2023年にアナウンスされ、対応PCの出荷が2024年5月にスタートした新CPUコア「Oryon(オライオン)」搭載の「Snapdragon X Elite/Plus」だが、2024年10月に開催されたSnapdragon Summitでは、この技術をモバイル向けSoCに応用した第2世代のOryonコアを搭載した「Snapdragon 8 Elite」が発表されている。詳細については既報の通りだが、ここで注目すべきなのは同じSoCを異なる分野にそのまま横展開するのではなく、適時最適化を行った形で少しずつ浸透させるよう動いている点にある。
この新しいモバイル向けSoCについて興味深いのは、昨今のユースケースを想定して内部構造を大きくブラッシュアップしていることだ。例えばCPUコアに関してだけ見れば、スマートフォンのようなモバイル環境ではPCとは異なり、バックグラウンドタスクが少ないため、基本的に一番“表”に出てきているフォアグラウンドのアプリの動作に注力していればよかった。そのため、SoCのCPU部分では1つの強力なPrimeコアを配置し、残りはその補助を行うPerformanceコアと、普段使いでの低消費電力動作を想定したEfficiencyコアを複数並べるといった手法が近年では取られることが多かった。
一方でSnapdragon 8 EliteではPrimeコアが2つに、それを補助すべく従来よりも性能強化されたPerformanceコアを複数並べ、Efficiencyコアの代替としている。よりパフォーマンス寄りとなっているのは、ゲームを中心にCPUパワーを多く利用するアプリが増えつつある現状を考慮したものだ。
同様に、今後もモバイル端末でのAI活用が進むことを考慮し、AI対応アプリやサービスがより効率的かつ安全に動作するための改良も進んでいる。PC USERにSnapdragonのAI対応について、実際にどのような改良が行われ、最新のAIトレンドをいかに取り込んでいくかについてまとめた。
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例えば数年前までのAIといえば画像や音声認識が中心で、2022年以降にコンシューマーの世界でもメジャーになった大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)のような生成AIの動作は考慮されていなかった。LLMを実行しやすいようNPUであるHexagonの演算器の構成をそれに最適化する形で強化し、さらにメモリアクセス速度がレスポンスの向上に最も効果的であることから、周辺アーキテクチャを見直すなどの工夫が凝らされている。
モバイルを含むこうした最先端テクノロジーの世界で難しいのは、トレンドの変化が非常に早いことだ。AIが顕著だが、ほんの2年ほど前までここまで生成AIがメジャーになると考えていた人は多くなかったと思われる。一方で半導体チップを開発して製品メーカーに提供するQualcommのような会社は、開発スタートから製品流通までのリードタイムに加え、当該の製品が購入後数年間は問題なく使えるよう、プロジェクト開始時点で5〜7年先のトレンド読む必要がある。つまり、製品のコアとなるSoCを開発するメーカーは、その時点で業界のリーダーとなる可能性を秘めていることになる。
モバイルとPCを中心に活動領域を広げてきたQualcommだが、近年の同社はXR系のデバイスの他、産業分野でのIoT、そして車載コンピュータなど、“垂直領域”などと表現されるB2Bの特定分野への浸透を始めている。通信技術を持ったSoCの開発という基本のノウハウは持っているものの、こうした垂直分野での個々のメーカーやベンダーが異なるノウハウやニーズを持っており、それに合わせて製品を最適化する必要がある。2024年のSnapdragon Summitのステージに登壇した米Qualcommプレジデント兼CEOのCristiano Amon氏は、当初の予定時間を大幅にオーバーする形でQualcomm自身が大きな変革期にあることを熱烈にアピールしている。
「Qualcommは変革の途上にある。今回(2024年)のSnapdragon Summitは通算9回目になり、来年は10周年を迎えることになる。Qualcommが企業として変化するにつれ、Snapdragonもまた変化、そして進化していく。皆さんがご存じのように、Qualcommは常にワイヤレス業界の進化をリードしてきた企業であり、この分野に最も重点を置いているワイヤレス企業だった。もちろんワイヤレスの分野を手放すつもりはないが、一方でその変化を受け入れることは歓迎している。Qualcommはいま新しいAIプロセッシングの時代に向けたコネクティッドコンピューティングの世界に注力する企業であり、Snapdragonもまたモバイルの世界のみならず、他の全ての業界でイノベーションを起こすべく進化し続けている」(Amon氏)
●インフォテインメント(IVI)からADASによる運転制御への進出
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このように、2024年のSnapdragon Summitでは車載コンピューティングが大きなテーマとして扱われ、全セッションの半分程度はこの話題が占めていたほどだ。前述の通り、Qualcommは現在IoTと並んで車載コンピューティングを成長中の重点テーマの1つとして扱っており、11月19日(米国時間)に開催された「Investor Day 2024: IoT and Automotive Diversification Update」中で、Amon氏は今後450億ドル規模のプロジェクトのパイプラインが進行中と述べている。
加えて、全体の3分の1程度が「ADAS(先進運転支援システム)」に付随するものだという。いわゆるレベル3以上の自動運転の世界では必須の仕組みだが、センサーで周囲の状況を素早く判断し、ドライバーに必要な情報を通知、あるいはドライバーに代わって自身が運転の代行や補助を行う。
