牛丼価格がついに500円台に迫っています。かつてはワンコインで楽しめた牛丼は、サラリーマンの強い味方でしたが、それも過去の話となりました。
こうしたインフレは、最近の米大統領選挙でも大きな争点でした。また、日本でもコメの価格高騰が報じられ、私たちの生活に影響を与えています。
コメの価格の推移を見ると、日本のスーパーで販売されているコメ5キロの販売価格の平均は3038円(2024年9月)。2015年以降の推移を見ると、直近でかなり高騰していることがうかがえます。材料費の高騰や円安の長期化、人件費や輸送費の上昇が、牛丼の値上げに直結しています。
牛丼を提供する吉野家、すき家、松屋の3社は、これまで何度も牛丼の価格の値上げや値下げを行ってきましたが、吉野家、すき家、松屋の牛丼価格の推移を振り返ると、吉野家が減速し、すき家が一強となった背景が浮かび上がります。
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今回は2000年に始まった価格競争以降の3社の財務諸表をもとに、各社がどのような戦略で値段の改定を行ってきたのか、いかにしてすき家を擁するゼンショーホールディングス(HD)が一強となったのか見ていきます。
●牛丼の価格戦争が勃発
2000年に松屋が400円だった牛丼を290円に。翌2001年4月にすき家が400円から280円に、同年8月に吉野家が同じく400円から280円としたのがきっかけで、牛丼の価格戦争が始まりました。この競争は、2004年ごろまで続きました。
他社の値下げ競争に、吉野家が満を持して参戦したことで始まった牛丼の価格戦争ですが、安さゆえに利益が出ていなかったのかというと、意外にもそうではありませんでした。このころの吉野家ホールディングス(HD)の営業利益率は8〜11%台、吉野家単体では同13〜18%台。一般的な飲食業界は同3〜5%台であることを踏まえると、これは驚異的な数字であり、かなりの高収益だったのです。
牛丼店のみを展開している松屋フーズホールディングス(HD)も、10〜13%台と高い営業利益率を維持していました。すき家を運営するゼンショーHDの同時期を見ると、同3〜7%台とやや低め。すき家単体での財務諸表を出していないため細かい数字は分かりませんが、このころは低価格であるにもかかわらず、3社とももうかっていた時期であるといえるでしょう。
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では、原材料の仕入れから販売、代金を回収するまでの期間を示すキャッシュ・コンバージョン・サイクル(以下、CCC)はどうだったのでしょうか。
吉野家は、2000年度のCCCはマイナスでした。CCCの数字が小さいもしくはマイナスということは、お金がどんどん入ってきていることを示しています。支払いがかなり先で、支払いまでの間もずっと売れ続けており、買掛金を払うまでのサイクルが長いことを示しています。店舗で牛丼がどんどんと売れ、たくさんお金が入って来ている状態です。この時期、ゼンショーHDも松屋もマイナスであったことから、とても効率の良いビジネスだったことが見て取れます。
価格戦争が始まった当初、営業利益はもちろん、CCCという観点で見ても非常に楽な時代であったことが分かります。資金繰りが楽であれば、運転資金を借りる必要がなく、レバレッジを効かせた積極的な投資が可能になります。積極的に成長のためにお金を使えるため、企業にとっては非常にうれしい状態です。
●「低価格なのに高収益」が、BSEで一転
この数字に大きな変化をもたらしたのが、2003年末に発生した狂牛病(以下、BSE)でした。米国でBSE感染が確認された牛が見つかったことで、世界的に牛肉の安全性への懸念が広がるとともに、日本政府も米国産牛肉の輸入を全面的に停止したのです。
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当然のことながら、これは日本の牛丼ビジネスにも大きな影響を与えました。BSEの影響で、2004年度の吉野家HD、および吉野家単体の営業利益率はそれぞれ-1.0%と-1.9%と、これまでの好調ぶりから一転、マイナスとなりました。松屋フーズHDもマイナスにこそならなかったものの、4.9%と大きく数字を落としました。
