以前、この連載で取り上げたミネベアミツミの「SALIOT pico(サリオピコ)」は、デスクライトとしてはかなり風変わりでオーバースペックの製品だった。それが面白くて取材して記事にしたのだが、それから2年半経った11月27日に新しく「SALIOT pico ポータブル」が発表された(発売は12月)。照明機器としての性能は従来製品と同じだけれど、なんと充電式になり、さらに微妙にデザインにも変更が加えられている。
私は、従来機の愛用者だったこともあって、発売前に製品をお借りして使ってみたところ、充電に対応したことで、博物館や美術館の照明機器の性能をそのまま家庭やオフィスに、というコンセプトだった従来の「サリオピコ」とは、全く違ったコンセプトの製品になっていた。実際に、その製品開発の経緯を取材してみると、そこにはBtoBの製品をBtoCの製品に転用することの難しさと魅力の双方が感じられて面白かったのだ。
モノづくりの過程において、メーカー側には、製品を実際に市場に出してみないと気がつかないことがあり、ユーザー側にとって不思議だったことが、メーカーにとっては必然だったということは、往々にして起こり得るのだ。そして、その結果生まれた新製品は、メーカーとユーザーの双方にとってメリットのある着地点になっているというのが、新しいサリオピコ ポータブルの良さだと思った。
「充電できるようにしてほしいというのは、発売当初から、お客様からも要望がありました。ただ、サリオピコの場合、レールにスポットライトのような形でライトが付くというスタイルを実現するにあたって、台座がかなり重くないと安定して自立しないという問題がありました。それで、台座と支柱の設計に注力していたこともあって、充電に思い至りませんでした。元々、博物館などで使っているシステムを、そのまま家庭に持ち込みたいという企画でしたから、電源は外部から取るのが当然という発想でしたね」と話してくれたのは、サリオピコ(コードレスタイプ)の開発に当たったミネベアミツミ照明EC製品推進室室長の上野毅さんだ。
|
|
実際、最初のサリオピコは、3灯のスポットライトを装着できる長いレールに、用途に応じて、1灯、2灯、3灯をユーザーに選んでもらうという製品だった。つまり、長いレールに自由にライトを付けるというのが製品のコンセプトだった。
その長さを支える台座は、それなりの重さが必要だし、デスクライトとして使ってもらうなら、それなりにコンパクトにする必要がある。また、3灯を長時間点灯させるバッテリーとなると、かなりの大きさと価格になってしまう。最初から考えになかったというのも無理はない。
どのような形でユーザーに受け入れられるかも分からない状態で、見切り発車のように発売した製品ではあったけれど、市場には好意的に迎えられて、販売は好調。実際、太陽の下で見るような色でモノを見ることができるRa97(高演色性)の光をデスクライトに使うという発想の製品は、その後もほとんどない。
その実力は、この連載の「机の上を美術館にしてしまうデスクライト「SALIOT pico」が演出する自然光の意外な効用」に詳しいので、そちらを参照してほしい。
最初の製品の好評を受けて作られたのが、支柱を短くした2灯タイプと1灯タイプ。「実は、このコンパクト版を作るのには反対だったんですよ。なんだか安易に思えてしまって。長いレールで、高さやライトの数を変えられるという形で完成していたから。モジュールになっているというのがポイントだと思っていたんです。でも、単品で家電として見た時、モジュールより、こういう1灯なら1灯、2灯なら2灯のサイズになっている方が製品としての完成度は高いんですよ。その辺、頭が固かったですね。反省しています」と上野さん。
|
|
デスクライトがモジュールになっているというアイデア自体はとても秀逸だし、だからこそ最初の「サリオピコ」も売れたのだと思う。モジュール式にすることで、品番数を減らすこともできて、メーカーとしても扱いやすい製品になった。
しかし、この1灯タイプは私も使っているのだけど、これがとても可愛いのだ。これはもう完全に家電だったので、この連載では取り上げず、別の媒体でグッズ紹介記事を書いたのだが、その記事を読んだ年配の方にかなり売れたらしい。こういう、光自体の質が良くて、コンパクトなデスクライトは、それはそれで需要があるのだろう。
そして、このサイズの製品が出たことで、充電式のコードレスタイプの開発が現実的になった。
コンパクトタイプを充電式にするのなら、台座の問題の解決も難しくないのではないかと考えた上野さんは、さっそく開発を進めていく。なるべく同じサイズにしたいということと、バッテリーの持ち時間のバランスを考えてバッテリーを選定した。
「フル充電で、2灯をフルに光らせた場合で約1時間半、1灯だと3時間の連続使用ができます。サイズは、ほぼ同じですが、厳密には高さが4mm高くなっています。バッテリーの交換は、一応ユーザーさんでもできるのですが、廃棄の方法などは別途、説明書を付けます。3灯にすると、バッテリーの持ち時間が短くなり過ぎるので、今回は2灯タイプまでとしました。実際、バッテリーの技術の進歩にも助けられた部分はあります。5年前だと、この製品はできていなかったと思います」
|
|
