋に出かけたりしています。漫画づくりに詰まることがあったら、登山に行ってみようかな(笑)。
大森:山の上ではちょっとした天気で風景が真逆に変わるんですよ。ちょっと曇っているだけで地獄絵図になったりしますが、その感じの方がきれいだったりする。私はそういう風景がきれいだと思える人と友達になりたい。
――ありがとうございました。最後に、お二人の今後の活動の予定を伺いたいです。
大森:ちょうど現在、ツアーの待っただ中です。今回、私のキャラソンを作り、巫女の格好をしてみんなのお祓いをしています。ぜひ、ツアーに足を運んでみてください。
イララ:11月19日に『付き合えなくていいのに』の単行本が出ました。私にとって初めての紙の単行本なので、買っていただければ嬉しいです。実写のショートドラマも11月18日から公開開始したので、漫画との違いや共通点を見比べながら、両方の魅力を楽しんでいただければと思います。来年は新連載もはじまります。今日は、大森さんにお会いできて、本当に言葉で表現できないくらい幸せです。
大森:今回の対談で、イララさんがかわいい人だとわかったのが良かったです! 私は本当に全ての漫画家さんのことを尊敬しているんです。音楽やってる人より本当にすごいと思う。だからイララさんが描く漫画や新連載を今後も期待していますね。
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