夏の食中毒は、主に細菌が繁殖することで起こります。細菌を増やさないような衛生管理に気をつけることが大切です。それに対して、冬の食中毒の大半は、ウイルスが原因で起こります。そして、ウイルス性食中毒の事例の95%以上に関係しているのが「ノロウイルス」です。毎年、ほぼ同様の傾向がみられます。
ウイルスは生き物ではありませんから、自己増殖はしません。人間の体内に入った時に、私たちの生きた細胞が勝手に増やしてしまうことで発症します。そのため、ウイルスが体内に入らないように防ぐことが重要です。
なぜ牡蠣は、ノロウイルスを蓄積していても平気なのか?
とくに注意すべきと知られているのが、牡蠣(かき)などの二枚貝。体内にノロウイルスを蓄積していることがあるためです。しかし、ちょっと不思議に思いませんか? ノロウイルスをもった牡蠣を食べると、私たち人間は胃腸炎を発症して嘔吐(おうと)・下痢で苦しめられるのに、牡蠣はノロウイルスを持っていても、特に異常なく生きていけるのです。どうして人間だけがノロウイルスに感染し、つらい症状に苦しめられるのでしょうか? この素朴な疑問から、ノロウイルスがどうやって人間の体に侵入し、増殖するのかが詳しく研究されました。
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血液型を決める「ABO血液型抗原」が、ノロウイルスの感染しやすさに関係
腸管上皮細胞にある、ノロウイルスの受容体を調べた研究があります。ノロウイルスの受容体としていくつかの候補が報告されていますが、現在もっとも有力視されているのが、「ABO血液型抗原」というものです。血液型の性格診断などに興味がある人は多いと思いますが、そもそも血液型とは「血液内にある血球のもつ抗原の違いをもとに決めた血液の分類」のことです。「ABO式分類」がもっとも有名ですが、RH式、HLA式、MN式、P式など、約300種類以上の分類法があります。
ABO式血液型分類では、赤血球にA抗原のみがある人は「A型」、B抗原のみがある人は「B型」、A抗原とB抗原の両方がある人は「AB型」、A抗原もB抗原もない人は「O型」と呼ばれます。ちなみに、O型は「オーがた」と一般に発音されていますが、本来の意味を考えると「ゼロ(無いという意味)がた」と読むのが本当は正解だというのも知っておくといいでしょう。
やや専門的になりますが、さらに詳しく解説すると、O型の方の赤血球には「H抗原」があります。H抗原は、A抗原とB抗原の元になるもので、H抗原にα-N-アセチルガラクトサミンという糖が結合したのがA抗原であり、α-ガラクトースという糖が結合したのがB抗原です。
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こうした血液型抗原(A、B、Hなど)は、赤血球上だけではなく、腸管上皮細胞にも発現しています。つまり、血液型がAの人は腸の細胞にもA抗原があり、血液型がBの人は腸にもB抗原があるということです。そして、そこにノロウイルスがくっついて感染するのです。
ノロウイルスに感染しやすい「O型」、感染しにくい「B型」
実は、「ノロウイルスへの感染しやすさは、血液型によって差がある」ということは、以前から言われていました。例えば、アメリカの研究グループが2002年に発表した論文(The Journal of Infectious Diseases, 185(9): 1335–1337)では、「O型はノロウイルスに感染しやすく、B型やAB型は感染確率が低かった」と報告されています。その後の研究で、調査されたノロウイルスは、H抗原に結合する性質があるために「O型の人の腸管上皮細胞にだけ侵入して増殖する」と説明されました。
同様な調査はたくさん報告されており、「B型の人はノロウイルスに感染しにくい」ということも広く認識されるようになりました。
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B型も油断禁物! 結局、どの血液型でも感染対策は大切
さらに研究が進み、「血液型による違いは確かにあるが、結局どの血液型も感染する」と考えるのが正しいことも分かりました。実は、人間で急性胃腸炎を引き起こすノロウイルスには、36種類以上のタイプの遺伝子型が確認されています。ノロウイルスに感染しても回復した場合には、免疫がつくので、同じノロウイルスで発症することはないはずですが、ワンシーズンに2度もノロウイルスによる食中毒になってしまう方もまれにいます。これは、1回目と2回目で違う遺伝子型のノロウイルスに感染してしまったためと考えられます。
ある特定の遺伝子型のノロウイルスがH抗原に結合する場合、そのウイルスに感染するのはO型の人ですが、別の遺伝子型のノロウイルスの中には、A抗原に結合するものやB抗原に結合するものもあり、そのようなウイルスに対しては、逆にO型の人は感染せず、A型やB型の人のほうが感染してしまうのです。
ウイルスごとにどの血液型に感染しやすいかの違いがあるのは事実ですが、結局は、どの血液型でも、多種類のノロウイルスのどれかには感染してしまうということですから、「自分は平気だ」と油断することなく、手洗いや十分な加熱調理などの感染予防策はしっかりとるように心がけましょう。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))