実際の使い方としては、普段は有線で電源につないで使って、一時的に別の場所で使いたいとか、停電時などにはバッテリーで使用するというのが、このライトに一番合う使い方ということになる。私は、普段は、ペンスタンドの上に乗せた1灯タイプをデスクライトとして使いながら、机の上で写真を撮りたい時は電源コードを外して、ライティング機器として使ったり、細かい文字を書く時に、手元に持ってきたりといった形で運用している。こういう使い方なら、バッテリーは1時間半もてば十分。
コンパクトながら明るくて、光の質が良い照明を、好きな場所に持っていって使えるというのは、明るさを求める場合だけでなく、撮影の照明や記念日の食事の時のテーブルライト、手元の細かい作業時のスポットライトなど、デスクライトの範疇を大きく越えた使い方ができるのだ。元々が、デスクライトとしてはかなり特殊な製品だし、デスクライトというより、サリオピコという照明機器のジャンルのような製品なので、充電できるデスクライトというカテゴリーからは、どうしてもはみ出す。その意味でも、バッテリーの持ちが短めなのは、欠点というより製品特徴に見えるのが、この製品の面白さ。
「バッテリーはリチウムイオン電池を使っています。従来品との仕様的な違いは、バッテリー内蔵かどうかだけで、ACアダプターも、レールも同じで、ライトにも互換性があります。なので、従来の製品をお持ちの場合、今回のレールに従来のライトを付けることもできます。ただ、ライト部分も、今回、リニューアルしました」と上野さん。
このリニューアルが個人的にはとてもうれしいものだった。一つは、ライトが、右方向にも左方向にも動かすことができるようになったこと。従来のものは、右方向にのみ動く仕様だったので、左方向を照らすためには、ライトを上下逆に設置する必要があった。
「元々、博物館用の照明は、横方向に伸びたレールにライトを装着する仕様でしたから、半球状に動けば用が足りました。それを、そのまま小型化したので、両方向に動かせた方が便利なんてことが分からなかったんです」
こういうところが、BtoB製品をコンシューマー向けに販売する場合の落とし穴なのかもしれない。私を含め、ユーザーサイドは、デスクライトだと思っているので、左右に振れないことの方がビックリするのだ。
さらに、ライト部分の変更はもう一点。この製品は、ライトの前面にレンズが付いていて、先端を回すことで光の照射範囲を変えることができる。前の製品では、最小から最大までの距離が長く、かなり多く回す必要があった。
新しいライトでは、この距離が短くなって、最大から最小まで、少ない回転で辿り着くようになっている。これも、照射範囲を細かく設定する必要がある、博物館用照明からスタートしたからこその仕様で、デスクライトとして使うなら、ほとんど最大か最小か、中間かくらいしか動かさない。ならば、回転数は少なくていいのだ。この変更も、ユーザーからのフィードバックで実現した。
「元々の企画が、家庭でも簡単に間接照明が得られるライトを、というものでしたから、寝かせて使うのが先に頭にあったんです。それを立てて使えるようにすれば、デスクライトにもなるね、といった発想でしたから、家庭やオフィスの机の上で使うライトが、どのように使われるのかが分かっていなかったんですね」と上野さん。しかし、これも、まず製品を世に出したからこそ気がつけたことだし、その製品が、かなりBtoB的な製品であったにも関わらず、コンシューマーのユーザーにとっても魅力的で有用だったということの証明でもあるのだろう。
デザインは変っていないが、今回、色は黒ではなく、シャンパンゴールドとブラウンメタリックの2色展開になった。これも、家電的な方向にシフトした表れだ。
特に1灯タイプのシャンパンゴールドモデルだと、元の製品にあった、プロの機材をご家庭に的なムードが払拭され、オシャレ家電のようにも見える。このあたりも、上野さんが自ら、インテリアショップやセレクトショップを実際に回ってみた実感から生まれたものだという。
「元の製品のデザインも決して評価は低くなかったんです。機能的なデザインで、好む方も多かった。ただ、家庭用のデザインだったかというと、やや尖り過ぎだったかなと今は思います。最初に作っていた時は、これが男性的なデザインだという意識も無かったんです。元のデザインも、決して間違いではなかったと思います。ただ今回、新しくやるにあたっては別のアプローチをしたいなと思った時に、やはり、前のデザインは黒子的と言いますか、裏方的な存在なんですよ。だから、インテリアに合うとか合わないとか、そういう事以前で、その意味でも家電的ではなかった」
しかも、色を変えただけでなく、ほとんど同じに見える形状だが、実は角に少しRを付けてあるのだ。そうやって、武張った印象を和らげると同時に、安全性にも配慮している。それでいて、元々のコンセプトである、プロの道具的なイメージも残しているのが、なんとなく信頼できる気がする。
家電的とプロユース的、BtoB的とBtoC的という意味的な比較ができる製品というのも、中々珍しく、しかも、相変わらず、実際に使ってみないと、その凄さは伝わりにくいことも変わらない。しかし、とにかく机での作業が多い人、オフィスや家庭の机の上で撮る写真のクオリティを上げたい人、目に優しい光が欲しい人は、一度使ってみてほしいライトなのは、有線タイプも充電タイプも同じ。試してみてほしいと思う。
|
|
|
|
Copyright(C) 2024 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。