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容量330mlのうち、9割が生クリームでできたスイーツ缶「なまくり」(850円)がじわじわと人気を集めている。SHIBUYA109をはじめ、関東、大阪、札幌に設置した自販機(全9台)とオンラインで扱っており、2022年4月の販売から2年半で累計販売数は30万缶を超えた。
同商品を開発したのは、リクーム社(東京都練馬区)の社長・井上拓海氏である。元料理人であり、全国的に展開するパン屋「小麦の奴隷」の開業・運営経験を持つ人物だ。
「高級な生クリームを気軽に食べられるスイーツをつくりたい」という思いから商品化したというが、9割が生クリームというニッチな商品で、どのように人気を広げてきたのか。井上氏に「なまくり」の販売戦略と反響を聞いた。
●1缶850円、9割が高品質の生クリーム
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「なまくり」は、330ml缶のうち9割をふわふわに泡立てた北海道産の厳選された生クリームが占める。よりリッチで香り豊かな風味にするため、隠し味にマスカルポーネを加えている。残り1割は、九州産の小麦と純国産卵を使用したキューブ状のスポンジケーキ。一般的なホールケーキ1個分に相当する量の生クリームを1缶に詰め込んだ、「生クリーム推し」のためのスイーツだ。
井上氏は毎日生クリームを食べるほどの生クリーム好きで、100回以上の試行錯誤を繰り返し、生クリームだけで満足できるようなスイーツを開発。スイーツ缶として自販機で販売することにしたのは、「スイーツ好きの男性が非接触で気軽に買えるように」との狙いから。
ターゲットは年齢・性別を狭めず広く捉えていたが、男性はスイーツを楽しむカフェなどに一人で入りづらい。また、コロナ禍により非接触で購入したいニーズも高まっていた。
一方、商品の認知を広げる入口の段階では、20代の若年女性をターゲットに据えた。男性は口コミで広げるという文化が薄いので、まずは女性に多く購入してもらって、口コミで人気を広げたいと考えたためだ。
2022年4月にSHIBUYA109内で販売したところ、テレビ取材が入ったり、インフルエンサーに紹介されたりして認知や人気が向上。1年以内に販売数が10万缶に達した。
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「無名企業の商品でしたが、おいしい生クリームを多くの人に食べてほしいという熱意が伝わり、SHIBUYA109内で販売できることになりました。他のエリアでも人気を獲得できただろうという自信はありますが、これだけ短期で認知を得られたのは流行の発信地である渋谷からスタートできたからだと思います」
そのうち、「ウチにも自販機を置きたい」といった誘いや紹介が舞い込むようになり、販売から2年半が経過した現在は、東京、神奈川、栃木、大阪、北海道のショッピングセンターやゲームセンターなど9カ所に自販機を設置している。
●実は「生クリーム」の味を知らない人は多い
今でこそ人気を得ている「なまくり」だが、9割が生クリームのスイーツと聞くと「食べきれない」と思う人も多いかもしれない。なぜ井上氏はこのような商品を開発したのか。
「僕は幼いころから生クリームが大好きだったのですが、数年前に北海道産の高品質な生クリームを食べたとき、『生クリームってこんなにおいしいのか』と感動したんです。同時に、多くの人は“本当の生クリームのおいしさ”を知らないのではないかと思い、気軽に高品質な生クリームを食べられるスイーツをつくろうと思いつきました」
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筆者も含め、多くの人はホイップされたクリームを無意識に「生クリーム」と呼び、それが動物性なのか、植物性なのか、あまり意識しないかもしれない。だが、実際は明確な定義があり、「乳脂肪のみを原料とした乳脂肪分が18%以上のもの」だけがクリームとされる。
乳脂肪に乳化剤や安定剤などの添加物を加えたもの、乳脂肪と植物性脂肪を混ぜ合わせたもの、植物性脂肪のみを原料に使ったものはクリームではなく、「乳等を主要原料とする食品」に分類されている。
井上氏いわく、一般的なカフェやクレープ屋などではクリームではなく、植物性脂肪を使ったホイップクリームを使うケースが多いとのこと。クリームに比べて風味が劣るが、これが生クリームの味だとカン違いして、生クリームを敬遠している人もいるようだ。
