近年、居酒屋など飲食店の注文方法はモバイルやタブレットを使ったオーダーが一般的になりつつある。ざっと調べただけでも20種類を超えるシステムがあり、それぞれにコストや機能性の違いがあるが、素人目には区別しづらい。
2018年に創業したスタートアップのダイニーは、「“飲食”をもっと楽しく おもしろく」をミッションに掲げ、POSレジやモバイルオーダーなど飲食業界に特化したオールインワンのシステムを提供する。モバイルオーダーを使って販促につなげられる独自性があり、導入する居酒屋「四十八漁場(よんぱちぎょじょう)」では、販促による再来店率が4倍以上に増加しているという。
この9月には、中国のヒルハウス・インベストメント・マネージメントと米国のベッセマー・ベンチャー・パートナーズをリードインベスターとして、74.6億円の資金調達を実施して話題を呼んだ。
東京大学在学中に会社を共同創業した山田真央社長は「外食産業で外貨を稼ぎ、日本のGDPを上げる」と意気込む。ダイニーの狙いや強みを山田社長に、システム導入後の変化を四十八漁場などを展開するエー・ピーカンパニーに聞いた。
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●注文を受けるだけで売り上げを上げる仕組み
ダイニーが提供するPOSレジ一体型のモバイルオーダーは、QRコードを読み込み、飲食店の公式LINEアカウントの友だち登録を経て注文するスタイル。同じような仕組みは他社でも提供しているが、細かい部分に使いやすさへのこだわりがあるという。
例えば、一度注文したドリンクをすぐに探せる「おかわりタブ」があったり、複数人が同時操作した際に誤注文を防ぐ「注文内容のリアルタイム同期」を搭載していたり、一度注文したメニューに「注文済」のマークが付いていたりする。
POSレジシステムとのセット販売で商品名や価格などの登録情報がモバイルオーダーに自動連携されるため、モバイルオーダーシステムで同様の情報を登録し直す手間がなくなって誤りが減るのもメリットだ。ただ、こうした利便性は他社も同様に追求している。山田氏が「国内でダイニーしか実現していない」と話すのは、注文時に自動取得した顧客情報を生かしたマーケティング施策である。
「ダイニーのモバイルオーダーを使うと、注文時に自動でLINEの友だちに登録され、LINEから取得した個人情報と来店履歴が自動で顧客リストにたまります。そのため、お客さまが再来店した際に、その方の名前、前回来店日、累計来店回数、前回の注文内容まで把握したうえで接客ができるんです。
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さらに当社の顧客管理システムを連携すれば、モバイルオーダーで獲得したLINEの友だちに対して、『顧客属性』『来店履歴』『注文内容』に基づいたメッセージを自動配信できます。これにより、リピーターにつなげられる確率が高まります」
●スタッフへの「投げ銭」もできる
競合との差別化になっているモバイルオーダーの機能は他にもある。海外のチップ文化に類似した「推しエール」だ。各スタッフへのお礼として、顧客が100円〜の投げ銭とメッセージを送ることができる。
推しエールを採用する店舗は徐々に増えており、全利用店舗の投げ銭総額が100万円を超える月もある。年間の投げ銭総額を表彰する「推しエールアワード2023」では、合計200回、総額10万円の推しエールを獲得した焼肉店のアルバイト店員が個人部門の1位になった。
「日本でチップ文化は根付いていませんが、顧客と店員のコミュニケーションを活性化できますし、従業員のスキルアップにもつながるだろうと。エールの回数を目標とする従業員も出てきて、お互いに切磋琢磨するような環境を築きやすいと思います」
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推しエールを復興支援で利用しているところもある。2021年12月からダイニーのモバイルオーダーを導入している四十八漁場だ。例えば、石川県能登半島で地震が起きた際は、石川県で生産している日本酒を推しエールの対象とした。注文が入ったら投げ銭分の金額を能登半島に寄付するというもので、そこそこの金額が集まったそうだ。
●四十八漁場は、販促効果が4倍以上に
ダイニーのモバイルオーダーの導入により、飲食店にどんな変化が起きているのか。エー・ピーカンパニーの横澤将司社長は「四十八漁場への導入において確実に成果を上げている」という。
エー・ピーカンパニーの親会社であるエー・ピーホールディングスでは、塚田農場など約40ブランドで150店舗ほどを運営しており、一部のブランドでダイニー以外のシステムを導入している。しかし、操作性への不満があった。
「他ブランドで導入しているモバイルオーダーは、UI(ユーザーインターフェース)は良いのですが、動作が遅い、不具合が改善されないなど操作性に課題がありました。その点、ダイニーは機能が明確で分かりやすいし、若い企業で将来性に期待できる点を魅力に感じました」(横澤氏)
そこで、四十八漁場のDXにあたってダイニーのモバイルオーダーを採用。2021年12月の導入以降は、1日当たり約1.5人分の作業を削減できたほか、LINEの公式アカウントの友だちが約2万5000人から約20万人に拡大している。四十八漁場で事業部長を務める高畑智弘氏は「LINEを使ったマーケティング施策の成果が出ている」と話す。
「ダイニー導入以前は、LINEの友だち登録で1品無料のサービスを提供していましたが、登録数が伸び悩んでいました。導入後は自動で友だちが追加されるので、あっという間に10万人を超え、現在は20万人近くに。LINEでの販促における反応が明らかに異なり、販促による再来店率は4倍以上に増加しています」(高畑氏)
友だち登録後にブロックする人やメッセージを開封しない人もいるが、それでも母数の増加により手応えを実感しているという。その後、2024年4月には塚田農場の直営店66店舗にもダイニーのモバイルオーダーを導入している。
●飲食業界に特化した「銀行」の構想も
山田社長は、大学在学中に飲食店でのアルバイトを経験しており、非効率な仕組みを散々見てきたことがきっかけで、会社を創業したという。
「レジ締め後の生産伝票を印刷して手打ちでExcelに打ち込んだり、営業後に今日接客したお客さんの似顔絵をスケッチブックに手描きしたり(笑)。作業が長引いて終電を逃すこともあったし、絵心がない僕が似顔絵を描いても正直、意味はないわけで。そういう課題を自分だったら解決できると思い、飲食特化のシステムを開発しました」
山田氏が長期的な展望として掲げているのは、飲食業を人気の職業に押し上げていくこと、外食産業の成長によって日本のGDPを上げることだ。その実現に向けて次の一手になるのが、「飲食業界特化の銀行になること」だという。
「飲食業界で働く人は、金融サービスを受けづらい状況があります。その人自身はスキルが高くても、飲食業というだけでクレジットカードの与信枠が低かったり、住宅ローンの審査に落ちたり。魅力的な業態を作って多店舗展開をしたくても、十分な金融サービスにアクセスできないことも。
こうした問題を是正するには、従業員のあらゆる行動をデータ化して信用を可視化していく必要がある。接客、調理、マネジメントなどのスキルや勤務態度など、個人のパフォーマンスをデータ化することで信用の裏付けになると考えています。そうした情報を基に金融サービスの利用が広がれば、飲食業界で長く働く人が増え、人気の職業になるのではないでしょうか」
飲食業界のインフラとなるDXソリューションの提供により、業界が抱えてきた根本の課題解決に挑むダイニー。ここから1〜2年以内にフィリピンやマレーシアなどアジア圏への進出も見込む。スタートアップならではの勢いは、しばらく続きそうだ。
(小林香織)
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