群馬在住のフィリピン人女性、マリベスさん(49)は、血のつながった最愛の娘と離れ離れの状態だ。入管収容中から始まる体調不良を悪化させているが、母子二人で寄り添い、穏やかに過ごしたいと願っている。(ライター・織田朝日)
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まだ故郷のフィリピンで暮らしていたころ、マリベスさんは、仕事がなかなか見つからず、とても生活が苦しかったという。
日本にいる姉から誘われて、2005年9月に来日した。手続きはすべて姉に任せていたところ、入国後、偽造パスポートで入国していたことに気づいた。
慌てたマリベスさんは、姉を問い詰めたが「入国できたんだからいいでしょ」と言われるだけ。今では、その姉と疎遠となり、どこにいるのかわからないそうだ。
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3カ月の短期ビザも切れ、在留資格がない状態となり、悩んでいた。群馬県にあるフィリピンパブに勤めながら、どうしたらよいのかわからず泣いているところ、相談に乗ってくれたのが、常連客のAさんだった。
そうこうしているうちに二人は交際に発展したが、Aさんが既婚者であることは知らされていなかった。
2009年、Aさんとの間に娘ができたが、生まれつき知的障害があった。2016年、Aさんは娘が6歳のときに、勝手に養護施設と相談して入居させてしまった。
マリベスさんはなぜ勝手に施設に入れたのかと責め立てたが、Aさんからは「いつでも娘は帰って来れるから」とたしなめられた。入籍できなかったが、認知はしてくれたため、娘はのちに日本国籍を得ることができた。
2017年、法務局から連絡があり、「娘の日本国籍が取れたので、手続きをするため入管に行ってほしい」と言われ、マリベスさんは群馬県にある入管を訪れた。
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そこで聞き取りを受けたのち、「東京入管のほうに行ってほしい」と言われた。東京入管に行ったところ、在留資格のない状態であるマリベスさんは、そのまま収容されてしまった。
突如、収容されてから、娘に会えない辛さで、いつも泣いていたという。
どうしたらよいのかわからず、群馬の法務局や市役所に電話で相談した。市役所の職員に「娘は大丈夫だから、安心してフィリピンに帰っていいですよ」と言われ、激しく傷ついた。
養護施設にも電話して「どうか娘を連れて面会に来てくれないか」と頼んだが、群馬から東京はあまりにも遠く、連れて来ることは難しいとの回答だった。
収容中は原因不明の激しい腹痛にも苦しめられた。
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最初は検査すらしてもらえず、職員に「ホルモンバランスが崩れているか、ストレスが原因だろう」と言われて「命の母」(女性保健薬)を飲まされ続けた。
改善する様子がないと、今度は抗生物質を飲まされるようになった。薬が合わなくて頭痛がするようになったが、嫌でも強制的に飲まされる。
口の中を見られ、薬を服用しているかチェックされる。あまりの頭の痛さや耳鳴りに三度も倒れたことがあるが、それでも職員には「ストレスだから」と流された。
医者が変わってから薬の量がやっと少なくなった。「膵臓が腫れている」とか「癒着している」とか診断されたが、職員には「外に出たら自分で治して」と言われた。
マリベスさんは娘に会えないストレスから抗議を二度したため、複数の職員から暴力的な制圧を受けている。
腕を強引にひねられたり、床に頭と体を強く抑え込まれたりした。通称、懲罰房と呼ばれる三畳ほどの狭い部屋に強引に連れていかれ、トイレも着替えもテレビカメラで監視される日々が五日間も続いた。今でもその時のトラウマと身体の痛みが残っている。
そんなとき、唯一頼りにしていたAさんが脳梗塞になって亡くなったと知らせを受ける。マリベスさんは、ますます絶望の淵に落とされることになる。
2021年、ようやく仮放免申請が通り、3年10カ月のもの長い収容生活を終え、10キロ以上やせ衰えた状態で外にでることができた。
ところが解放されたあとも、コロナ禍であるために娘に会わせてもらうことができない。最初はテレビ電話で会話するだけだった。
2023年、今度こそ娘に会えると連絡が来て、養護施設に出向いたら、マリベスさんは室内に入れてもらうことができず、外の窓から15〜20分だけやりとりをした。
ガラスで遮られているので、触れ合うどころか、声すら聞き取れない。ガラス越しに手を合わせて、マリベスさんは、ただただ号泣した。
「入管の外に出てもさみしい。娘に会えない。死にたかった」
マリベスさんは2023年、入管から過度な制圧行為を受けたとして、1000万円の損害賠償を求める国賠訴訟を起こした。
入管側は「合理的に必要と判断される限度内の有形力の行使といえる」と反論している。
しかし、証拠となるはずの記録用ビデオを全部出そうとしない。出されたのは、入管により切り取られた部分的な映像だけだった。
代理人をつとめる笹本潤弁護士は「ないのなら仕方ないが、入管はあると認めているのに出さないのはおかしい」と話す。
すべての映像を提出したうえで、裁判官に審査してもらわないことにはフェアではない。この裁判は、現在も東京・霞が関の東京地裁で続いている。
マリベスさんは現在、収容のときの腹痛が治らず、あらゆるストレスで体調を悪化させている。今後次第では手術も必要になってくるかもしれない。
今は1カ月に一度は、娘との面会が許されている。
「二人とも病気だから将来のことがとても心配。だけどお母さんだから頑張るしかない。ビザもらったら、仕事もやりたい、健康にもなりたい。娘がとても心配。これから大きくなってもお母さんがそばにいないと何もできないから。私は娘が一番大事」
マリベスさんの娘は、日本生まれ日本育ちで、日本語しか話せない。知的障害もあるので、日本語以外の言語をこれから習得することは難しい。
フィリピンで生活していくことは非常にハードルが高く、日本で暮らしていくしかない。そうである以上、娘を支えていくためには、母も日本で暮らすという選択肢しかない。
母子二人で寄り添い、穏やかに暮らしていきたいという願いは、はたして叶うのだろうか。
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