事件は顧客からの申し出により発覚したのですが、盗んだのは事もあろうか貸金庫を担当する管理者であったというのは、さらなる驚きでもありました。
本人は事実を認め、同行は現在警察に対処を相談中とのことです。「銀行に預けていれば安全」という常識を裏切る形となったこの事件、原因究明とその対応策の在り方に注目が寄せられています。
2つの盲点を突いた犯罪
銀行の貸金庫は、新設店舗などでは契約者のカード操作による強固なセキュリティーの全自動方式も導入されてはいるものの、大半の店舗では依然として顧客が保管している鍵と銀行の鍵それぞれで、貸金庫の2つの鍵を同時に開けて利用するという、アナログ手続きが必要なタイプが主流ではあります。この方式では顧客の鍵の予備鍵が、万が一の紛失対応を想定して、銀行に保管されているのです。この予備鍵は、顧客、管理者の両者の封印によって密封され、厳重に保管されており、その管理状況も定期検査などでチェックされてはいます。
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銀行は多額の現金を扱うビジネスであり、古くからその犯罪防止に向けた管理は二重三重のガードがかけられ、基本的にどの業務も管理者を含めた複数人が共犯でもしない限り、犯罪が起きるリスクは非常に低いのです。
さらにシステム化が進んだ現在において、防犯セキュリティーは一層強固になったといえ、預金、貸出、為替の三大業務において現金をだまし取るような類の不正はほとんど起こせない、といっていいでしょう。
しかし今回不正が起きたのは、銀行の主要業務ではない貸金庫業務でした。しかも前述したように、IT化、デジタル化が当たり前のこの時代においても、大半の店舗ではいまだ貸金庫業務がアナログであったという点に、犯罪の付け入るスキがあったといえそうです。
「管理者の性善説」が成立しなくなっている理由
銀行におけるアナログの業務管理では、基本的には担当者と管理者のダブルチェックによって、事務ミスや防犯上のチェックが励行されます。
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本件は、非主流業務におけるアナログ管理という盲点を突いた犯罪であったわけです。
「銀行が考える管理者の性善説」はある意味、昭和の職業観や給与水準の常識に則って作り上げられた古い時代の幻想であったのかもしれません。昭和の時代は、終身雇用が当たり前で大手企業間での転職などままならない状況でした。
また銀行員は「高給取り」として知られ、管理者ともなれば一般企業の給与平均の2倍以上という、人がうらやむレベルにあるのも普通のことでした。すなわち銀行経営は、「高給」が管理者に職を失うようなリスクを冒させない抑止力となって「管理者の性善説」が成立する、と考えていたのです。
さて、今の時代はどうでしょうか。転職はごくごく一般的な出来事になり、大手企業も中途採用に門戸を広げています。
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今や銀行の管理者の給与は決して人がうらやむレベルではなく、その給与水準が「管理者の性善説」を支える抑止力ではなくなったことは疑いのないところなのです。
“すべて自動化”が現実的ではないからこそ
このように今回の事件は、アナログな業務フローと「管理者の性善説」が抜け道となって発生したものとみています。ならば再発防止に向けて考えられるのは、一つは貸金庫開閉に関するアナログ手続きの全廃でしょう。すなわち、顧客単独で完結するカード方式での貸金庫の全自動化です。しかし、これを実現するのは至難の業です。全店舗の既存の貸金庫を全自動化するには、膨大な費用と移行に伴う利用者の貸金庫内保管物の一時引き上げなど、煩雑な手続きが必要になるからです。特に移行手続きについては、契約者との連絡不能などのケースも間々あって移行は不可能に近く、費用面以上に貸金庫の全自動化が進まない原因になっているのです。
となるともろくも崩れた「管理者の性善説」の否定を大前提として、いかに管理者に抑止力を働かせる貸金庫開閉手続きを再構築するか、にかかってくることになるでしょう。つまり、管理者の犯罪抑止意志は決して絶対ではないという「性弱説」に立って、出来心が付け入るスキのない業務フローを作り上げる以外にないのです。
具体的に考えられる対策として、貸金庫の室内を24時間ビデオ録画することにより、庫内での行動は常に見られている、常に監視されている、という状態をつくることが、新たな抑止力になるかもしれません。
いずれにせよ、“絶対安全”であると思われた銀行に預けた顧客資産が銀行員によって盗まれたという事実は、「信頼」の上に立っている銀行のビジネスモデルを大きく揺らがせたことは間違いありません。
そしてまた、この一件はある意味でどこの銀行でも起こり得る事象でもあります。当該銀行だけでなく銀行界共通の重要課題として、早急に利用者に安心感を与える対策を検討し、信用回復に努めてほしいと願うところです。
大関 暁夫プロフィール
経営コンサルタント。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントや企業アナリストとして、多くのメディアで執筆中。(文:大関 暁夫(組織マネジメントガイド))