「多くの人が高級な生クリームの味を知らないのは、それを気軽に食べられる場がないからだと思います。植物性脂肪を使ったホイップクリームは原価が安いし、取り扱いやすいので多くのカフェなどで使われているんです。一方、クリームは非常に風味が良いのですが、原価が高く、泡立てた後に固まりやすくて扱いづらい特徴があります」
●期間限定の「10倍ちょこみんと」も話題
なまくりは、2カ月に1回ほどの頻度で期間限定の新商品を発売しており、これも話題を集める要素となっている。これまでに「れあちーず」「宇治抹茶」「ロイヤルミルクティ」「かすたーど」「クッキー&クリーム」など10種類ほどの新商品を発売している。
「クリームを楽しむことを大事にしているブランドなので、クリームのおいしさを消さずに調和するような組み合わせを意識しています。生クリーム好きの僕自身が食べたいと思うか、という視点で開発していますね」
期間限定商品を発売する狙いは、「ファン層を広げるため」だという。
「生クリームは料理にも使われますし、意外と何にでも合う万能食材なんです。そうした要素を生かして、生クリームが好きな人だけでなく、苦手だと思っていた人にも生クリームの新しい食べ方を提案していきたいなと。新しいファンを取り込む入口として、コンスタントに新商品を開発しています」
2024年8〜9月には、これまでに発売した期間限定商品と既存の「なまくり」を含めた10種類から人気ナンバーワンを競う「なまくり総選挙」を実施。1位となったのは「10倍ちょこみんと」(250ml、850円)で、9月17日〜11月中旬頃まで再販した。
人気がありそうなチョコレートやカスタード味よりも、チョコミントが1位になったのは意外だったが、井上氏はその理由をこう分析する。
「ニッチな商品を好きな人たちって行動力があるんです。『なまくり』自体もニッチで販売場所も限られていますが、生クリーム好きの人たちは、あえて時間とお金をかけて買いに来てくれます。チョコミントも『チョコミン党』という言葉があるぐらい熱狂的なファンがいて、その人たちの行動力のおかげで1位になったのでしょう」
実は、「10倍ちょこみんと」という商品が生まれた背景にもチョコミン党の声が反映されている。2023年8月に「10倍ちょこみんと」の前身となる「ちょこみんと」を発売したところ、「ミント味が薄すぎる」とチョコミン党から多くのクレームが入ったのだ。そこで、一旦製造をストップしてミントの風味を強くした「10倍ちょこみんと」を発売したところ、チョコミン党から支持を得たという。
●なぜニッチなのに売れているのか
一部の層にしか刺さらなそうなニッチな商品なのに、なぜこれほどの反響があるのか。この問いに対して、井上氏は「届け方を工夫しているからではないか」と答えた。
「SHIBUYA109やアドアーズサンシャイン(池袋)など多くの人流がある場所で販売していますが、それでも通りすがりの人が偶然見つけて買うのではなく、すでに『なまくり』を知っている人しか購入しません。認知したうえで購入してもらうことで満足度が上がり、ファンが増えると考えていて、あえてそのような届け方をしています」
9割が生クリームという意外性のある商品なので、何も知らずに購入してしまうと食べきれないことがあり、結果として満足度が下がってしまうという。「生クリームだけで満たされたい」という「なまくり」に興味津々な層だけに届けるために、SNSを駆使して情報を届け、狙って買いに来てもらう流れを意図的につくっているそうだ。
そうした狙いがあるため、がむしゃらに販路を広げていない。届けたい層に届けるための販路開拓は一番の難しさだという。
「商品を卸してほしいという依頼は毎日のように届きますが、ほぼ全てお断りしています。とにかくたくさん売れればいいのではなく、狙った層に届けて商品の満足度を高めることを優先しています。全自動ではなく手作業で製造しているので、大量生産が難しい事情もあります」
現在、池袋にある製造所では1日に400〜600缶を製造。できあがった商品を急速冷凍して、自販機を設置している9カ所に発送している。週末を中心に完売になることが多く、自社で運営しているオンライン販売も発送までに7〜10日を要している。今後、東京の東部や九州などにも自販機を置きたいというが、そのためには製造方法の見直しが求められそうだ。
さらに、自社で生クリームを使ったクレープやパンケーキなどの新商品を発売したり、期間限定のポップアップストアを展開したり、生クリームの味わいをいろいろな切り口で届けていきたい展望があるという。
(小林香織)
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