親が亡くなった際に、遺産をめぐって家族がもめる相続問題。わが家にはたいした財産もないし、心配する必要なんてないような……。
遺産が少額でも配分の問題でもめる
「相続はお金持ちだけの問題ではありません。相続経験者の5人に1人が、何らかのトラブルに発展したと回答しているデータもあります。争点となるのは“金額の大きさではなく、誰にどのくらい配分するかのバランス”なので、普通の家庭でも十分にもめる可能性が」
そう教えてくれるのは、相続問題に詳しい税理士の橘慶太さん。財産が少ない家庭でも、相続でもめるってどういうこと? 典型例を教えてもらった。
介護の苦労が報われず不公平
親の介護への貢献度に差があった場合。自分が介護を担ってきたのだから、他のきょうだいよりも多めに相続できるのではと考えている人が多いと橘さん。でも、多めにもらえることはほぼなく、特に嫁の立場で義父母の介護を担っていた場合は注意が必要だという。嫁は、法律で遺産相続ができると定められた“法定相続人”ではないため、無策のままだと遺産を1円ももらえないという。
「現在は法改正により、法定相続人でない嫁や甥、姪などが無償で介護を担っていた場合、その貢献に報いるための“特別寄与料”がもらえるようになっています。ただし、受け取るための条件が厳しく、その金額は多くありません」(橘さん、以下同)
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生前、親からのお金の援助に差があった
相続人の誰かが、進学や結婚、住宅購入などの際に財産面で援助を受けていたかどうかも争いの種になる。
「兄は大学に進学させてもらえたのに、自分は許されなかった。進学費用の差を考慮して財産を分けるべき」といったパターンだ。
「こうした援助については、何十年前のものであっても“特別受益”があったとみなされるので、その額を加味して相続割合を決めることになります」
実家や不動産しか遺産ナシ
遺産が不動産のみで預貯金はなし、という場合も、その不動産をどう分けるかが問題になる。
「相続人が誰も実家に住む予定がないのなら、共同名義で相続して、後日売却してそのお金を分け合えばOK。困るのは、相続人のうちの誰かが実家に住みたい場合です」
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実家に住みたい側が、他の相続人に【実家の価値×相手の相続割合】に相当するお金を手持ち資金から払うという解決法もある。そのお金を持っていない場合は、分割払いにする、あるいは共有名義で相続して、住む側が住まない相続人に家賃を払う、という手もある。
「ただ、共有名義で所有し続けるのは、自分の子どもの代など、次の相続が発生した段階で再度もめる可能性が。できれば避けたい方法です」
あらゆるトラブルの予防策となる遺言書
財産が少ないからこそ起こりうる相続問題。なんとか防ぐ方法はないのだろうか?
「おすすめは、親に遺言書を書いてもらうことです。これで多くのトラブルを防ぐことができます」
遺言書は、誰にどの財産を渡すか指定することができ、原則としてその内容は守られる。法定相続人以外の人を指定することもできるので、介護負担の実績を踏まえ、“嫁に〇割を相続させる”と書いてもらうことも可能だ。
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こうした遺言書がない場合、民法が示す割合(法定相続分)を基準に、遺産をどう分けるか相続人同士が話し合い、全員が合意しないといけなくなる。この話し合いでいわゆる“争族”トラブルに発展し、家庭裁判所での調停や審判に発展することもある。
「遺言書にはメッセージを書き添えることが可能なので、なぜその配分にしたかという理由や思いを書いてもらうのもいいですね。例えば自宅とわずかな農地しか財産がなく、誰か1人が相続する場合は、『土地はまとめて田舎暮らしをしたがっていた長男に。代わりに預貯金は長女と次男に配分する』など、メッセージがあると他の相続人の納得が得られやすくなります」
なお、一般的に使われている遺言書には自分で書く「自筆証書遺言」、公証役場で法律のスペシャリストに作ってもらう「公正証書遺言」の2種類がある。
「自筆証書遺言は、日付や自筆のサイン・押印がないなど書式を満たしていないと無効になったり、紛失してしまったりするリスクがあります。法務局が遺言書を保管する遺言書保管制度を利用してリスクを減らすか、あるいは数万円の手数料がかかりますが、公証役場で公正証書遺言を作ると安心です」
ただし、遺言書があっても、“遺留分”という権利には注意が必要。亡くなった人の相続人のうち配偶者や親、子は、主張すれば法定相続分の半分を遺留分として受け取ることができるのだ。遺産相続の話をする際は、念頭に置いておきたいポイントだ。
「トラブル防止に有効な遺言書ですが、大事なのはいきなり遺言書を書くよう親に迫ったりしないことです。遺言書はあくまでも相続に関する話し合いの仕上げです。まずはどんな対策をすれば親自身が安心できるか、一緒に考えるのがいいですね」
親の財産が少ないどころか多額の借金がある場合は、別の注意が必要だ。相続人は、なけなしの財産と借金を合わせて引き継ぐか、両方を手放す“相続放棄”の手続きをするか、どちらかを選ばなくてはならない。
「相続放棄は、自分に相続権があることを知った日、例えば親が亡くなってから3か月以内に家庭裁判所で手続きをしなくてはいけません。この手続きをしないと親の借金を背負うことになります。なお、手続き前に亡くなった人の財産に少しでも手をつけると、相続放棄ができなくなるので気をつけて」
遺産が少なくても相続税申告は必要?
多額の財産を相続する際にかかる相続税。平成27年に法改正があり、相続税がかかる水準が引き下げられた。「うちも相続税を払わないとダメ?」と心配する声が、橘さんのもとにも寄せられているという。
「相続税がかからない基準になる基礎控除額は法定相続人の数によって異なりますが、例えば、相続人が妻と子3人の計4人なら5400万円です。これをオーバーするケースはそう多くないのでは」
実際、法改正後でも相続税がかけられているのは全体の10%程度。多くの人は、相続税の支払いも申告も必要ない。
「ただ、都市部に持ち家がある場合は、評価額が高くなることもあり、基礎控除額を超えてしまう可能性が。その場合は、さまざまな特例を利用すれば、相続税を払わずにすむことがあります。そうした特例の適用を受ける際は、相続税の申告が必要です」
相続をめぐるトラブルを防ぐには、基本的な知識を知ったうえで、まずは親子で話し合うことが重要。後々自分が損しないために、この年末はお金について話す時間を設けてみては。
知っておくべき親の遺産はコレ!
預貯金・株・投資信託
それに伴い、通帳、印鑑、キャッシュカード、証券口座の番号などと、それぞれの残高も知っておきたい
生命保険・個人年金
保険会社 契約内容も確認
不動産
相続税がかかるか知るため、不動産の評価額を把握したいときは以下の方法で計算。実際に売買する際の価格とは異なるので注意。
・土地…国税庁のサイトに載っている実家の住所の路線価×面積
・建物…固定資産税の通知書に載っている固定資産税評価額
貴金属・美術品など
借金・ローン
負の遺産である借金やローンも、借入先と残高を明確にしておくといい
教えてくれたのは橘 慶太さん
税理士。円満相続税理士法人代表として、相続税の相談実績は5000件を超える。著書『ぶっちゃけ相続』(ダイヤモンド社)は、シリーズ19万部を突破。YouTube「円満相続ちゃんねる」の登録者数は8万6000人超。
<取材・文/鷺島鈴香>