このタイミングで唯一数字を落とさなかったのが、すき家のゼンショーHDです。事業を多角化していたこともあったためか、2004年度の営業利益率は3.4%と、BSE以前とそこまで大きく変化することはありませんでした。牛丼3社のなかで、一番痛手が少なく、うまくBSEの時期を乗り切ったといえるかもしれません。
BSEは営業利益だけでなく、CCCにも大きな影響を与えました。2000年〜04年の価格戦争の際は好調だったCCCが、BSEを機に徐々に悪化し始めました。吉野家HDはビジネス形態が変わったため、一概にBSEのみの影響とは言い切れませんが、牛丼ビジネスのみの松屋フーズHDのCCCも悪化していることから、やはりBSEは牛丼業界にとって大きな影響を及ぼしたといって良いでしょう。
●BSE後頭一つ抜けたのが、すき家のゼンショー
日本における米国産牛肉の輸入規制と、その後の規制緩和を経て、吉野家はBSE発生から約1年半後に牛丼を再開しました。しかし、営業利益率はBSE前の水準には遠く及ばず、吉野家単体で2005年度と2006年度は2〜3%台に、吉野家HDとしても2%台という低水準となりました。
一方、すき家と松屋は、BSEに対して迅速な対応を行っていました。すき家はすぐにオーストラリア産牛肉に切り替え味付けを変更し、松屋は豚丼などの代替品を提供し、その後オーストラリア産牛肉で対応するなどしていました。
こうした柔軟な対応により、吉野家よりも牛丼を早く提供でき、それが功を奏したのか、松屋フーズHDは2005年度の営業利益率は6.5%。BSEより前の水準には戻ってはいないものの、吉野家よりも数字を戻すことに成功しています。
ここでも頭一つ抜けていたのが、すき家のゼンショーHDでした。ゼンショーHDの営業利益率は、2005年度に7.3%にあがっています。BSE発生後、迅速にオーストラリア産牛肉への切り替えを行い、牛丼の販売を継続したこと。
それにより、お客はすき家に流れ、売り上げを拡大できました。また、牛丼以外のメニューも充実させ、多様な顧客のニーズに応える姿勢をみせたことも功を奏したと考えられます。
●柔軟な対応を見せたゼンショーHD
その後、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災により、多くの企業と同様、牛丼3社も大きな影響を受け、2009年〜13年ごろまでは厳しい状況が続きました。
牛丼価格の推移を見ると、価格へのテコ入れはリーマンショック以降に始まりました。このころ吉野家は380円と価格維持した一方で、すき家は2009年に330円、そして2010年に280円に下げ、シェアを取りに行くという戦略に打って出たのです。
2006年、牛丼並盛の価格は、吉野家が380円、すき家と松屋が350円で、その差は30円でした。しかし、2010年には、吉野家が380円、松屋が320円、すき家が280円と、最大で100円の差が出ていました。
この価格差から、すき家が積極的な戦略をとったことが分かります。松屋もすき家に追随して下げましたが、すき家ほどの価格にはしていませんでした。ここにも、各社の経営の意思がはっきりと出ており、興味深い事象だったと感じます。
すき家は牛丼並盛の価格を据え置き、大盛やサイドメニューを調整することで、客単価を上げることに成功しました。また、メニューを豊富にしてファミリー層の獲得を目指したのも特徴的でした。商品の価格は、経営にとって非常に重要な要素ですが、値上げにおいても各社の違いが表れていました。
加えて、資本市場との付き合い方にも各社の違いが表れていました。ゼンショーHDは2007年と2014年に増資を行っており、直近の2023年にも増資をしています。一方の吉野家HDは、筆頭株主の伊藤忠商事が保有していた全株式を買い取りました。その後、2015年に増資をするにとどまっています。
ここからも、調達した資金を積極的に投資し、事業を成長させようというゼンショーHDのマインドが感じられ、吉野家や松屋などとは明らかに違うことが見て取れます。また、実際にゼンショーHDはきちんと必要な資金を集められていることから、3社のなかで投資家から最も期待されていると感じます。
このようにして、価格戦争勃発当初は好調だった吉野家が減速し、BSEをうまく乗り切ったすき家の一強状態となったのです。
