「青春って、すごく密なので」夏の甲子園初優勝に導いた仙台育英・須江監督の“言葉の力”に隠された“後悔”【報道の日2022】

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2024年12月17日 18:01  TBS NEWS DIG

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「青春って、すごく密なので」。今年の夏の甲子園で初優勝を果たした仙台育英高校の須江航監督(39)の言葉に、球場は沸いた。およそ3年にわたるコロナ禍に青春時代を過ごした高校生たちの気持ちを代弁するような言葉は、今年のユーキャン新語・流行語大賞の選考委員特別賞を受賞した。人の心を捉える須江監督の“言葉の力”の裏には、自らが経験した大きな“後悔”があるという。須江監督が、TBSテレビ系「報道の日2022」の取材に語った言葉とは。

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今年の夏の甲子園で初優勝を果たした仙台育英高校。優勝旗が初めて“白河の関”を越え、東北全体が沸いた。優勝後のインタビューで須江監督が語った言葉も、より強い印象を残した。

「入学式どころか、中学校の卒業式もちゃんとできなかった。高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とは全く違う。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部ダメだ、ダメだと言われた。活動していても、どこかでストップがかかって、どこかでいつも止まってしまうような苦しい中。でも本当にあきらめないでやってくれた。でもそれをさせてくれたのは僕たちだけじゃなくて、全国の高校生のみんなが本当にやってくれて…」(優勝後の須江監督インタビュー)

コロナ前とまったく違った生活をしなければいけない悔しさと葛藤、様々な思いが凝縮された言葉は、多くの人の心を捉えた。

■以前から話していた「青春は密」という言葉

「その時に思ったことを言ってしまったというのが、正直なところ。実は『青春は密』という言葉は、以前から選手たちに話していたものなんです」

須江監督にあの言葉の真意を尋ねると、意外な答えが返ってきた。

さかのぼること、およそ3年前の2020年初め。

新型コロナウイルスの感染拡大で、学校は閉鎖された。全体での練習ができなくなり、自宅での個人練習を余儀なくされた選手たち。須江監督は、選手それぞれにメールやLINE、ZOOMをつかって連絡をとり、状況を把握して回った。

そして、この年の5月、夏の甲子園中止が決まった。チームの大きな目標がなくなってしまった。

「甲子園はただの高校野球ではあるのだけど、自分や家族や地域の夢でもあるんですよね。野球を始めたころから、お父さんやお母さんが夢を応援してくれて。仙台育英に入って、『もしかしたら手に入るんじゃないか』。そんな思いだったと思う。本当に、大きなものを失ったと思うと、言葉にならない悲しみがありました」

大会中止は、全体ミーティングで選手たちに伝えた。やる気を失って、抜け殻になるような選手はいなかったという。

先が見通せない日々。須江監督は、選手たちと個人面談を繰り返した。選手たち一人一人の思いを聞くためだ。何に迷っているのか。何を欲しているのか。選手たちの声を、練習や普段の生活に反映させるためだ。

「何かをしなければならない」との思いで、自身のTwitterアカウントも作った。全国から多くの励ましの声が寄せられ、「たくさんの人が応援してくれている。お前たちが頑張っているんだと分かってくれている」と、選手たちに伝えた。

朗報が寄せられたのは、この年の夏。宮城県の独自大会が開催されることになったのだ。

大会に向けて、当時の3年生が話し合い、チームのスローガンを決めた。夢に挑戦すらできなかった選手たちが掲げたのは、“熱夏伝承”(ねっかでんしょう)。「暑い夏はなくなったけれど、自分たちの熱い思いを後輩に伝えていく」。そんな思いが込められているという。

「すばらしいなと思いました。素敵だなって。尊敬が湧き上がり、この思いに、指導者として応えないといけないないと思いました」

この年の独自大会は、メンバー全員を出場させて見事、優勝を果たした。当時の3年生の姿を通じて、後輩たちに感じ取ってほしいことがあったという。

「後輩たちには、(当時の)3年生が、家族や地域の夢でもある甲子園に挑戦すらできないで終わっていくことが、どれだけ悔しいか。その思いを理解してほしかった。目標がなくなったにもかかわらず新しい目標を立てていく尊さ、強さを感じてほしかった」

監督にとっても、忘れられない大会になったという。

それでも、コロナ禍は続く。須江監督は、ある決意を固めた。

「大会のあるなし、優勝するしないということにモチベーションをとらわれないようにしていた。高校生活がどんなものになろうとも、選手自身が成長したなと思える3年間を提供したかった。平時なら優勝が一番に来ることと同じように、学びを得ることに同じやりがいを持たせたかった」

■「言葉」の詰まったタブレット「想像力は優しさ」

須江監督がいつも持ち歩いているものがある。タブレットだ。選手たちの特性や克服すべき課題、そして、練習に取り組むべき姿勢。監督となって接してきた選手たち一人一人に投げかけてきた言葉の全てが、記録されているという。

