日本に暮らす中国人の数は日に日に増加し、いまや80万人を超えている。そんななか、在日中国人社会で独自の発展を遂げる経済圏について、『日本のなかの中国』を上梓したジャーナリストの中島恵氏に聞いた。
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〈丸亀製麺の小麦粉、12.5kg、2600円、西川口で受け取り〉
〈信州産きゅうりの購入に相乗りしてくれる人募集。6kg1255円の箱が3箱あり〉
これは、中国のチャットアプリ「微信(ウィーチャット)」上にある、埼玉県の蕨(わらび)市や川口市に住む中国人グループに投稿されていたものだ。古着やおもちゃ、家電などの不用品が売り出されているほか、マッサージ店の求人募集まである。ウィーチャットや中国版インスタグラム「小紅書(シャオホンシュー)」、「微博(ウェイボー)」などのSNSは、在日中国人にとって欠かせないツールになっていると中島氏は言う。
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「中国人はマスメディアよりも、同じ境遇の人や身近な人が集まるSNSの情報を信用します。それは日本にいる中国人も同じで、ウィーチャットには教育や仕事などさまざまなカテゴリーのグループが存在し、情報交換が行われています」
■スーパーで買うのは牛乳と卵だけ
ウィーチャットは、決済機能なども搭載されたスーパーアプリ。情報媒体としてだけでなく、生活インフラの役割も担っている。
「中国食品スーパーや中国野菜を生産している農場から商品を購入することも可能です。牛乳と卵以外は中国人のSNSグループから購入するという中国人もいるほどです。日本人が知らないところで、在日中国人の経済ネットワークが構築されているのです」(中島氏)
食品に限らず、不動産や家事代行など中国人向けのさまざまな業者をSNS上で探すことができる。日本のQR決済サービスを利用することもあれば、業者によってはウィーチャットでそのまま決済することも可能だ。中国人だけで経済が回っているわけだが、それはサイバー空間に限らない。
「中国人が経営するあるリフォーム会社は、従業員がほとんど中国人ですし、顧客も大半が中国人。壁紙などの資材も在日中国人が経営する問屋から仕入れており、中国人社会の中だけで完結しています。
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また、インバウンド業界でも団体旅行客を受け入れるのは中国系の旅行会社で、買い物に連れていくのも中国人が経営する『ラオックス』などの免税店やお土産物屋。当然、対応する店員も中国人です。また、個人旅行客は空港などで中国人の白タクを利用する。観光地などのハードは日本ですが、ソフトを提供するのは中国人なのです」(中島氏)
近年、増えているガチ中華もターゲットは中国人であり、中国人間のビジネスは美容整形、ネット通販、中古車販売、自動車修理などさまざまな業界に広がっている。こうした仕事には日本語が必要なく、最近では日本に暮らしながら日本語を話せない中国人も増えているという。最近では富裕層の移住が増えているが、彼らも日本語を話せない人が多いと中島氏は指摘する。
「中国政府が厳しいゼロコロナ政策をとったことにより、2022年頃から日本に移住する中国人が増えていますが、彼らは身の安全や資産のリスクヘッジが目的であり、必ずしも日本に特別な思い入れや関心があるわけではありません。かつての中国人は、日本に来たらまず日本の社会に溶け込もうとしましたが、いま日本に移住してくる中国人は、『日本の中国人社会』に溶け込もうとするのです」(中島氏)
日本は近いうえに中国人社会がすでに構築されているため、移住しやすいのだ。富裕層のなかには経営者や投資家だけでなく、香港の芸能人などもいるという。
「多くの日本人が知るある香港スターが日本に移住しているのは、中国人社会では有名な話。彼は『ハイオク満タンお願いします』しか日本語を話せないそうです」(中島氏)
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■在日中国人社会で進む多層化
出入国在留管理庁によると、2024年6月末時点での在日中国人の数は84万4187人で、半年間で2万2000人以上も増えている。さまざまなバックグラウンドをもつ中国人が移住してきたことで、在日中国人社会は多層化していると中島氏は言う。
「かつては日本に来るのは、出稼ぎ労働者や一部のエリートが多かったですが、近年は中間層がどんどん増えています」(中島氏)
この中間層が、日本人とは感覚が異なるという。
「中国の大手企業では年収2000〜3000万円を稼ぐ人がザラです。しかも副業の規模が大きく、不動産をいくつも所有して賃貸で運用しているという人もいます。日本人からしたら富裕層に見えますが、彼らは普通の会社員なのです。
こうした幅広い中間層に加え、富裕層ももっと日本に来るでしょうし、特定技能制度を利用して建設現場や物流業界で働こうという人も増えてくるでしょう。中国の縮図のように、あらゆる階層の中国人が日本で増えていくのです」(中島氏)
米大統領選で勝利したドナルド・トランプ前大統領は、中国製品に対して最大60%の関税を課すことを示唆するなど、中国に対して強硬姿勢を示している。対米ビジネスを展開している中国企業は厳しい状況に置かれるし、米国に留学する学生も減るかもしれない。
となると、緩衝地帯や代替地として日本に進出する企業や学生も出てくるだろう。私たちは、ますます多層化する在日中国人社会とどう共存していくかを考えるべきなのかもしれない。
●中島恵(なかじま・けい)
山梨県生まれ。北京大学、香港中文大学に留学。新聞記者を経てフリージャーナリスト。主に中国や東アジアの社会事情を取材。近著に『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)など多数。
文/大橋史彦 写真/photo-ac.com、WeChat