世界で活躍する廣中璃梨佳(24、JP日本郵政グループ)の今季初レースが、クイーンズ駅伝3区に決まった。女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝が11月24日、宮城県松島町をスタートし、仙台市にフィニッシュする6区間42.195kmのコースに24チームが参加して行われる。
大会前日の23日に区間エントリーが発表され、廣中は前回区間賞を取った3区にエントリーされ、パリ五輪10000m代表だった五島莉乃(27、資生堂)と小海遥(21、第一生命グループ)、同五輪5000m代表だった樺沢和佳奈(25、三井住友海上)、前回区間2位の佐藤早也伽(30、積水化学)、プリンセス駅伝3区区間賞の矢田みくに(25、エディオン)、23年のブダペスト世界陸上マラソン代表の加世田梨花(25、ダイハツ)、廣中とともに東京五輪10000mに出場した安藤友香(30、しまむら)らと対決する。
【写真を見る】故障で苦しんだ五輪&世界陸上入賞者の廣中璃梨佳が今季初レース 過去2回区間賞の3区でパリ五輪代表らと対決【クイーンズ駅伝】
廣中は昨年12月の日本選手権10000mに優勝。パリ五輪代表入りが有力視されていたが、その後は右ヒザの故障で試合に出られず苦しんだ。クイーンズ駅伝に懸ける廣中の思いを紹介する。
「競技人生で一番と言えるくらい辛かった」(廣中)駅伝の7〜10kmの区間とトラックの10000mで、廣中の強さは驚異的と言っていい。
・21年東京五輪7位(31分00秒71)
・22年オレゴン世界陸上12位(30分39秒71)
・23年ブダペスト世界陸上7位(31分35秒12)
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10000mでは世界大会で上記の戦績を残してきた。オレゴンのタイムは日本記録に19秒差の日本歴代2位で、世界陸上で日本人選手が出した最高タイムだった。
・19年1区区間1位(区間新)
・20年1区区間1位
・21年3区区間1位
・22年3区区間2位
・23年3区区間1位
クイーンズ駅伝では上記の戦績で、廣中が区間賞を逃したのは22年の1回だけ。10000m日本記録保持者の新谷仁美(36、積水化学)と競り合い、区間タイムでは1秒負けたが中継所には2秒先着した。
その年の3区は東京五輪マラソン6位の一山麻緒(27、資生堂)も終盤まで食い下がった。20年優勝のJP日本郵政グループ、21年優勝の積水化学、22年優勝の資生堂と、3年間の優勝チームのエースが競り合う名勝負だった。
その廣中が今シーズンは故障で苦しんだ。TBS取材で「競技人生で一番と言えるくらい辛かった」と振り返った。
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「右ヒザが1月から6月くらいまで、走っては痛くなって、を繰り返していました。日常生活で曲げ伸ばしをするだけでも痛みがありましたね。今思うと焦りもあったのだと思います。やっと走り始めたら仙骨の疲労骨折で7月からまた走れなくなって、8月初めにやっとドクターから走る許可が出ました。2カ月以上も走れなかったのは初めてで、苦しかったです」
世界ランキングでパリ五輪代表に選ばれる状況だったが、今季の状態では代表としての走りはできないと判断。事前に辞退することを申し出ていた。
「パリ五輪に出たい気持ちもありましたが、出られなかったからこそ得られたものもあります。苦しいことが多かったのですが、学べることも多かった。気持ちの面では殻を破ったというか、前の自分より強くなれたと思います。今回の経験を糧に、復活した廣中璃梨佳を良い形でスタートできるように準備していきたいですね」
ブランクの影響はゼロではないだろう。これまでの廣中のレベルが高かっただけに、それを上回るのは簡単なことではない。だが、そのレベルに向かって行く心の準備はできているようだ。
その廣中が「楽しみにしている」と言うのが4区のカリバ・カロライン(20)とのタスキリレーだ。
カロラインは鹿児島の神村学園高3年だった昨年、インターハイ1500mと3000mで2年連続2冠を達成。全国高校駅伝アンカー(5区5km)でも2年連続区間賞で、昨年は2人を抜いて優勝テープを切った。1500mの4分06秒54、3000mの8分40秒86は両種目とも高校国内国際最高記録である。
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そのカロラインがケニア人選手としては初めてJP日本郵政グループに今年入社。憧れの廣中とタスキをつなぎたい思いがカロラインにはあった。「カロラインが入社したときは故障をしていて、練習することがずっとできませんでした。カロラインが(一緒に練習することやタスキを)待ってくれていると聞いたときはうれしかったですね。そういう選手とタスキリレーをしたい」
カロラインのことを話す廣中の表情は、生き生きとしていた。
廣中に対してだけでなく、カロラインの加入はチームへの影響も大きい。これまでと違いインターナショナル区間の4区で、多少の後れは挽回できる。昨年までは3区で大きなリードを奪う役割が廣中にあったが、今回は3、4区セットでその役割を果たせればいい。復帰レースの廣中にとっては、気持ちの部分でかなり楽になるのではないか。