もともとQualcommをはじめとするIT業界のベンダー各社はカーナビやメディア再生を含むスマートフォン連携の世界から車載システムへと入り込んでおり、それがApple CarPlayやGoogle Autoなどの取り組みにつながっている。いわゆる「インフォテインメント(Infotainment)」だが、あくまで車の制御系とは別のカテゴリーであり、オプション的な性格の強いものだった。
Amon氏がいうように、ADAS込みで3分の1の割合を占め始めたということは、それだけ本命である車の制御部分(DCU:Domain Control Unit)に足掛かりを得つつあることを意味する。いわく、自動車メーカーに連なる全てのOEMと何らかのパートナーシップを同社は結んでいるといい、裏方として表には出ないものの、今後インフォテインメントを含むADAS搭載車の世界ではQualcommの製品が使われている可能性が高いということだ。
イベントのステージでは欧米や中国のLi Auto(理想汽車)の事例などが中心に紹介されていたが、実際には日本のOEMメーカーとも密に連携しており、水面下でリリースに向けた準備が進んでいる。米Qualcomm Technologies製品マネジメント担当シニアディレクターのMark Granger氏によれば、スマートフォン時代からのパートナーであるソニーの例を挙げている。同社はホンダと共同でソニー・ホンダモビリティを設立しており、「AFEELA」ブランドでプロトタイプのデモンストレーションを行っている。
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Granger氏はホンダがQualcommの持つ車載向けのCockpitソリューションの最初の顧客の1社であり、現在第3世代または第4世代のCockpitソリューションの開発を進めていると説明する。ベースがホンダとの協業で開発が進む中、コンシューマーに強みを持つソニーの体験が加わることで、2025年に何かしらの発表ができると述べている。実際、ソニー・ホンダモビリティは2025年1月に米ネバダ州ラスベガスで開催されるCESへの出展を発表しており、恐らくここで最新モデルのお披露目が行われることになるのではないかと考える。
●モバイルとは大きく条件の異なる車載コンピューティングの世界
このようにモバイル出身のSoCやソリューションが車載システムへの進出を続々と進めているわけだが、一般的なコンシューマーデバイスのビジネスとは大きく異なるポイントが2つある。1つはパフォーマンスの部分で、車全体のデジタル制御を行うため、スマートフォンやPCなどと比べても倍以上の性能が要求されることになる。
「堅牢(けんろう)な安全性は第一として、車載向けには非常に革新的なマルチコアソリューションが導入される。これは自動車で要求される同時実行に非常に重要だからだ。スマートフォンやPCであれば通常は1つのタスク、場合によっては2つや3つのタスクで済むが、社内ではドライバーが複数の用途に活用する上、同乗者や後部座席の乗客もいれば、SoCに対する要求はさらに高まることになる。オーディオなどもそうだが、これらの要求を適切な信頼性と品質で同時に提供できる必要がある」(Granger氏)
実際のところ、現在のADASではドライバーはほぼ運転にかかりきりで、地図やセンサーによる周辺情報の収集など、運転に関するシステム補助を受けるのが精いっぱいだ。一方で、同乗者や後部座席の乗客は移動時間をずっと車内で過ごすわけで、必然的にインフォテインメントの重要性が高まる。高音質のオーディオシステムなどもその一環であり、アプリの同時実行や動画再生のみならず、本来であればスマートフォンやタブレットが複数台必要な用途を1つのシステム(Snapdragon Digital Chassis)をカバーする必要があり、必然的に相応のパフォーマンスがシステム内に盛り込まれることになる。
そしてコンシューマーデバイスとの違いでもう1つ重要なのが、耐用年数だ。これはIoTの分野にもいえるが、スマートフォンを含む一般的なコンシューマーデバイスの買い換えサイクルがかつては2〜3年、近年では4〜5年程度が平均といわれるが、IoTなどの組み込み機器の世界では10年以上というのも珍しくもなく、特に中古市場の存在する自動車の世界では「10〜15年程度を見据える必要がある」(Granger氏)という。
ITの世界の進化速度を考えれば10〜15年前のシステムなど陳腐化を免れない。その一方でユーザーは製品を使い続け、販売したメーカー自身もそのフォローを続けなければならないため、コンシューマー家電の世界の常識を自動車や産業の世界に持ち込むことは困難だ。
そこでハードウェアのメーカーとしては、性能のマージンをある程度取りつつ、残りはSDV(Software Defined Vehicle)で対処することになる。Teslaなどが典型だが、近年の最新のADASを搭載した自動車の世界では、ソフトウェアのOTA(Over The Air)によって適時機能強化や改修が行われる。逆にいえば、SDVのようにスマートフォンやPCのようなソフトウェアが動作する自動車においては、定期的なソフトウェアアップデートがない限りセキュリティ的にも脆弱(ぜいじゃく)であり、同時に中古市場や長期間利用などを考慮したときのサポートがないに等しい。
QualcommはGoogleとの複数年契約を2024年10月23日(米国時間)に発表しており、Snapdragon Digital ChassisにおけるAI対応コックピットの開発を容易にするためのフレームワークを用意している。こうした両社の提携には、同ソリューションを利用してIVIやADAS搭載の自動車を市場に出すメーカーを支援する仕組みも組み込まれており、必要なアップデートの準備やパッチの提供などもまた、この仕組みを通じて提供されることになる。
ベースとなる技術はスマートフォンやPCと一緒であっても、耐久性や信頼性、そして長期サポートの面で大きく異なるのが車載やIoTの世界だ。これは同時に、いちど取り組みを開始した以上、それだけ長期間のサポートをパートナーとともに提供し続けなければいけないことも意味しており、Qualcommにとっては業績を伸ばすための新しいフロンティアであると同時に、大きな役割も担わなければならないことだ。
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