巨大エンタメ企業に潜んでいた“死角”――ソニーのKADOKAWA買収は外資牽制の一手になるか

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2024年11月29日 12:41  ITmedia NEWS

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 11月19日、インパクトのあるニュースが飛び込んできた。ソニーによるKADOKAWAの買収の観測をロイターが報じたのだ。KADOKAWAは2024年6月からおよそ4カ月間、サイバー攻撃の影響によって長期間に渉り積極的な事業展開が行えなかったにもかかわらず、売上・利益とも堅調に推移していただけに、寝耳に水という印象を受けた関係者も少なく無かったはずだ。


【画像を見る】KADOKAWAは韓国のカカオが実質的な筆頭株主になっている


 報道を受けて、KADOKAWAの株価は急上昇。東証が「不明確な情報が生じている」として注意喚起を行い、翌20日にはKADOKAWAからは「株式取得の初期的な提案を受領しているが、決定した事項はない」と、提案があった事実は認める発表も行われた。


 ソニーはこれまでエンタメ・IPシフトを経営戦略として明確に打ち出しており、傘下のアニプレックスは有力タイトルを擁し、北米アニメ配信プラットフォーム「クランチーロール」も会員数を順調に伸ばしてきている。KADOKAWA買収によって、その地位がより強化されるとあっては期待が高まるのも無理はない。


 しかし、KADOKAWAの資本政策の推移を見ると、今回の買収報道から日本のエンタメ企業が抱える共通の課題も見えてくる。今回は、長くアニメ産業をウォッチしつづけているアニメーションビジネスジャーナルを運営する数土直志氏に詳しく話を聞いた。(この記事はYouTubeチャンネル「アニメの門DUO」で11月22日に行った数土氏との対談を記事化した)


プロフィール:数土直志:ジャーナリスト


メキシコ生まれ、横浜育ち。アニメーションを中心に国内外のエンタテイメント産業に関する取材・報道・執筆を行う。大手証券会社を経て、2002年にアニメーションの最新情報を届けるWebサイト「アニメ! アニメ!」を設立、国内有数のサイトに育てた。また2009年にはアニメーションビジネス情報の「アニメ! アニメ! ビズ」を立ち上げ、編集長を務める。2012年、運営サイトをイードに譲渡。2016年7月に「アニメ! アニメ!」を離れ、独立。代表的な仕事に「デジタルコンテンツ白書」(一般財団法人デジタルコンテンツ協会)のアニメーションパート、「アニメ産業レポート」(一般社団法人日本動画協会)の執筆など。


●韓国カカオが実質的な筆頭株主に


 数土氏がまず指摘したのが、KADOKAWAのここ数年の株主構成の推移だ。


 日本では電子書店ピッコマの親会社として知られる韓国IT大手カカオが、ここ数年KADOKAWAの株式を買い増しており、通常は年金基金や投資信託、保険会社などの資金を運用することが目的で経営権に関与しない信託系を除いて、24年4月には実質的な筆頭株主(11.37%)となっていた。これは、ドワンゴの創業者である川上量生氏(5.00%)や、22年まで会長を務めていた角川歴彦氏(23年3月まで2.06%)も大きく上回っている。


 そもそもマンガやラノベなどに強みを持つ大手出版3社(集英社・小学館・講談社)は株式を公開していない。KADOKAWAは、創業家の兄、角川春樹氏との対立があった歴彦氏のメディアワークス立ち上げやその後の角川書店への復帰などの経緯から、株式公開による「近代化」を進めてきたが、ここに来てそれが材料となった形だ。


 「2014年のドワンゴとKADOKAWAの経営統合の際、ドワンゴ株式の価値が膨らみ、創業者の川上氏が大株主になりました。川上氏はそれからの約10年間、少しずつ持ち株を売却していった結果、統合後のKADOKAWAには安定した大株主が不在となってしまい、ビジネス上の協力関係にあるサイバーエージェント(2.10%)やソニーグループ(2.10%)などに株式の保有を呼び掛けた経緯があります」(数土氏)


 数土氏は、円安とサイバー攻撃の影響によって、KADOKAWA株が相対的に他社から狙われやすい状態になっていると述べた。カカオによる一層の買い増しが表面化したことで、KADOKAWA側の警戒感が高まり、ソニーGによる買収協議がはじまった可能性もある。


●KADOKAWA買収の「うまみ」は出版機能


 ネット上では、KADOKAWAの展開するアニメやゲーム事業が、仮にソニーによる買収が実現した場合、どのような影響を受けるのか気になる、という声も多くあがった。ただ、実はこの点は買収の際の大きな論点ではない、と数土氏は分析する。


 「ソニーグループは売上13兆円を超える巨大企業です。KADOKAWAのアニメやゲームといったそれぞれ数百億円規模の事業は、是が非でも傘下にと考えているとは思いにくいです。彼らにとって最も魅力的な事業は、資本があったとしても新たに立ち上げるのが困難な『出版』事業と見るべきでしょう」(数土氏)


