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魔性の魅力によって主人公の人生を狂わせてしまうヒロインのことを、創作の世界では「ファム・ファタール」というが、最近ではこれをひっくり返したような作品が増えつつある。主人公ではなく自分自身の人生が狂っている、いわば“逆ファム・ファタール”とでも呼ぶべきヒロインが目立っているのだ。
たとえば『週刊ヤングマガジン』(講談社)連載の『平成敗残兵☆すみれちゃん』は、その代表的な作品の1つだろう。
ヒロインの東条すみれは、31歳の元アイドルという設定。酒とパチンコに溺れる生活を送っていたところを年下の従兄弟・泉雄星に感化され、人生にもう一花咲かせることを目指していく。
しかしすみれの行動には、しばしば性根のクズさが顔を出す。滞納した家賃の支払いに使うはずだった同人写真集の売り上げをパチンコに注ぎ込んだり、大手サークルとの共同の売上金300万円を着服してバイクを買ったりと、どこまでも欲望に流されてしまうのだ。
さらにその後登場した“すしカルマ”こと颯子という元アイドルも、強烈なインパクトを与えた。彼女は売れない成年向け同人作家となっているが、プライドが高く、心の中ではいつも他人を見下しながら生きている。ひねくれた性格で、まともな恋愛経験もなく、遥かに年下の高校生である雄星に歪んだ欲望をぶつけていく……。なんとも恐ろしい人物だ。
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また『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載されている『のあ先輩はともだち。』のヒロイン、“のあ先輩”こと早乙女望愛は、極端に社会性が欠けている。
彼女は一見仕事ができるキャリアウーマンに見えるものの、実は感情がとてつもなく“重い”女子。ゲーム会社に勤める後輩・大塚理人に「友達」になってもらうのだが、そこで常識の範囲を逸脱した要求を繰り広げていく。
メッセージの返事が遅いといって泣く、「友達2ヶ月記念日」を忘れたと言って泣く、挙句の果てには恋人ができても自分との関係を優先してほしいと言う……。もはや“モンスター友達”と呼ぶのがふさわしい。
とはいえ「毎日一緒に飲んでほしい」「他の人と会話しないでほしい」と主人公に強く執着する姿は、ある意味“面倒くさい彼女”に近い。庇護欲をくすぐられる人がいても、おかしくはないだろう。
こうして見てみると、すみれも颯子ものあ先輩も、読者がまったく共感できない人物というではない。むしろ誰もが他人事とは思えない“安心感のあるダメ人間”といった印象を受ける。つまるところ読者が「なんてどうしようもない人なんだ」と思いながら不思議と愛しくなってしまうのが、逆ファム・ファタールの魅力なのではないだろうか。
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ダメ人間のヒロインといえば、「カドコミ」の『ダウナー系お姉さんに毎日カスの嘘を流し込まれる話』も外せない。一部で大きな話題を呼んだ同人音声「ダウナー系お姉さんに毎日カスの嘘を流し込まれる音声」のマンガ版で、原作同様に強烈な設定となっている。
コンセプトとしては、ミステリアスなお姉さんが「豆電球はつけると少し甘い匂いがする」「9階建てのマンションには必ず地下1階がある」といった嘘を延々と繰り広げるというもの。問題は話し相手が公園で出会った男子高校生で、毎日同じことを繰り返しているということだ。冷静に考えると、どう見ても不審者だろう。
背景設定が直接描かれることはあまりないものの、社会に馴染めていない人物という印象を否応なしに抱いてしまう。それを証明するかのごとく、「友達が多い」という嘘を吐いているところも描かれていた。
また「週刊コロコロコミック」で連載が始まった『ダウナーお姉さんは遊びたい』は、同作に触発されたような内容のマンガだ。アラサー風のお姉さんが、公園で知り合った中学生の少年を「ベイブレード」や「ハイパーヨーヨー」といった遊びに誘う物語となっている。
同年代で趣味を共有できる相手がいない、社会不適合者なのではないか……という不安を掻き立てられるが、そこがキャラクターとしての魅力につながっていることは否めないだろう。
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さらにこのジャンルの究極系とも言えるのが、『ヤングアニマルZERO』(白泉社)と「ヤングアニマルWeb」で連載中の『ドカ食いダイスキ! もちづきさん』。もはやロマンスの気配すら存在せず、孤独に人生が狂っているという衝撃の設定だ。
主人公の望月美琴は、一見何の変哲もないかわいらしいOLだが、実は“ドカ食い”に依存している変人だった。満腹感と血糖値の急激な上昇によってトリップすることを「至る」と呼んでおり、巨大カップ焼きそばのマヨネーズがけや、ご飯4合分のオムライスなど、異常な量の食事をたいらげていく。
本人もしきりに自身の健康を心配するのだが、ドカ食いから抜け出せる気配は一切ない。読者はそんな破滅的な生きざまに戦慄しつつ、親近感と怖いもの見たさがごちゃ混ぜになった感情を押し付けられる……。
なぜ最近になってこうした作品が次々ヒットしているのか、その理由ははっきりとは分からない。ただ、あえて仮説を立てるなら、「魅力的なキャラが破滅するのを眺めたい」という倒錯した欲望がそこにはあるのかもしれない。もしそうだとすれば、それは「美女に破滅させられたい」という昔ながらのファム・ファタールとは真逆の現象ではないだろうか。
今後もマンガ業界で逆ファム・ファタールのブームが続いていくのかどうか、注目していきたい。
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