●「長期的」な目線が“あだ”に
さまざまな時代背景を見ながら、牛丼3社の牛丼並盛の価格や、財務諸表を分析してきました。これまでお伝えした通り、牛丼3社の環境を一番大きく変えたのは、BSEだったと感じます。
BSEによって、特に影響を受けたのが吉野家でした。BSE発生当時、吉野家は他国の牛肉を仕入れるということを基本的に行わず、「これまでの牛丼の味にこだわる」ことを貫きました。当時この姿勢は世間から支持されていましたし、かくいう私も吉野家の牛丼が好きで、その判断を見てうれしく感じたのを覚えています。
一方で、すき家と松屋は、オーストラリア産の牛肉を取り入れ、味に変更を加えるなど、オペレーションを柔軟に変更して対応しました。
吉野家は「米国産の牛肉を使い味を維持する」という判断をしたために、割高な米国産牛肉を使わざるを得なくなり、コストが高止まりしたことで価格競争という面で苦しくなったと考えられます。
BSE発生当時の吉野家のプレスリリースには、米国産以外の牛肉に対応するためには、たれの調合を変える必要があること、そして「長期的な」視点に立ってみると、米国産の牛肉を使い続けて、これまでの味にこだわるのが良いと判断したということが書かれています。
しかし、この「長期的」という目線が“あだ”となったと感じます。すき家や松屋のように、オーストラリア産の牛肉で何とか同じ味が出せないか研究していたほうが、「長期的に」見ると良かったのではと感じてしまいますし、結果的にそれが今の財務状況を表しています。
同様の事例は、他の業界にもありました。東日本大震災の際、タイヤなどの製造に不可欠な「カーボンブラック」をつくっていた企業の東北工場が被災し、生産ができなくなってしまったのです。この影響で、タイヤメーカーは安い中国製のカーボンブラックを使わざるを得なくなりました。
それまでは、日本企業との間には粒子設計に圧倒的な差があるため「使い物にならない」という声や、「調整の手間がかかるのでコスト的に一緒になってしまう」という意見があったそうです。しかし、どうにか使えるようにタイヤメーカー側が努力したところ、最終的にこれまでの製造に一工程加えることで、コストを下げつつほぼ同じ性能が出せるようになったのです。
結果的に、被災した工場が立て直され、無事元通りカーボンブラックが生産できるようになったものの、「安いほうでできる」ことが分かった一部の顧客は、戻りきらない状況が続きました。
●こだわりポイントをどこに置くかの判断が重要
このように、時代や環境に合わせられるかどうかで、企業の将来は大きく変わってきます。個人的には「持つべきこだわりポイントをどこに置くか」が大事だと感じます。
今回紹介した牛丼3社の中で、特に大事なのはお客さんに選ばれる味と価格であったと考えています。BSEが発生した当時、吉野家の「米国産にこだわる」という姿勢は評価されていましたが、それまでの手法に固執したがために、BSE以前のような収益力を取り戻すことができなくなり、結果として味やサービス、価格の面で劣後するという残念な結果になったと思います。
オーストラリア産牛肉の輸入を早期に決め、価格でも大きく勝負に出たゼンショーHDがいまの業績につながっていることを考えると、こだわるポイントを間違えると、長期的に企業価値に大きく差がついてしまうといえるのではないでしょうか。
時代に合わせた経営が重要であることは間違いありません。牛丼業界において、これまでは味と価格の両面で経営力が試され、その結果が如実に数字に現れたと感じます。しかし、今後は「人」が企業の行く末を大きく左右すると考えています。
いくら店舗があっても、そこで働く人がいなければオペレーションを回すことはできません。最近も無理なオペレーションを組んで働かせていたことが取りざたされていましたが、今後はより多くの人が「この企業で働いてみたい」と思えるような環境をつくれるかが肝となるでしょう。
私は、そうした環境づくりが、企業間の新たな「競争の軸」となってくると考えています。そして、それに対処できるか否かで、将来の順位が入れ替わるかもしれません。これからの時代に合わせた経営ができる企業はどこなのか、これからも価格とともに注視していきたいと思います。
(草刈貴弘)
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