NTTドコモは、12月1日に生成AIサービスと特定の料金プランを組み合わせた際に、前者の料金を約1年間丸ごと割り引く「Stella AIセット割」を導入する。Stella AIとは、スタートアップ企業SUPERNOVAが開発した生成AIのフロントエンドといえるサービスで、OpenAIやGoogleなどの開発した各種AIモデルを単一料金で利用できる。より適切な回答を得やすくするため、さまざまなジャンルのテンプレートを用意しているのが特徴だ。
ドコモのStella AIセット割は、特定の料金プランを契約している場合、その利用料が11カ月間、最大で2728円割り引かれるというもの。初月無料キャンペーンと合わせると、1年間、Stella AIが無料になる建てつけだ。では、ドコモはなぜこのような割引を提供するに至ったのか。Stella AIやそれを開発するSUPERNOVAとはどのような企業なのか。ここでは、そのサービス内容やドコモの事業戦略を解説する。
●AIモデル横断でテンプレを選ぶだけでOK、簡単に使えるStella AI
Stella AIや、それを開発するSUPERNOVAの名前を聞いたことがある人は、少ないだろう。それもそのはず、同社は1月に設立されたばかりのスタートアップだからだ。サービスのStella AIも、まだ一般向けにはリリースされておらず、ドコモの割引と同時に提供が開始される。しかも同社は当初、生成AIで描いた企業用などの学習マンガをサービスとして提供することを目指していた。Stella AIは、そこから大きく事業内容を転換し、誕生したサービスだ。
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特徴は、複数のAIモデルをまたがって利用できるところにある。採用されているのは、OpenAIの「GPT-4o」やGoogleの「Gemini 1.5 Pro」、Anthropicの「Claude 3.5 Sonnet」など、生成AIに関心がある人であれば、誰もが耳にしたことのある“有名どころ”が一通りそろっている。通常、これらを開発元と直接契約すると個別に料金がかかるが、Stella AIは均一価格で全てのAIモデルを利用できるお得さを売りにする。
サービスの建てつけとしては、「AI検索」をうたい、ソフトバンクと提携したPerplexityに近いといえそうだ。実際、各AIモデルを個別に契約していくよりも、Stella AIを介した方が出費を大きく抑えることが可能になる。一方で、料金プランは「ライト」「スタンダード」「プレミアム」に分かれており、それぞれに回数制限が設けられているのはPerplexityとの違いといえる。
料金はライトが1078円(税込み、以下同)、スタンダードが1628円、プレミアムが2728円。利用回数の制限はそれぞれ月250回、月1000回、月3000回までとなる。毎月、どの程度生成AIサービスを利用するかの頻度に応じて、ユーザーがプランを選択できる形になっているというわけだ。
ただし、AIモデルごとに利用回数が決まっており、例えばOpenAIのGPT-4oやGoogleのGemini 1.5 Proは1回の生成で1回とカウントされるが、画像生成の「Imagen3」や「Dalle・E3」はテキスト3回分を消費する形になる。画像だけをひたすら描いていった場合、ライトなら83回、スタンダードなら333回、プレミアムなら1000回といった形で利用可能な回数は少なくなる。
もう1つの特徴は、生成AIに何らかのアウトプットを出力させる際の文章を作成しやすいよう、「テンプレ」を用意しているところにある。生成AIで適切な回答を導き出すための条件付けなどのテクニックを「プロンプトエンジニアリング」と呼ぶが、SUPERNOVAは「自由な入力は(一般のユーザーにとって)負荷が高い」(代表取締役社長 木本東賢氏)ことに着目。「考えることから、“やりたいことを選ぶ”に変えることで、利用のハードルを下げていきたい」(同)とした。
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実際、Stella AIでは「事業戦略」「マーケティング」「AI・データサイエンス」「食事・料理」などのジャンルを選ぶと、それぞれの内容に合わせたパラメーターを入力する画面が現れる。例えば、子どもの学習方法についてアドバイスを求めたいときには、「子供の年齢」や「好きな教科」「学習時間」といったパラメーター入力画面が現れる。ここにそれぞれの回答を入力することで、適切なアウトプットを得やすくなるため、生成AIの初心者でも使いやすそうだ。
●ドコモの料金とセットで1年割引、料金プラン限定の理由は?