須江監督が、いつも選手たちに投げかける言葉がある。

「野球を通じて、多くのことを学ぶ姿勢を持ってほしい」。新入生に語りかける言葉だ。

「彼らは多くの自由があるなかで、高校野球を選んだ。この高校3年間、何だってできる。音楽だって、好きな女の子と遊ぶことだって、アルバイトでためたお金で海外に行くこともできる。そんな自由な世界があるのに、野球しか上手くならないのは、薄っぺらすぎる。野球を通して、多くのことを学ぶ姿勢がなければダメだよと話しています」

「高校3年間を通じて、人として成長してほしい」という思いが込められている。

そして、「想像力は優しさ」という言葉。

「自分が成長するためには、他者の成長がとても大事。自分一人ではうまくなることもできないし、公平な競争で切磋琢磨していかなければ技術って伸びない。お互いのことを思って、補完し合うような関係でないといけない。仲間のモチベーションが低いときに、親とうまくいっていないとか、友達とうまくいっていないとか、その背景に色々と想像力を働かせていけば、優しさになる。優しさは想像力だし、想像力は優しさ」

須江監督自身の経験を重ねた言葉もある。「自分の人生は思い通りに行かない」という言葉だ。

「挫折のない人生なんてない。挫折のない人生なんてつまらないんだと話しています。人生の面白さを与えてくれるのは、挫折、失敗という話です」

仙台育英に入学する選手たちは、地域のエリートたちだ。だからこそ、挫折した経験がすごく少なく、打たれ弱いと感じている。日々、挫折を感じることもあるが、それを糧に前に進んでほしいという思いが込められているという。

■須江語録は、いかにして生まれたか。学生コーチ時代の“後悔”

チームを、選手を鼓舞する須江監督の言葉は、いかにして生まれたのか。その原点は、高校時代のある“後悔”にあった。

須江監督自身、仙台育英のOBだ。「野球をすることを職業にしたい」という夢を持って、地元埼玉を離れて入学した。しかし、初日の練習から大きな挫折を味わったという。

「レベルが高すぎて、選択を間違えたと。努力で差が埋まることはないんだなと思った。地元を離れた手前、そう簡単に挫折することはできなかった。格好悪いので。ただ、実際心の中では、僕は試合に出ることは1%もないなと思った」

技術力の高さ、やる気、すべてにおいてレベルの高いチームメイト。完敗だった。

そして、2年生の秋。「新人係」に任命された。事実上の「引退勧告」で、練習の機会が無くなることを意味した。他のチームメイトからの推薦もあり、「学生コーチ」に任命された。

強豪校に送り出してくれた親に、申し訳ないという思いが先にきて、本当はやりたくなかった。それでも、与えてもらった役割を果たそうと引き受けたが、うまくできなかったという。

「当時の自分には、とにかく想像力が無かった。チームを強くしたい、勝ちたいという思いで、人の言葉に耳を傾けず、一方通行の指導だった。モチベーションのない選手の気持ちの背景が分からなくて、怒ってばっかりだった。自分はやりたくない学生コーチをやっているいらだちもあって、厳しいことを言ったり伝えたりすることが仕事だと役割をはき違えていて、とても居心地が悪い環境を作ってしまった」

仲間がいなかった。ご飯を食べるときはいつも一人だったという。

自分が求められた役割を果たせなかったことに気がついたのは、記録員としてベンチ入りした高校3年生の夏だった。春の選抜準優勝をひっさげ、夏の甲子園にも出場。しかし、初戦で敗退した。練習の質が下がり、モチベーションに大きな差ができて、仲間との間に溝が生じてしまった。

「もっと私が間に立ち、言葉を尽くしてモチベーションが下がった選手に耳を傾けてあげれば、違った結果になったかも知れない。使命感だけで突っ走って、残した結果が右肩下がり。それにすごく後悔がある。その時の気持ちを忘れないように運営をしています」

学生コーチで得た苦い経験から、監督となった今、選手たちの言葉に耳を傾け、何に迷っているか、何を求めているかを聞くようにしている。そして、選手たちが求めている言葉を、投げかけるよう心掛けている。

「何を言うかはもちろん、いつ言うかが大事だと思っています。よく観察して、よくコミュニケーションをとりながらです。選手たちにいつも、『世の中、そんなに悪くないし、自分はそんなに低くないよ』と伝えている。『当時の僕と比べたら、君にはこんなに才能がある、良いところがあるよ』『諦める理由がない。すべて自分次第だ』といつも言っている」

取材の最後に、「監督の面白さ」を聞いた。

「とてもシンプル。生徒の成長を、人間の成長を身近に感じること。同じ子かなって思うような成長を感じる時がある。仲間との衝突だったり、理解しあえた時だったり、成功体験かもしれない。それを感じることが喜びだし、すごいなと思えることが楽しみです。だって、感動するじゃない」

須江監督はそう言って、恥ずかしそうに笑ってみせた。

「TBSテレビ 報道の日2022」
ディレクター・神保圭作

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  • 一つ一つの思い出が濃密なのが青春。でも「密」という言葉に振り回されたコロナ禍期間。
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