カロラインの存在だけでなく、故障からの復活のプロセスで「色々な人に助けてもらった」と言う。「故障をして、周りの人に自分の状況を正確に伝えることの重要さがわかりました。どういう伝え方をすれば伝わりやすいのか。本格的な練習を再開できてからも、自分が感じていることと、スタッフが見た動きなどを、すり合わせることが大事なんだと」
チームメイトでは「(同期の)菅田雅香がキャプテンになって、チームを引っ張ってくれています」と感謝の言葉を口にした。
菅田は競技面でも成長を見せ、今季は日本選手権10000mで5位入賞。日本トップレベルの力を付けた。昨年と同じ1区に起用されたが、前回の区間12位を大きく上回るのは間違いない。菅田が1区を上位でつなげば、3、4区の廣中&カロラインのタスキリレーでトップに立つ展開も期待できる。
日本郵政というチームがあっての廣中の復活であり、廣中の復活で日本郵政の優勝争いの可能性が高まった。
しまむらに移籍した安藤友香の自覚3区ではしまむらに移籍した安藤友香の走りにも注目したい。
安藤は東京五輪10000mに廣中とともに出場。それ以前から17年に2時間21分36秒の初マラソン日本最高を樹立、同年のロンドン世界陸上代表入りするなど、マラソンでも日本トップレベルで走り続けてきた。
今年3月の名古屋ウィメンズでは2時間21分18秒の自己新で優勝。惜しくもパリ五輪代表入りは逃したが、充実ぶりが感じられた。
ところが名古屋ウィメンズの後は、廣中と同様に故障に苦しんだ。大腿の疲労骨折で3カ月走れなかったという。安藤も「陸上競技人生でこれだけの長さを休んだのは初めてです」と言う。
ただ、廣中の半分の期間だった分、安藤は9月の全日本実業団陸上、Athletics Challenge Cupと5000mを走ることができた。記録は15分台後半で自己記録とはまだ差があり、10月のプリンセス駅伝も3区で区間9位。
安藤は移籍を多く経験してきた選手。色々な事情があってのことだが、指導者や練習環境が変わってきても結果を残し続けている。「指導者や環境はすごく大事だと思いますが、それを生かすも殺すも、最終的には自分次第だと思います。ちょっとリスクを取って、言い訳を作らず挑戦していくことは、プレッシャーもあますが、それをプラスに変えていけたらな、という思いがあります。今回の故障も新しい自分を発見できる1つのきっかけでした」
完全復活はもう少し先になるかもしれないが、クイーンズ駅伝をステップに、冬の世界陸上マラソン選考レースに出場する。
しまむらの太田崇監督は次のように説明した。「うちの練習のやり方もありますが、今までの安藤の経験もありますから、相談しながらやっています。チームの練習にこれから、安藤なりに付け足してマラソン練習をしていくことになります。付け足す部分が、彼女の言う“自分次第”なんです」
選考レースへの意気込みを聞いた。
「代表、狙いますよ。もちろんです!」
安藤にも笑顔が戻ってきている。
3区出場選手たちのコメント前日会見に出席した選手やこれまで取材させてもらった選手たちの、3区についてのコメントを紹介する。
◆五島莉乃(資生堂)
「日本のトップで戦っている選手たちと正々堂々、思い切り勝負したい気持ちがあります。オリンピックに出場した選手同士ということは意識しませんが、チームのために私にできる最大限の走りをしたい。(昨年廣中が出した33分04秒の区間記録も)チームのために更新できたらいいですね。1区と2区の流れをさらに勢いをつけ、次の選手につなげていきたいです」
◆樺沢和佳奈(三井住友海上)
「抜かれたら付いて行きたいです。選手個人に対してどうこうしたい気持ちはありませんが、チームのために私ができる3区の走りをしたい。(三井住友海上の目標である)クイーンズエイト(次回出場権を得られる8位以内)を争うチームの選手に対してはガツガツするかもしれません」
◆小海遥(第一生命グループ)
(自身の走りのどこを見てほしいか、という質問に)
「駅伝なので最初からハイペースで突っ込むこともありますが、突っ込んでつらくなってもペースダウンしないところを見てもらえたら。走りで自分の気持ちを体現できたらいいな、と思っていますので、チームのために、つらそうになっても走れるところを見せたいです」
◆佐藤早也伽(積水化学)
「昨年の3区は(区間賞の廣中と23秒差の区間2位でも)前半から攻めた走りができませんでした。(廣中と5秒差で区間2位だった)21年の方が5km通過が15分40秒くらいで突っ込んでいます。昨年もチームが(3区で)トップに立てたことはOKだったのですが、満足度では自分のスピードが速くてトップに立てた21年の方が大きかったです。去年は前半が1人だったこともありますが、今年は前半から攻めていきたい」
トップ選手が多く出場する3区の対決は、かなり激しいものになるだろう。結果として勝者が生まれれば、敗者も決まる。勝負の世界では避けられないことだ。
だがタイムや順位で負けた選手も、走りの内容次第で次へのステップとすることができる。そのプロセスにも注目していきたい。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
写真は前日会見の廣中選手