現状できるのは、各AIモデルを呼び出し、それぞれに質問をして回答なり画像なりを得るというものだが、12月中にはPC用のChrome拡張機能を導入する予定。Webサイトの文章をドラッグして、メニューから要約を呼び出したり、メールを書いた際の文章のトーンを調整したりといったことが、ワンタッチで行えるようになる。AIモデルそのものではなく、それをどうユースケースに落とし込むかで差別化を図っている企業といえる。
ドコモは、このStella AIとスマホの料金プランをセットで提供し、割引も行う。Stella AI割というのが、それだ。割引額は、最大2728円。月3000回までAIモデルを利用可能なプレミアムモデルが、丸ごと無料になる格好だ。SUPERNOVAが展開する初月無料キャンペーンと合わせて、1年間、Stella AIの利用料が不要になる。2年目以降は料金が発生するものの、生成AIをじっくり試してみたいユーザーにはいい割引といえそうだ。
同様の生成AIサービスを組み合わせた割引は、先に挙げたソフトバンクとPerplexityが導入しており、こちらも、1年間、Perplexity Proの利用料である2950円が無料になる。ソフトバンクであればブランドも問わない。ソフトバンクやY!mobileはもちろん、Perplexity Proの料金よりも安い月額990円からの「LINEMOベストプラン」にもこのキャンペーンが適用されるため、非常にお得なサービスとして一部の利用者からは絶大な支持を得ている。
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一方で、ドコモのStella AI割は、対象となる料金プランに制限がある点には注意が必要だ。具体的には、「eximo」「eximo ポイ活」「ahamo」の3プランのうち、どれか1つを契約していなければならない。料金水準の低い「irumo」は対象外。「ギガホ」や「ギガライト」といった旧料金プランにも、Stella AI割は適用されない。ソフトバンクの場合、Perplexity ProのためにLINEMOを契約するユーザーまでいたようだが、Stella AI割だと、このような回線がオマケになってしまう“逆転現象”は起こりにくい。
もともと、この割引はSUPERNOVA側からの提案で実現したというが、「ドコモ側の戦略も十分理解いただいた上での提案だった」(ドコモ 経営企画部 事業開発室 docomo STARTUP担当 担当部長 東哲平氏)という。SUPERNOVAの木本氏も、「ドコモの決算内容を踏まえた上で、上位プランにつけることになった」と語る。
ドコモは、eximoやahamoといった上位プランにユーザーが移行させていくことで、ARPU(1ユーザーあたりの平均収入)を上げる戦略を取っている。旧料金プランのユーザーがeximoに変更する割合は第2四半期に60%まで上がり、平均単金は上昇した。低料金プランのirumoを2023年に導入したばかりのため、ここでのAPRUは下がるが、eximoやahamoへの移行が増えた結果、全体のAPRUは横ばいで推移している。
irumoへの移行が加速してしまうのを防ぎつつ、上位プランの販売を促進していくことが今のドコモには必要というわけだ。Stella AIを1年無料にする割引は、上位プランをより魅力的にするための施策といえる。この点は、料金プラン値下げの影響を脱し、既にARPUが上昇傾向にあるソフトバンクとの違いになる。
●自社から飛び出したスタートアップを活用し、新サービスにつなげたドコモ
SUPERNOVA側からこうした提案ができたのは、木本氏が、もともとドコモでahamoの立ち上げに携わっていたからだという。同社は、単なるスタートアップではなく、ドコモからスピンアウトして誕生した企業。先にコメントを引用した東氏が担当する、docomo STARTUPという取り組みによってドコモから独立した木本氏が2024年1月に設立した。もともとドコモの社員だったからこそ、ドコモの懐事情にフィットした提案をまとめることができたというわけだ。
とはいえ、もとの企業にとどまったまま起業する社内起業とは異なり、docomo STARTPUの「STARTUPコース」は社員が出向や離職という形で独立しており、ドコモ自身の出資比率もマイナー出資の15%未満に抑えられている。「外部ベンチャーキャピタルからの出資、支援をいただきながら、スピンアウトしていく仕組み」(東氏)とのことで、より一般的なスタートアップに近い環境に身を置くことになる。
ドコモの代表取締役社長、前田義晃氏は、この仕組みを「ドコモからスタートアップへ飛び出していく仕組み」と評する。ドコモの既存事業との「シナジーは不確実だが、事業の可能性のあるところに高いモチベーションを持って挑戦できる」(同)のが、そのメリットだ。2023年度にはドコモ内で500以上の応募があり、5社が実際にスピンアウトしている。SUPERNOVAは、その中の1社だ。
前田氏は、シナジーが不確実と語っていたものの、docomo STARTUPでは、独立した経営者が積んだ経験がドコモにフィードバックされることを想定している。Stella AI割は、それを超え、ドコモのコンシューマー向け通信事業との直接的なシナジー効果が見込めた、珍しいケースといえる。ドコモ側も、割引だけでなく、ドコモショップでの受付や、一般ユーザーを対象にした「生成AI講座」まで実施し、Stella AIの成長をサポートする。
AIモデルの1つとして、NTTが開発した「Tsuzumi」が選択可能なのも、ドコモ発のスタートアップだからこそといえる。Tsuzumiは70億パラメーターの軽量版と、6億パラメーターの超軽量版があり、いずれも既存のLLMと比べるとサイズが小さい。パフォーマンスのCPUやGPUの処理能力が低くても動作するが、学習データを厳選するなどして、性能を担保している。NTT版LLMとも評されたTsuzumiだが、提供先は法人に限定されており、一般コンシューマーは利用ができなかった。Stella AIは、B2B2Cの形を取ることで、Tsuzumiをユーザーが直接利用できる。
NTTグループ全体にとっては、開発したLLMの“販売先”を大きく広げることに貢献する。ユーザーがTsuzumiを選べば、SUPERNOVAを介してコンシューマーが料金を払ってくれることになるからだ。実際、ソフトバンクもPerplexity Proで選択できるAIモデルの1つとして、同社が開発しているLLMの導入を検討しているという。このようなAIサービスを介した形での提供が成功するかどうかは未知数だが、キャリアにとって、コストをかけて開発したAIモデルを生かす手法の1つにはなりそうだ。
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