Text by 生駒奨
Text by 白鳥菜都
モデル・俳優のイシヅカユウが主演を務める短編映画『Colors Under the Streetlights』が、12月13日(金)より公開される。
イシヅカが演じるのは、ガールズバーのキャストたちを送迎するドライバー・ユリカ。多くを語らず、ヘッドライトや街灯に照らされながら夜の街を走る。約20分程度という上映時間のなかで「間」が多用され、ときおり浮かび上がるように放たれるセリフにハッとさせられる。短編映画であることへのこだわりと矜持が感じられる作品だ。
この記事では、映画の撮影でも使用された甲州街道沿いでイシヅカとフォトシューティング&インタビューを実施。本作の監督である定谷美海のコメントも交えながら、制作背景やイシヅカの作品への向き合い方について話を訊いた。
『Colors Under the Streetlights』が撮影されたのは約2年前のこと。撮影の半年ほど前、共通の知人の紹介で、定谷監督はイシヅカに出演オファーを出した。
イシヅカ:じつは、オファーをいただいたとき、一回お断りしたんです。悪い言い方ですが、オファーが来た段階では「ステレオタイプなトランスジェンダー役をやってください」ということかなと疑っていて。それに、トランスジェンダー当事者役で、主人公でというのは一度経験しているので……。ほかの人にバトンを渡すという意味でも、これは私がやる必要があるのかな? と考えていました。
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静岡県浜松市生まれ。ファッションモデル・俳優として、ファッションショー、CM、映画、ドラマなどさまざまな分野で活動。過去の出演作に短編映画『片袖の魚』(2021年)、『LOUD』(2022年)など。WEBメディアでの連載やPodcast配信など、多彩な活躍を見せている
それでも、一度は直接会って話すことになったイシヅカと定谷。話をするなかで、イシヅカは作品へのイメージが変わっていったという。
イシヅカ:単純に、脚本が面白くて惹かれたんです。ユリカ(本作の主人公)がやっている仕事や、性格的な部分も含めて、なんかいいなと思って。良い意味で、「いかにもトランスジェンダーっぽい」役ではないと思って、引き受けることにしました。
物語は、監督の実体験から生まれたものだ。2020年、カナダのプロダクションで映像制作をしていた定谷はパンデミックにより帰国を余儀なくされた。コネもなく、ましてやコロナ禍の日本ではなかなか仕事が見つからず、たどり着いたのがガールズバーの運転手だった。
3か月の間、運転手の仕事をするなかで、定谷はさまざまな女性と出会う。真実か否かもわからない身の上話を聞かされ、監督もまた、ウソを並べる。それでも、ガールズバーの女性たちと監督のあいだには、同情や共感といった寄り添うような感情が生まれていた。
ウソをついていても、女性同士の関係には「連帯」がある。この空間における真実とは? そんな気持ちに突き動かされ、この作品がつくられることになった。
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イシヅカ:生きているとどうしようもなくてウソをつかなければいけない場面がある。この作品にも、そんなウソがあります。何かを隠すことを否定せず、そういう生き方も肯定して、「それでいいんだよ」って言ってくれるのがこの作品です。何か致し方ないことで後ろめたさや罪悪感を抱いている人がいたら、その気持ちをほぐしてくれるような映画だと思います。
日本では、短編作品のほとんどは映画館で上映される機会を得られないという実情がある。そんななか、今作は22分という短編作品ながらも、劇場公開される。スクリーンで見るために撮った作品であること、そして海外に比べて短編が見られる場面が少ない日本でももっと短編の可能性を広げたいという監督の気持ちから、今回の上映が実現した。
イシヅカは短編の魅力についてつぎのように語る。
イシヅカ:1番は、気軽に見られることが魅力だと思います。2時間、3時間とある大作が賞レースで良い成績を残すのはよく見ますし、面白い作品がたくさんあります。ただ、例えば長時間座っているのがつらい方とかもいますよね。そういう人にとっても短編は気軽に見られると思うので、映画に触れる間口を広げられるのが短編なのではないかと思います。いままで映画館に行きづらかったという人が、映画館で映画を見るきっかけになったら嬉しいです。