 現在、世界的にも家庭用ゲーム市場は冷え込んでおり、各社は大型の投資を控えている。ソニーも10月に2つの傘下スタジオの閉鎖を発表したばかりだ。アニメについては北米配信大手のクランチーロールを21年に買収しているが、すでにKADOKAWAが権利を持つ作品もクランチロールで多数展開されており、それを目当てとした買収というのも考えにくい。


 一方、電撃文庫に象徴される国内随一のラノベ・小説出版事業は、多種多様な原作IPの生産力や中国テンセントと協力しての海外展開、デジタル流通など、ソニーと言えども一朝一夕には獲得できない資源だ。「KADOKAWAは出版を超越した『メディアミックスカンパニー』を掲げていたこともありましたが、今回の買収を巡る動きは、やはり彼らの強みは出版だったということを浮き彫りにした感があります」(数土氏)


 川上氏が近年力を入れる教育事業(N高・ZEN大学等)や、祖業であるCGM「ニコニコ動画」はどうか。ソニー吉田CEOが経営方針として掲げる「人に近づく=ユーザーに近づくDirect to Consumer(DTC)サービスとクリエイターに近づくコンテンツIPの強化」との親和性は高そうだが、数土氏はこちらも買収を目指すのであれば主眼にはないのではないかという。


 「ソニーは近年、金融・保険事業の切り離しによる株式価値の向上を迫られる場面もありました。そんな彼らが新たに非中核事業となる教育やコンシューマーメディアを積極的に抱え込むことは望まないでしょう」(数土氏)。企業文化が大きく異なる両社が完全に統合されるということも考えにくく、仮に買収が成立したあともグループ内企業として一定の独自性を保ちながら運営されることになる、と見るのが妥当だ。


●海外から買われる日本エンタメ企業の未来


 割安な日本企業の株を海外資本が買う動きはKADOKAWAに限った話ではない。セブンイレブンを運営するセブン&アイ・ホールディングスがカナダ流通大手から買収提案を受けていることは繰り返し報道されているが、エンタメ企業に対しても同様にあまり一般紙では報道されない買収、資本参加が相当数行われている。


中国テンセント・ネットイースによる主な動き


テンセント


・マーベラスに49%出資(2020年5月)


・プラチナゲームズと資本提携(2020年10月)


・Wake Up Interactive買収(2021年11月)


・KADOKAWAに300億円出資/子会社がフロムの一部株式取得(2022年9月)


・ビジュアルアーツを買収(2023年7月)


ネットイース


・ANICIブランドでアニメ投資を推進(2020年6月設立)


・サテライトと資本業務提携(2020年10月)


・グラス・ホッパー・マニュファクチュアを傘下に(2021年5月)


・名越スタジオを設立(2022年1月)


 中国IT大手テンセント、ネットイースによるこれらの動きは、双方にメリットのある友好的なものと受止められているが、2024年7月にシンガポールの投資会社による買収提案(TOB)が却下された東北新社の例を挙げ、数土氏はエンタメ企業においても株主、ひいては経営体制の安定の重要性を指摘する。


 「創業一族とその関係者が過半数の株式を保有している東北新社は、TOBに対して企業価値・株式価値の向上が見込めないという判断のもと、それを拒否することもできました。これまで日本のアニメ・ゲームなどのエンタメ企業は、どちらかというと市場では『マニアック』な存在で、海外投資家からの注目を集めてこなかった。その状況が近年急速にかわったわけですが、多くの企業で資本構成における備えが取れてこなかったということでもあります」(数土氏)


 数土氏は、海外展開におけるシナジーは認めつつも、富が海外に流出することにもつながる外資によるエンタメ企業の買収は「残念」でもあり、それに対抗するには株式価値や企業価値のさらなる向上で買収へのハードルを上げることが最も重要だ、とも指摘した。


 逆に、北米では東宝が24年10月にアニメ製作・配給大手のGKIDSを買収、KADOKAWAもこれまで北米翻訳出版社のYen Press、アニメ情報サイトAnime News Network(ANN)や英語ラノベプラットフォーム大手J-Novel Clubを買収するなど海外における日本企業の存在感も増しており、日本アニメ・マンガ人気の高まりを受けて市場の主導権を巡る動きはこれからも激しくなることが予想される。


 筆者からは国内新聞社やテレビ局などのマスメディア企業に対しては、外資規制(外国人株主比率を20%未満に抑える放送法・電波法による)が存在しているが、国が基幹産業化を目指すエンタメ・コンテンツ企業に対してもなんらかのルール整備が必要ではないかとも指摘している。そもそも、ヒットに左右されやすく他の産業に比べて安定的な経営が難しいエンタメ事業会社が株式の公開によって市場から資金を調達する意義も再確認される必要もあるだろう。



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