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そんな監督の意図のとおり、作中には「空白」ではない、意味のある「余白」が多く存在する。主人公ながらもユリカはあまり喋らない。だからこそ、ユリカの一言が刺さる。イシヅカはユリカをどんな人物だと感じているのだろうか。
イシヅカ:ユリカは、さっぱりとしていて、距離をとって人と接する。気持ちの良い人だなと思います。
私自身も割とさばけた人間ではあると思っているけれど、どちらかというと逆に自分を曝け出して人と接するタイプ。それは、そうすることで人の目を惹きつける部分と人に見せずに守る部分を自分で調整できるから。でも、ユリカはそうではない方法で自分を保っている感じがして、それもいいなと思いました。
そして、そんなユリカをはじめとする物語の魅力をより引き立てるのが映像の質感や色使いだ。イシヅカはつぎのように語る。
イシヅカ:本当に美しい映像に仕上げてくださっていて、驚きました。基本的に夜の撮影なので、照明が大切だったと思うのですが、今回の作品のテーマに合った光を入れてくださって素敵でした。
シネマトグラファーを務めたのは木津俊彦だ。定谷監督によると作品の制作が決まったときから木津への依頼を決めていたそうだ。
ガールズバーのシーンは、実際にガールズバーとして営業する店舗を使用して撮影されそうだが、不思議とギラギラとした不快感はない。監督に聞いてみると、ガールズバーのなかにはキャストのスカートの中が見えるよう床に鏡が仕掛けられているような、「下品な」店もあるとのこと。しかし、本作においては、ガールズバーで働く女性たちは尊重されることを諦めておらず、それぞれの事情のもと働いている。そんな背景から、舞台となる店舗が厳選されたそうだ。
ガールズバーのシーン以外も、ほとんどのシーンが夜間に撮影された本作。普段、日が当たらない世界を生きる人々の小さなウソを映し出すために、美しく柔らかい光が向けられていた。
イシヅカにとっては、今作が2本目の主演映画である。もともとはモデルから活動をスタートしたイシヅカが、演技と出会ったのは高校生のころだった。
イシヅカ:定時制の高校に通っていたのですが、なぜか演技の授業があったんです。劇団での活動経験のある先生が指導してくれて。そのときに初めて演技って楽しいと思いました。
そんなイシヅカの魅力について、定谷監督は「視線一つで魅了できる存在感」と語る。『Colors Under the Streetlights』における、言葉数の少ないユリカの姿を見ても、今回の取材の撮影でのイシヅカを見ても、監督が言うことには納得だ。
イシヅカ:すごくセリフを覚えるのが早いとか、喋りが上手いとか、そういうタイプではないし、俳優としての経験も長くはない。けれど、モデルとしてセリフを喋らずにどう表現するかを追求してきたので、そう言っていただけて嬉しいです。
でも、そのおかげもあってかいままでは割とシリアスな役が多かったので、いつかコメディもやってみたいです。そういう役もじつはできるんですよ(笑)。
冒頭でイシヅカから話に上がったことに紐付けると、イシヅカがコメディ作品に出演することもまた、ステレオタイプなイメージを壊すことにつながるのかもしれない。当事者性のある役を演じてきたイシヅカの視点から、トランスジェンダーを取り巻く映画界の状況はどう変化しているのだろうか。
イシヅカ:日本においては正直あまり変わっていないように思います。もっとトランスジェンダーが登場する作品がつくられても良いと思うけれど、つくり手や役者を育てる土壌もないし、育てる気概のある人もいないのかなって……。
当事者の役者があまり出てこない理由を考えると、そもそも演技を学ぶ場がそんなに開かれていないことや、働きやすい環境ではないという問題があるのかなと思います。
イシヅカ:それに、そもそも、まだ「女性だと働きづらい」というレベルで整っていない部分もある業界だと思うので、そんななかでトランスジェンダーというマイノリティの人がオープンに意見を言うのはさらに難しい。
今回の定谷監督の現場のように女性がトップに立つ現場が増えたりしていくなかで、だんだんとみんなにとって働きやすい環境ができていったらいいなと思います。
今作が劇場で上演されることもまた、今後の映画界の風向きを変えていくことの一助になるのかもしれない。
定谷監督はこれから作品を見る人に向け、「この映画があるから大丈夫。ぜひ上映中に映画館に来てください。そして、人生のなかで何かあったら、この映画に戻ってきて」と呼びかける。上映は12月13日(金)から、テアトル新宿にて。「色」や「光」が感じられない日々を過ごしている人は、約20分間、劇場でスクリーンを見つめてみるのはどうだろうか。